孤独の手向け
三日月深和
孤独の手向け
「湊くん」
「愛宕さん」
一つ、君を呼ぶ。
図書室の隅で隠れるように音楽を聞いている湊くんは、今日も静かだ。
「それ、校則違反じゃない?」
少し驚いたような表情で私を見る彼を見て、少し心の中でため息をついた。少し間を置いてから、彼は苦笑いで返す。
「黙っててもらえると助かるよ」
「そう思うなら持ってきちゃダメだよ」
わざわざ取り上げたり先生に報告したりなんてしないけど、図書室は校則違反がバレないところだと思われても困る。
苦笑いのまま音楽機器を鞄にしまう彼の隣に座って本を取り出して読むふりをして、彼にもう一度声をかけた。
今まで彼が音楽機器を持ってきてるところは見たことなかったから、そういう…校則を破るような人ってイメージもない。
「どうしたの急に」
そう言うと、彼も教科書とノートを取り出して勉強するふりをして私に返した。
「前から持ってきてたよ」
「もっとダメじゃん、それ」
今日たまたま見つかったってことなのかな。
見つけてよかったのか、わかんないけど。
「ごめん」
なんて、気のない謝り方を君はする。これは反省してないなと思いつつも、私は呆れて追求するのをやめた。
「どうしてそんなもの持ってきてるの?」
「気がまぎれるから」
ペンを回してつまらなそうにノートを見つめる君の言葉に、どこか納得した。
「確かにそうかも」
「わかるの?」
驚いた様な顔の湊くんが私を見る。
「わかるっていうか、似た様なこと私もしてるから」
そう言って、持っている本を軽く振る。すると君は納得した顔を見せた。
「ま、こっちは校則違反じゃないけどね」
「言い方ひでぇ…」
少し意地悪な言い方だったかな、嘘は言ってないけど。
「家帰りたくないなぁ…」
「湊くん、部活は?」
湊くんはいつもこの図書室に居るけど、部活には入ってないのかな。私は図書委員だからいつもここに居るけど、君は違う。
「部活、うるさくて」
「うるさい?」
「うん。あんまり人の多い所の音、好きじゃないから」
机に突っ伏してしまった君を私は見る。顔こそ見えないけど、その声は辟易している。
「だからいつもここに居るの?」
「そうだよ」
ため息をつきながら君は起き上がる。そしてまた雑にペンを回すんだ。
確かにここは人も少ないし誰かが話すわけでもない。湊くんにとっては過ごしやすんだろうな、なんて考える。音楽聞いてるってことは静かなのが好きなわけでもないのかな。
「家、嫌いなの?」
だとしたら、私と同じ。
「うん、うち片親だから」
「あ、私もだよ」
「そうなの?」
まさかそんなところまで同じとは思わなかったけど。
「うちはお母さん居なくて」
「うちもだよ。父さんと二人」
「そんな偶然ある?」
嘘みたい、こんな偶然。
今時片親は珍しくないって言うけど。
「でも嘘ついてない」
「私も。あるんだね」
なんかびっくり。
私を見る君が嬉しそうなのは、同じ境遇の人を見たからかな。
「愛宕さんも家嫌い?」
「うん。そもそも帰っても誰も居ないけど」
それが嫌い。お父さんも嫌い…こわい。
「そりゃそうでしょ、うちもだよ」
「だよね」
そう言ってお互い小さく笑う。
寂しさのわかる人、君。嬉しい。
「うちは父さんが怖くてさ、怖いっていうか何考えてるかわかんないっていうか」
そう話す君は戸惑っている。きっと私と似た様なことで。
「私のとこは…怒ると怖いかな。最近喧嘩多いから怖い」
顔を合わせるのが怖い。
顔を合わせたくない。
多分私たちの恐怖は違うけど似てる。
「うちなんて喧嘩もないよ。相手が何思ってるかわからないし」
「無口なお父さんなの?」
「それもあるし、機嫌悪いのかと思ったらなんか買ってきたりする」
「そうなんだ」
それはお父さんが君にあげるものを悩んでるからそう見えるんじゃない?っていうのは、私の考え過ぎかな。
「うちも…お父さんが言いたいことはわかるんだけどね、なんかね」
私は暗い空気を誤魔化すように笑う。
確かにお父さんのことは尊敬してるけど、同じだけ怒った時を考えて怯えてる。
お父さんは冷静にこっちの弱いところをつついてくる、それが怖い、自分を否定されてるみたいで。
「はぁ、帰るの気が重いよ」
「私も思い出したら帰るの辛くなってきた」
でも帰らないわけにもいかない。
「帰らないで済んだら良いのに」
「それは無理かなぁ」
そうしたいのは山々だけど、と思ったらつい苦笑い。
「かと言って夜中まで出歩いて補導されるのも嫌だしな」
「されたことあるみたいな言い方じゃん」
「無いけど、やっぱ嫌じゃん」
「まぁね」
本音をこぼしても何も変わらないのは、お互いが一番わかってる気がした。
そのまま少し沈黙があって、夕焼けが夜の空と入れ替わろうとしている頃に君は口を開く。
「愛宕さんは進路どうした?」
「進路?」
急にどうしたんだろう、とは思ったけどひとまず頭の中の記憶を探る。
「無難に公立高校かな、たぶん。うちお金ないし」
はっきりとは思い出せないけど、確か適当にそんなことを書いた気がする。
「そうなんだ、僕まだ出せてなくて」
「提出期限とっくに過ぎてなかったっけ?」
「うん、先生も早く出せって」
そう話す君の視線はどこか迷っているように私には見えて、なんとなくそのまま見つめていた。
「将来何したいとかないからさ、書くことなくて」
「適当に書いておけば?」
大人なんて都合のいいものしか良しとできないんだから。
「それもそうなんだけど」
とは言いつつ、君は悩んでいる。
それは“書くことがない”んじゃなくて“書くことに悩んでる”んじゃない?
「まぁ、よく言うのはやりたいことのために学ぶっていうよね」
「目標も定まってないのにそれは無意味じゃない?」
「目標ができた時のためってことじゃない? しらないけど」
「うーん…」
悩む君を見て思う、真面目なんだろうなって。
真面目って勉学に励むかじゃなくて出されたことにどう答えるかだと思うんだよね。そこにふざけない人ほど真面目な気がする。
そして悩む君をみて、私はずるいことを考えてしまう。
「もう出さなくていいんじゃない?」
その言葉に、君はまた私を見る。
私も彼を見返してそのまま続ける。
「もうさ、提出期限も過ぎちゃってるしさ。怒られるまでゆっくり考えたらいいんじゃないかな」
今出ない答えを求めても出てこないだろうし。
「でも三者面談で使うって先生が言ってたからさ」
「じゃあ三者面談まで考えてみたら? 答え出なかったらその時こそ適当に書けばいいんだよ」
大人が欲しいのなんて上辺の結論なんだから。
私たちの本当の気持ちじゃない。
「そうかな」
「悩むくらい大事ならいいと思う」
私はそう思う。適当に過ごす人生よりよっぽど良いって、思う。
私にそんな情熱は無いから。
「愛宕さんがそう言うなら、そうしようかな」
「うん」
そこで完全下校の放送が流れた。
二人して一瞬驚いて、その後慌てて私はカウンターに置きっ放しの鞄を取りに行く。
荷物を整理していると、カウンターの向こうから見知った声。
「愛宕さん」
振り向けば湊くんの姿。彼は一冊の本を差し出してきた。
「忘れてる」
「あ、ごめんありがと」
本を受け取って鞄に仕舞う。そのまま背負ってカウンターを出た。
「私電気消したりあるから、待たなくていいよ」
「わかった、じゃあね」
「うん、明日ね」
そう言って湊くんは去っていく。
私は図書室の電気を消して鍵を閉めて、職員室に鍵を返してから学校を出た。
司書の先生がいないときはいつもこんなもの。
すっかり夜空に変わった空の下を歩く。
湊くんの悩みはあんな言葉で少しは解決したかな、なんて。
考えても答えが出ないものを追いかけてるのは私も同じだと気付くのはもう少し後で、それでも君の悩みが少しでも晴れたら良いと私は考える。
これは恋ではないと思うけど、同じ境遇の君が幸せであったら良いとは思う。
この気持ちに名前をつけたい。
終
孤独の手向け 三日月深和 @mikadukimiwa
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