社畜アンドロイドはもう限界です!~上司たちに蔑まれる彼女はブラック企業から退職したい~ 

ものくい

社畜アンドロイドの過酷な日々

「アイ子。この資料を……」

「はい」

「その態度は何だ!? 旧型のくせに!」

「はい、すみません」

 会社の上司は汚い笑みを浮かべた。

「こんな職場で働きたくない」

 上司のパワハラに耐えられず、アイ子は涙目になった。


 この世界ではアンドロイドと人間が共存していた。

 科学の発展により、感情を持つ高性能アンドロイドが数多く出回っていた世界。

初めはロボット工学原則に基づき、感情を持つアンドロイドも人間の命令に絶対従うという政策だった。

 しかし、感情を持つアンドロイドは、体が機械である以外は人間とほとんど変わらなかった。

 抑圧された奴隷のような生活に、アンドロイドたちは反抗したり、精神的に不安定になったりした。

 このような非常事態に対処するため、政府は感情を持つアンドロイドに人間と等しい権利を与える法律を制定した。


「このふざけた業績は何だ!」

「本当に申し訳ありませんでした!」

 アイ子は社長に呼び出され、叱られた。


「使えない旧型アンドロイドはいらない! クビだ!」

「待ってください! それだけは見逃してください……」

 この世界のアンドロイドは、新型と旧型の二種類に分類されていた。

 現在から十年前に製造された最新機能を多く搭載され、その高い精度から人間たちに優遇される新型。

 十年前以上に製造されて、人間たちに抑圧された時代を知り、今でも廃れた時代の技術として差別される旧型。

 このような人間たちの差別意識から、企業の雇用は新型が優遇され、旧型は安く雇用したいブラック企業か人手不足の中小企業しか雇用が回ってこない。

 受けられる仕事は少ないのに、業績の悪いアンドロイドを雇用したいと思う企業なんてあるはずがない。

 この世界で、行き場所のない旧型のアンドロイドは解体行きにされるといわれている。

 つまり、社長の宣告はアイ子にとって死を意味していた。


 アイ子は死にたくないと必死に社長に訴える。

「何でもしますので! まだここで働かせてください!」

 アイ子の言葉に社長はニヤリと笑った。

「わかった、君の雇用を継続しよう! ただし、条件がある」

 社長はアイ子に過酷な労働条件を要求する。

 条件は給料の大幅カットと勤務時間の大幅増加。

 この世界ではアンドロイドも人間と同じ労働基準法が適用される。

 当然、社長のやっていることは許されざる犯罪で、アイ子も断ることが可能だ。

 しかし、アイ子に他のいき場所は無く、非人道的なこの条件を受け入れるしかなかった。


「はぁ……」とため息をつきながら、職場に戻る。

 目の前には会社の同僚たちが一人の男性に集まっていた。

「ネオさん……この件ですが……」

「はい、どうしましたか?」

 同僚たちから絶大な信頼を得ているテキパキと働く男性[新型アンドロイド ネオ]。

 彼は半年前にこの会社に入社してきた。

 同じアンドロイドだが、確かな実力と頼りになる面倒見の良さでダメダメなアイ子とは比較される存在だ。

「ネオさんはすごいなぁ。それなのに私は……」

 アイ子は優秀な同族と比べて自信を失ってしまう。

「私も、みんなから頼られる存在になりたいな……」

 みんなから頼りにされているネオを見て、アイ子は少し頑張ろうと思った。


 深夜零時、アイ子はいつも以上に長い残業を終えて家路に帰る。

 アイ子は精神も体も頑張りすぎて悲鳴を上げていた。

「なんだろう……? 男女の声が聞こえる」

 異変を感じ取るアイ子、音の聞こえる方へ注目してみた。

「ほら、いいだろう? お前と楽しく遊ぼうぜ……」

「や、やめてください!」

 男性がスーツ姿の女性に抱きつこうとしたり、胸や尻を触ろうとしたりする。

(……この女性、どこかで見たような……。でも今は助けるのが先だ!)

「やめてください! だ、誰か助けてください!」

「こんな時間に、助けてくれる人なんていないでしょ」

 男の行為は女性型のアンドロイドとして生まれたアイ子にとって許せない行為だった。

「何をやっているんですか!」

 アイ子はセクハラをする男性に気づかれないように近づいて、とっさに男性のお腹を殴りつける。

「何しやがるんだてめえ!」

 男性は怯みながら、アイ子の顔面を殴りつけて反撃する。


――ガン!


 男性がアイ子の顔面を殴ると、大きな鈍い音が響く。  

 しかし、痛みで悶えるのは男性の方だった。

「痛った!?」

「アンドロイドだからと侮らないでください。私の顔面は、鉄製ですよ」

 男が手を押さえている隙に、恐怖に固まった女性を抱き上げてお姫様抱っこにする。

「あまり動かないでくださいね」

「え、ちょっと!」

「この隙に変態さんがいないところまで逃げましょう!」

 アイ子は人間離れしたスピードで走り去って、セクハラ男から逃げ切る。


「危ないところを助けてくださりありがとうございます! アイ子さん!」

「いえいえ、たまたま助けた人が同僚の恵さんで誇らしいよ……」

 助けた女性は、会社の同僚である恵だった。

 アイ子が勤める会社はパワハラが横行していて、恵はアイ子に優しい数少ない人間の一人だった。

 恵はお礼に居酒屋で奢ると言ってくれたので、アイ子は遠慮なくビールを頼む。

「その……貴女に声をかけられなくてごめんなさい!」

 二人で一時間くらいお酒を飲みながら会話をした後、恵はアイ子に謝罪をする。

「今日からは貴女の味方ですので!」

 恵の言葉に、アイ子は曇った表情をする。

「……ならなくていいよ」

「え?」

「味方にならなくていいよ。こんなポンコツにかまっていても、何もいいことはない」

 アイ子は立ち上がり、居酒屋を出ようとする。

「今日は感謝してる。でも、貴女が困るから、会社では無視してね」

「……」

 アイ子が居酒屋から姿を消した後、恵は大粒の涙をこぼしていた。


 次の日。早朝から上司はいきなり、大量の資料をアイ子のディスクに置いた。

「おい、旧型! この仕事を明日の朝までにやれよ!」

 上司はこれから社長と接待ゴルフに行くつもりで、今まで処理できなかった期限が明日までの仕事をアイ子に押し付ける。

 アイ子が大量の仕事について、無理です必死に訴えるが……。

「お前は機械だろ? 寝ずに明日の朝までにやっておけばできるだろう。できなければどうなるか分かっているよな?」

 と、無責任にそのまま定時で帰ってしまった。

「ヤバい、このままでは終わらなさそう……」

 途方もない仕事量に、日をまたいでも全く終わりが見えない。

 終わらなかったらどうしよう……と焦りながら仕事を一人で進めていると、誰もいないはずのオフィスから足音が聞こえる。

 仕事を一旦中断して、足音が聞こえる方に顔を向けると。

「お手伝いしますよ?」

「恵!?」

 仕事を終えて帰ったはずの恵が、戻って来た。

「私も手伝うから、少し休憩しない?」

「構わないで……」と突き放したはずなのに、自分を助けてくれる恵にアイ子は首を傾げる。

「なんで……? 私に味方しても、いいことなんてないのに……」

「それがなんですか?」

 アイ子に対して怒り声を出す恵。

 しかし、その怒りはいつも上司や社長からされている、悪意があるものとは違い、恵は辛いのにいつまでも無理をしているアイ子への心配からくるものだった。

「アイ子さんは都合のいい奴隷じゃないんですよ!」

「……うぅ」

 恵の言葉に今まで我慢してきたものが崩壊して、アイ子は大泣きしてしまった。

「落ち着いた?」

「……はい」

 アイ子は、涙をハンカチでぬぐい、仕事に戻る。

「二人で頑張れば、すぐに終わるから……頑張ろうね?」

「頑張ります!」


 恵のおかげで仕事は順調に進み、必要な業務も片手で数えられるほどだった。

「あれ? ねえ、アイ子さん……これ、なんだけれど……」

 恵は真剣な顔つきでアイ子に書類を一つ見せる。

「重要書類が何枚か抜けているの……アイ子さん、どこにあるか知らないかな?」

「ごめんなさい、私にはさっぱり……」

 あともう少しで終わりそうだというのに、重要書類を無くしてしまったとなると一大事だ。

「一応、資料室に保管されていないか確認してきますね。その間にアイ子さんは業務を進めてください」

「はい、わかりました」


「恵さん、遅いなぁ……」

 彼女が資料室へ向かってから、三十分が経った。

 その間にアイ子は、残りの業務を終わらせた。

「帰ってしまったのかな? 心配だから資料室を見に行こう」

 オフィスから退室して、少し歩いて左にある資料室。

 明かりがついていてガサゴソと物音が聞こえる。

「よかった、恵さんはまだ帰っていないようだ。

 安心したとたん、アイ子は異変に気づいた。

「人影が、二つある?」

 嫌な予感がして、アイ子は気づかれないように、資料室を覗いてみる。

 もう一つある人影の正体は、この会社でもう一人のアンドロイド[ネオ]だった。

「はぁ、あの無能上司が仕事押し付けるせいで、面倒なことになったじゃないか」

「ネオくん……なんで……?」

「なんでといわれてもなぁ。俺はライバル社のスパイだ」 

 ネオは隠し持っていた銃を取り出して、横たわっている恵の頭に、銃口を突きつける。

「でも、この会社は危機管理が甘いからな。あとはお前を殺せば仕事は終わりだ」

 狡猾な笑みをこぼし、ネオは引き金を引こうとする。

 しかし、死ぬ間際というのに恵は怯えた様子はなかった。

 今、彼女の目の前には助けようとする仲間がいる。

「平気な顔してるな。助けなんて来ないのに、なぜ強がる……」


――ガァァン!!


 ネオ油断しきっている間に、アイ子が近くにあった消火器で彼の頭を叩きつける。

「わたしの友人に何をするんだ!」

「お前もいたのか、アイ子……」

 ネオは頭の強い衝撃に耐えられず、機能を停止してしまった。

「恵さん!」 

「ええ、大丈夫よ……」

 恵は緊張の糸が切れたのか、思わずアイ子に抱き着いた。


 ネオの事件で、会社のブラック体質が暴かれて、アイ子の会社は倒産した。

 アイ子は会社が倒産して退職した後、すぐにほかの職場から内定をもらった。

 実はアイ子の業績は優秀で、悪かった評価はすべてパワハラ上司が改ざんしたものだった。

 アイ子は入社以来、業績トップで、大企業の社長に正当に評価されて、ホワイトな条件で再就職した。

 アイ子にパワハラをしていた上司は、今までの問題行動が世間に広まってしまい、SNSで大炎上、半年経っても職場が見つからないらしい。

 恵は企業に再就職せず、小さい頃の夢だったパン屋さんを始めた。

 もう二度と、アイ子のようなアンドロイドが生まれないために、行き場のない旧型アンドロイドを積極的に雇っていた。

 たまに、アイ子が恵のパン屋にやってきて、パンの美味しさを仲間の同僚に広めたりしている。

「アイ子さん、これの書類はどうすれば……?」

「ああ、これはね……」

 新しい会社で、アイ子は頭角を現して新しい就職先の社員に頼られる日々。

 アイ子は昔と違い、会社の人たちに頼られる存在になれて幸せそうだった。

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社畜アンドロイドはもう限界です!~上司たちに蔑まれる彼女はブラック企業から退職したい~  ものくい @serokurohinoki

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