秘密のエスパー

高野ザンク

カミングアウト

 小百合は今日、両親に秘密を打ち明けると決めていた。晩御飯でアイスクリームのデザートを食べた後、父親を前にかしこまって言った。


「今日はパパとママに話したいことがあるの」


 そう切り出した小百合に、益章はドキリとした。年頃の娘の「話したいこと」と言えば、彼氏のことに決まっている。娘の恋愛にいちいち口を挟むような野暮はしたくないが、やっぱり変な奴と付き合われては困る。

 妻のゆり子は、台所で洗い物をしていた。まずは妻より先に、どんなやつか聞いておいたほうがいいだろうか。


「なんだよ、改まって」

 相手はどんな奴なんだ、と先走りそうになる気持ちをおさえて、益章は言う。

「今まで秘密にしてたんだけど……」

 一瞬の溜めの後、小百合が告白する。


「私、超能力が使えるの!」


「は?!」


 益章は自分でもびっくりするほど、すっとんきょうな声を出してしまった。その姿を見て、小百合は自分が超能力者であることに父が驚いているのだと思っていた。彼女は目の前のスプーンを取り上げて、得意げに言った。

「私、スプーンが曲げられるの」


 益章は、自分が考えていた娘の告白内容と、無邪気にスプーンをさする彼女の姿の落差を思って吹き出しそうになるのをこらえた。そして自分もスプーンを持ち上げてちょっとおどけたように言う。

「スプーン曲げね。もしかしたら、パパもできるかも」

 益章はスプーンの首の部分をゆっくりと擦る。しばらく擦ってから、親指で軽く倒すとスプーンは見事に曲がった。したり顔で小百合を見ると、彼女はポカンとした顔をしている。自分と同じことを父ができるので、どうやらびっくりしているのだな、と益章は思った。

「パパが子供の頃、スプーンを曲げる超能力者が流行ってね。パパも練習したんだよ」


「違う、違う。そんなんじゃないの」

 小百合は首をブンブンと横に振り、そして少し怒ったように言った。

「私の曲げ方はそうじゃないの。見てて」

 小百合は自分の目線の先まで両手でスプーンを持ち上げる。そして、柄の部分をジッと見つめた。


 しばらくすると、スプーンは自然とぐにゃりと首を曲げた。そのまま首が伸び、今度は天井に向かって伸び始めた。伸びた首はやがて螺旋を描き、スプーンはまるで抽象派の絵画のような姿になった。


「え?え?え?え?え?」

 今度、ポカンとするのは益章のほうだった。

「だから超能力だ、って言ったでしょ。パパみたいな手品じゃないの」


 頬をふくらませて抗議する娘と、わなわなと震える父。そこに洗い物を終えたゆり子が近づいた。

「あら?小百合ちゃん。それって……」

 ゆり子は小百合が曲げたスプーンを取り上げる。

「あなたがこんなふうに曲げたの?」

「そうなのママ。私、超能力があるの!」

 小百合は得意げに答える。

「スプーン以外にも曲げられるの?」

 ゆり子の質問に、小百合はブンブンと首を振る。

「それが、スプーンしか曲げられないんだ」

 言葉尻から悔しそうな思いが感じられる。

「スプーンと似たものなら大丈夫なんだけど……」

 そう言って、小百合は卓上のカトラリーケースかられんげを取り出して、同じように見つめた。数秒後に陶器で出来たれんげの首がきゅるきゅると回転しはじめ、やがて細い棒状のものに姿を変えた。


「いやいや!」

 我に帰った益章が叫ぶ。

「確かにそれは超能力だが!すごいことだが!いつからそんなことができるようになったんだ?」

「気づいたのはつい最近だよ。学食のスプーンで遊んでたら、いつのまにかぐにゃぐにゃに曲がってたの。びっくりしたけど『これは超能力だ』『私ってすごい』って思って」

 小百合は水をひとくち飲む。

「こういうのは秘密にしとくもんだとも思ったけど、パパとママには言っておかなきゃ、って」

 小百合はそう言うと、急に不安になったのか俯いて黙ってしまった。


「なにも心配いらないわよ」

 ゆり子は小百合の隣に座って、その肩を抱き寄せる。

「よく言ってくれたわね。かわりにママも秘密を教えてあげる」

 そう言ってゆり子はフォークを取り出して、じっと見つめ始めた。


 対面からその姿を見ていた益章は、しばらく自分の妻が持つフォークの変化をなにも感じなかった。だが、よく見てみると、取り出した時は4本だった歯が5本になっているではないか!束の間フォークの首が伸び、首からさらに枝分かれして、1本の柄から二股にわかれた5本歯のフォークが完成した。


「ママ!それって……」

「ママはフォークしかダメなんだけどね」

 そう言ってゆり子は娘にウインクをした。


「ち、ちょっとお前たち」

 二人の超能力者を前に益章は、ようやく声を出すことができた。

「小百合にも驚いたが、ゆり子まで……なんで今まで秘密にしてたんだ?」

「だって言ったら引かれるかなーと思って」

 ゆり子は甘えるような声で言った。

「小百合も超能力があるなんて、やっぱり私の娘よね」

 そう言って小百合の頭をなでる。小百合は嬉しくなって満面の笑顔を見せた。益章はただただあっけにとられるしかなかった。



 その夜。

 益章はうまく寝られずに目を覚ました。台所まで行って水を飲むと、洗い終わった食器の中にステーキナイフを見つける。

(そうか、ふたりとも超能力を持ってるのか)と食後の光景を思い出しながら、ナイフを手に取る。

(しかも娘がスプーン曲げで、妻がフォーク曲げ)

 益章は思わず吹き出してしまった。

(それで俺がナイフ曲げだなんて)

 真っ直ぐだったナイフは益章の手の中でくの字に曲がっていた。

(こんな超能力持った三人が親子か。笑っちゃうよな)


「俺のは秘密にしておこう」


 益章はそう呟いて、真っ直ぐにし直したナイフを静かに置いた。


(了)

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秘密のエスパー 高野ザンク @zanqtakano

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