第2話 302号室 元悪の組織 幹部 クロッセント『様』

テレレレテレレレレレ バゴォ(爆音)


オッス!オラOL26歳!今日もへろへろ帰宅したんだけどよ!

どっひゃ〜!風呂の電気が点けっぱなしじゃねえか!


電気代大損!でもそれだけじゃねぇ…!風呂場に人の気配があんだ!もう心臓ばくばくすっぞ!

ネエ オトウサン ケイサツ ヨンダホウガ イインジャナイカナア?(裏声)


無理にテンションを上げてみたものの、普通に怖すぎて無理すぎる。警察…?いや、もし杞憂で誤通報をしてしまったら…。バレないように少しだけ、確認してからの方がいいのだろうか。


「…そこな小娘」


風呂場から響く声。とっくにバレてる、という恐怖に思わず身震いしてしまう。

…というか、めちゃくちゃ声が良くないか。いや間違えるはずもない。この冷たくも爛漫に満ちた声を私は知っている。


「余にタオルを献上する栄誉をやるぞ。その辺に安置せよ」


恐る恐る戸を開けると、彫刻のように美しい肢体の少女が優雅に湯浴みをしていた。我が家の安っぽい風呂場がまるで宮殿の秘所に様変わりしたかのようだ。


あまりにも良すぎる顔面が、不機嫌そうにこちらを睨め付けている。


「む。誰の赦しを得て余の玉体を拝謁しておるのだ」


こがねに輝くたおやかな御髪。至上の星である涙ぼくろ。間違いありません。我が永遠の推し、魔界の教皇クロッセント様でした。推しが我が家の風呂に入っています。は°?°み°っ°






「ふう、中々の湯であったぞ」


ありがたき幸せ…。いやマジで。お風呂上がりの黒を基調としたゴスロリコスチューム、やばいな。

なんかしっとりしてて破壊力マシマシだもんな。しめりけなのに私もうじばく出来そうだし。


ていうかなんなんだろうこれ。幻覚?頑張ってる自分へのご褒美みたいな?


「して其方よ。ここはナホの街では無さそうだな。何処だ?」


出たあーーーーー!クロッセント様の元敵対者にして現親友、フェアピュアのリーダー、ピュアピンク!ナホちゃん!

えっていうか『なほ』呼びって事は和解後の26話以降の状態って事?ていうか自然に『ナホの街』が基準になるくらいって何?


「あびゃびゃべびゃべべべびゃぶべびゃびゃぶび」


「む…?地球の言語では無いな?ここは何処なのだ」


「あああ申し訳ありません。教皇猊下の玉体を一瞥してしまった狼藉の始末としてただちに自害致します、と言ったつもりでした」


「そこまでせずともよいわ!」


るんるん、と長い金髪を揺らしリビングへと向かって行くクロッセント様。まるでフランス人形の麗しいワルツのようだ。生きているだけで芸術すぎる。


…リビング?


まずい!リビングにはフェアピュア関連のBlu-rayとか玩具とかタペストリーとかちょっとえっちなナホ×クロ本などが整然と奉られている。本人(?)のお目にかける訳には絶対にいかない。


「おっお待ちを!お風呂の後はドライヤーを是非!」


クロ様の足がピタリと止まり、ふわりと振り返ってくる。その表情は、年相応のわんぱくっ子そのもので非常に眩しかった。


「余はどらいやーを好かぬ!湯浴み上がりにナホにして貰ったが、妙な心地であった!」


え"っ〜"?"そ"れ"っ"て"一"緒"に"お"風"呂"入"っ"た"っ"て"コ"ト"〜"?"


気絶に近い感覚。だって、無かったもん。フェアピュア全51話中、そんな素敵描写。不意打ち。欲しい。行間を読み込む力が。


膝から崩れ落ちている間にクロ様はとっくにリビングへと辿り着いていて。

ようやく駆け付けた時には1番の劇物、2次創作コーナーに手を伸ばしてあらせられるのでした。


「これは…余となほが描画された書物か?」


「死にます」


「何がだ!?」


あっでもまだ仲良しほのぼの健全本の可能性もある。それでも張本人に見せつけて尊い御関係を歪ませる原因になるとあれば、戒めとして左腕くらいは行っておかないといけないが。


「しかし、何故この薄い書物では、余とナホが…。そ…その…ちゅーをしておるのだ?」


「本当に申し訳ありません。死にます」







「ほう、つまり余は物語の中の人物。貴様は我らの崇拝者、という訳か」


「はい。今見てる全てが私の夢で無ければ、ですが」


だが、それはあり得ない。なぜなら、クロッセント様の御姿が完璧だからだ。仮に幻覚の類だとしたら、私の脳内イメージはあまりにも凡百極まりなく『真実』には程遠いので、斯様な麗しい御姿では顕現される事が無いだろう。確実に幻覚では無いと言い切れる。


「さて…世迷言と切り捨てるのも良いが、対象を物語の中に捉えるマジカルモンスターも居た事だしな」


「視イブックですね…35話の」


「…崇拝者というのも虚偽では無さそうだな。ふうむ…どうしたものか」


「私の肝臓とか大腸とかを代償にご帰還頂けないのでしょうか?」


「其方よ…。もう少し自分を大切にした方がよいと思うぞ…」


しかし、本当にどうしよう。私の部屋は陛下の肢体をお納めするにはあまりにも矮小すぎるし、俗すぎる。


「とりあえずですが、今夜は1泊100万とかの宿をお取り致しますのでそちらでお休みになってはいかがでしょうか?」


「ふーむ、客亭か…いや!余はここを気に入ったぞ!ちと狭いが湯殿も良い!ナホの住まいを思い起こすのでな!」


「えっそれは、私の、家に…泊まる、という事なのでしょうか…?」


「なっ!なんだその目は!違うからな!断じてあの薄い書物に心を惹かれている訳ではないのだからな!」


ど…どうすれば。クロ様が、我が家に…。それだけでも臨界点なのに…。しかも二次創作を…ご所望…?


『ダメよ!ナホ×クロは不可侵なのよ!』


私の中の天使…!確かに。私が勝手に歪めてしまうのは1オタクとして許されざる行為だ。


『いいじゃねえかよぉ!ナホクロを進展させたらよぉ、俺たちは晴れてイカれたキューピットってわけだぜこのハッピーゴミカス野郎が!けっへっへへへ…!』


ダメだ圧倒的に悪魔の方が強い。洋画のザコを全部煮詰めたみたいになってる。


「承知致しました。じゃあ私はマンション前の公園で寝ますので、ゆっくりお休みくださいね。何か必要なものなどございましたら窓からお声がけください」


「待て待て!余が間借りする立場なのだ!楽しい事は共用で!これが同居で一番大事!とほのかが言っておったぞ」


つまり、一緒に過ごして良いと…?


「って待ってください同居ってナホちゃんと一緒に暮らしてるって事ですか?」


「そうだが?」


ほわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ







『ピュアピンク…。貴様は余自らの手で闇の果てへと葬り去ってやろう』


「尖っておったなー、余!この頃はな、教皇という立場と母上からの重圧の板挟みで焦燥を抱えておったのだ」


ピュアピンクぬいクッション(4980円)を抱きしめて画面をご覧になられているクロッセント教皇猊下。爆発だ。


ご本人が選抜された名シーンを本人コメント付で鑑賞出来る超ウルトラ豪華な副音声タイムを必死で耳に入れつつ、もう一つの事を脳内でこねくり回していた。

というかいいのだろうか。こんな超幸せ版アルバム見せ合いっこタイムみたいな時間を過ごしてしまって。


しかし、先程のナホちゃんと同棲されている、という情報。

私の知る限りでは、原作のアニメ、フェアピュア(2013年)の最終回時点ではそのような事実は無い。


やはり、私の幻覚…?いやそれは私の魂自身が強く否定している。


つまり、考えられる事はただ一つ。眼前にいらっしゃるクロッセント様は、本編後の時間軸のクロッセント様という事。


私達が普段垣間見せて頂いているのは彼らの生活の一部。我々が観測していない所でも、住人達は廻っていくのだ。


えっ、でもこういうのってカプ推し仲間を差し置いて私1人が独占しちゃっていいのかな。自戒として事が済んだ時に自分の首の骨くらいは折っておこう。


しかし全部の思考が現実に顕現されたクロッセント様関連で占められてるの果報者すぎるな…。

脳内がこう…ドミノピザの色んな種類乗ってるやつみたいにハッピーだ。


ごちゃごちゃしてしまったが、やる事は決まった。これしかない。


「そうそう、余にとってこの事件が一番印象深くてなえぇーーー!?なっ、なぜフォークを目に押し付けようとしておるのだ…!?」


「目を潰すべきと判断致しました。これ以上この幸せを目に入れたら裏切りになります」


「何の!?やめよやめよ!」


その後、鑑賞会は一時停止。小一時間命の大切さについて玉言を賜るのでした。根が良い子すぎる…。







時計の針が揃って真上に差し掛かった頃。ついに、クロッセント様とナホちゃんが和解するあの回が。


『離せ…!廻って廻って、回帰したのだろう…。結果、果てへ葬られたのは余の方であったというだけだ…』


『あーもうごちゃごちゃとうるっさいわね…!』


『そんなものごと!あんたを真っ白に引っ張ってやるんだから!』


実母に裏切られ、暗黒の地に幽閉されたクロッセント様。

砕けた尊厳、感情。でも、そんなものごと陽の差す方へ力強く引き上げるナホちゃん。

ファン投票では毎回一位を獲得している珠玉の人気エピソードだ。


…異常に思われてしまうかもしれないが、私は、テレビに映るクレッセント様と、初めて目が合ったあの朝、あの瞬間。完全に心を奪い去られていた。

その気高さも。時折り見せる穏やかな心根も。何もかもが大好きだったし、誰よりも大好きだ、という自信があった。


でも、この回で、私は嬉しい失恋をした。

だって、ナホちゃん以上にクロッセント様を幸せに出来る人はいない、と確信してしまったのだから。


代わりに、好きな人が増えた。

クロッセント様も、ナホちゃんも、2人で笑っている姿も、向き合っている姿も、互いを支え合っている姿も。


だから、今…クロッセント様がいるべき場所は私の横ではない、と心から思う。

だってそれは…。


『その…よろしく。ピュアピンク。いや、…ナホ』


『ふふ、よろしく!クロちゃん』


「ふふ…」


画面に向ける、クロッセント様の瞳自身が証明しているのだから。







次の日。私は青森の呪術師に弟子入りした。


2次元の住民がこちらの世界に、なんて怪奇現象が起きている以上、必ず呪の流れがあるはずだからである。マジカルモンスターのように。


この世界では上手く術を行使出来ないクロッセント様の代わりに、私が原因を探し出し、クロ様を元の世界に送り届けるしかない。

ちなみに仕事は辞めた。


しかし、連日の厳しい鍛錬、霊山道巡り、精神統一。

どれか一つでも欠ければ呪術師への道は一生開かない厳しい世界なのだが、最後の一つ。精神統一だけがどうしてもクリア出来なかった。


なぜなら…。


「ほら、で、出来たぞ!カレーだぞ!今回はちゃんと!」


修行の旅に、クロ様が同行しているからである。しかも、いつものゴスロリを脱いでのキャンプ装備で。


新鮮。まるでソシャゲの別衣装じゃないか。最高。私ごときがクロ様の手料理を口にしていいのか?不器用かわいい。世界一おいしい。公式さんフェアピュアのソシャゲ出して。


様々な思いが渦巻いて、とても精神統一どころではない。


それに、クロ様ご自身の意志で少しでも手伝いたい、とおっしゃって頂いた以上尊重するべきなのだろうが、なんだかゴミ虫がナホクロの間に割り込んでいるようで申し訳なさに身が張り裂けそうだった。


なので私は、邪の原因である自分の目を潰した。と言っても、一度着けると二度と外れない呪いの修行目隠しを目に装着しただけなのだが。


効果は抜群!という訳もなく、なんか見えない分麗しいお声がより一層耳に入ってくるし、暗闇で聴いてるからドラマCDみたいだし(公式さんナホちゃん→クロ様ほのぼの日常ドラマCDもっと出して)で以前より修行の結果は悲惨な事になっていたのだが、実家の父のシワシワボクサーパンツを思い出しなんとか事なきを得た。


そして間に挟まってしまう問題は、自身に『これはクロ様を無事に送り届けるため やむを得ない』と必死に暗示をかけつつ実家の父のシワシワボクサーパンツを思い出すことでなんとか事なきを得た。


そして着々と修行をこなし、3ヶ月後には立派な一人前の呪術師に。なんか免許皆伝も5回くらいして貰った。


速攻で住んでいたマンション、レジデンス佐女川に戻って流れる『呪』を探ると、一連の原因は1階に入居してるトンチキ科学者のトンチキ装置な事が判明した。


そしてボコボコのボコにして装置を壊した今。長い夢が、終わろうとしている。







「驚愕であったな。佐女川に戻る道中、古呪術抹殺を掲げる10人の刺客共が『喧風』で来ようとは。良い土産話が出来てしまった」


「クロッセント様の長ネギが無ければ、死んでいたのは私かもしれませんね」


クロッセント様のお身体が、影送りのように宙へと溶けいくのが分かる。それでも、ずっとこの瞬間が続くかのように。なんでもないような雑談を交わしていた。


「しかし、驚きましたね。まさかあの科学者が作っていた装置が『人生で一番大好きなキャラクターを自室に呼び寄せる装置』だったなんて。

ナホちゃんも一緒に呼び寄せられなかったのは、徳が足りなかったからですかね?」


「ふふ、巡り合わせであろうよ。

しかし、ナホが余を友と呼び、紡いだからこそ其方もここにいてくれる。

奇なものだな。また、ナホに助けてもらうとは」


「ええーっ!?それってクロ様がナホちゃんと紡いだ絆を忘れていない限り元の世界へ帰還出来るのは自明の理で全部ナホちゃんのおかげだって事ですか!?本当にその通りですよ!」


「違うわ!まったく…。

余が言いたかったのはな、あやつに、友達作りまで助けられた!という話だ」


「え?それって…」


「命を預けあえばそれはもう友達。とナホも言っていた。


楽しかったぞ、友よ。味気ないカレーで良ければ、いつでも振る舞おう」


閉ざした瞳さえ貫く、眩い光。

気配で分かる。行ってしまわれたと。



…でも、しかし。


もう抱えきれないくらい光栄の極みですが、図に表すと


クロ様

↓(友達)(恐れ多い)(ありえん)

↓(いつもありがとうございます)(永遠)

ナホ×クロ


と間に挟まる形になってしまうので謹んで辞退させて頂きたいです…。下僕辺りでお願いします。





『あっ、お姉ちゃんやっと電話出た!ずっと音信不通で心配したんだからね!』


「ごめん、しばらく霊地を巡礼して呪力上げてたからスマホ使えなかったんだよね」


『な、何…?それより見た!?ビッグニュースなんだよ!フェアピュア、続編やるんだけどさ!』


「えっ…?」


『ほんとほんと!先行カット出たんだけど、クロ様とナホちゃんがプラトニックに同棲しててさ!後ちょっとだけクロ様が料理上手になってて!やばいよね、ナホちゃんの為に練習したのかな!やばいよね!』


なるほど…自室に現れたクロ様は、ちょうど続編に入る直前の時期なクロ様だった、という事か。


『ってそこじゃなくて!あの、クロ様の部屋の様子も公開されたんだけど、壁にナホ×クロの健全本が飾ってあんの!それがどう見てもさ、お姉ちゃんが描いたやつなんだよね!』


「ええっ!?」


公式に認知されてるの!?という妹の声を『柔』で受け流しつつ、急いでホームページを確認する。


先行カットを大公開!と銘打たれた欄。

よく片付けられたクロ様のお部屋に、あの日。私の部屋でお見せした後、確かに元の棚に戻したはずの同人誌が丁寧に飾られていた。

表紙には、黒マジックで書いたのであろう『友誼の証』という文字が。


「…ちゃっかりしてる所も大好きだぁ」





それはそれとして生ものを本人にお見せしてしまった、という罪はあまりにもデカすぎるので同人界鉄の掟に則り自害しようとしたのだが、鍛えすぎてあらゆる武器類も己の手刀でさえも皮膚を通らなかった。


なので今は呪術師をやりつつ私を滅してくれる強者を求める流浪の旅を続けている。

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大好きな二次元キャラが自宅に三次元で出現して来た話 しまわさび @simawasabi

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