秘密厳守で願います

結 励琉

だからあたしは転生なんてしたくないんです

「だからあたしは転生なんてしたくないんです。あたしにはそんな資格もないし、転生してもできることなんてないんです」

 あたしは目の前の神様にそう訴えた。

 学校の階段から転落して、強く頭を打った。

 あ、まずいと思ったら意識を失い、気がついたら雲の上にいた。

 目の前の若い男性は、自分は転生を司る神だと述べ、あたしを転生させるという。

 うん、これもまずい。

 死んだことより、転生がまずい。

「そうはいってもあなたは生前善行を積んで、それなのに残念ながら若くして亡くなってしまわれました。そういう人物は、ぜひよい世界へ転生させてあげたいと思っているんです」

「だって、あたしが死んだのって、気に入らない子を階段から突き落とそうとして、自分が足を滑らせて階段を転げ落ちたからなんですよ。転生させてもらって、人生続けたいなんて言えません」

 実は、これは嘘だ。

 

 目の前にいるのは、高校1年生の女の子。

 階段から落ちて死んだのは事実だ。

 だが、本当は足を滑らせた友人を助けようととっさに手を出し、友人は尻餅をついただけで済んだが、自分は転落して頭を強く打って死んだ。

 自分は転生神になりたてとはいえ神なのだから、このくらいの嘘は見抜ける。

 人間は神の能力を知らないから、嘘を見抜けないと思っているのかもしれない。

 なぜ嘘をついてまで転生したくないと言っているのかはわからないが、自分はこの

子をどうしても転生させないといけない。

 若くて元気な子は貴重なのだ。

 もちろん有無を言わせず転生させることもできるが、神に対する人間の尊崇の念は失わせたくないので、納得させた上で転生させたい。

「結局はその子は階段から落ちていないですし、あなたのこれまでの人生を総合的に勘案して、転生させてあげると言っているのですよ。それに、転生先はとてもよいところです。絶対行ってよかったと思いますよ。神の恩寵を信じて、転生を受けてもらえませんか」

 実は、これは嘘だ。


「なんであたしの言うことを信じてくれないんですか。転生する資格も、能力もない人間を転生させても、転生先に迷惑をかけるだけではありませんか」

 こんなに早く死んでしまうとは不覚だ。

 まだまだ自由な人生を送りたいが、転生したくない訳がある。

 転生するとなると、スキルを授与するために、念入りに能力を測られる。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。

 能力を測られたら、私の素性がバレてしまう。

 バレたら、どんな重罰を受けることか。

 それよりは、元の世界に戻されて、一から人生やり直した方がよい。

 目の前の若い神は、私の言い分が嘘だとは、さすがに気付いているとは思う。

でも、私がゴネ続けていれば、私の素性を詮索する前に、転生を諦めてくれるかもしれない。

 あたしのことはさっさと諦めて、別の人を転生させてあげてほしい。

「転生させていただけるというのはありがたくは思いますが、あたしは本当に無理なんです。そんな人間じゃないんです」

 転生したくないという気持ちには、いささかの嘘もない。


 少し前ならば、こんなふうにゴネる人間には早々に見切りをつけて、元の世界にお引き取りを願ったらしい。

 しかし今は、ひとりでも多くの転生者が必要だ。

 気の毒だが、この子にも行ってもらうしかない。

 なので、なんとしても、転生を承諾させたい。

「あなたは何か勘違いをされているようですね。誰でも最初はそうおっしゃるのです。自分にはそんな資格も能力もないと。だから、最近は我々も研修を充実させ、待遇も以前より大幅に改善させているんです。私たちには、あなたのような若い力が必要なのです」

 そうやって次々と若い人を送っているのだが、全然足りない。

「どうおっしゃられても、あたしは転生なんかしたくありません」

「あ、もしかしたら人間関係が心配なのでしょうか。あなたに行っていただく世界には、若い方がたくさんいらっしゃいます。むしろ、若い方しかいないと言ってもいいくらいです。和気あいあいとした、活気あふれる世界ですよ」

 転生させたいという気持ちには、いささかの嘘もない。


 そんなやりとりを、離れた場所で、宙に浮かんだモニターで見ている二人がいた。

 転生担当の最高責任者の女神と、その補佐の男神だ。

 しばらくモニターで状況を確認してから、最高責任神が口を開いた。


「やっぱり新人には、この女の子が十数年前に地上に降りた元転生担当神だということは見抜けないようですね。まあ、我々クラスでないと、すぐに見抜くのは無理でしょうけど」

「天界は不自由だとか言って、むりやり地上に降りて行って人間に転生したあの神ですね。ほおっておけばそのうち死んでこっちに戻って来るかと思いましたが、思いのほか早かったですね」

「元神だけに、とっさに人を助けようとしたのが災いしましたね。十数年なんて元神にはあっという間で、自由を謳歌する間もなかったかもしれませんが」

「その十数年で、転生先もブラックな世界が増えてしまいましたね。あちこちで魔王が力をつけてしまって、若くて元気な転生者を送っても送っても、魔王に倒されてしまうのは困ったものです」

 補佐神がそう言って溜息をついた。


「責任者としては忸怩たる思いですが、昔は新人には、最初は研修の一環として、希望のある世界への転生を行わせられたんですけど」

「今はそんなことを言っていられなくなってしまいましたね。新人にも、行き先がブラックな世界ということを承知のうえで、かつそれを転生者に隠して転生業務を行わせるのは、気の毒ですが仕方ありません」

「なかなか即戦力になる新人もいないなかで、この担当は、それでも筋がよいほうでしたね」

「頑張ってはいますが、相手が相手だし、少し手を焼いているようです。なかなか話が進まないようですが、この両名、いかがいたしますか」

 補佐神が尋ねた。


 少し考えて、最高責任神が言った。

「そうですね。この元神は、勝手な行動をしたということで、罰として天界で重労働千年としましょう。少々軽いですが、地上にいた時間はわずかですから、それでいいでしょう。新人には、スキルアップのために、研修プログラムをひとつ追加しましょうか」

「それをどう両名に伝えますか。我々が転生業務をモニターで逐一監視していることは、現場が萎縮しないよう、皆には秘密にしていますが」

「たまたまあなたが通りかかってやりとりを聞いたことにでもしてください。秘密厳守で願いますよ」

                                     了

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