第3話

 あたりが明るい日差しに包まれた、その時、城門がわずかながら開いた。そして、そこからまだあどけさの残る8歳くらいの少年ともう少し大きい10歳くらいの少女、その二人が手をつないで恐る恐る出てきた。


「あなたは、わたしたちの国の大事な人です」少女がそう言うと、男の軍服の砂埃を手で落とし、勲章を丁寧に拭いた。そして、その様子を見ていた少年が、次に彼の手を取って、城門の中へと案内していった。髪は乱れ、髭もじゃで薄汚れていた彼の顔は、門をくぐると同時に光が差したように、すっきりと端正に整えられた顔に変わっていた。


 そして城門の中に入って彼が見たものは、彼が記憶していたものとは全く違った。空襲によって焼け野原となり、バラック建ての小屋が連なっていたはずの戦場跡は、コンクリートとメタルとガラスでできた造形物によってすっかり様相を変えてしまっていた。


 さらに、かつて彼を盛り立ててくれた同胞たちが、いずれも敵だったはずの対岸の帝国主義者たちによってすっかり洗脳され飼いならされてしまっていた。国のリーダーたちは、もはやあいつらの傀儡に過ぎなくなっていた。


 男は、半分うれしくもあり、半分悲しくもある複雑な感情のやりどころを探して、あちこちに気を取られながらも、よろよろと歩みを進めていた。


 その時、どこからともなく、ひゅー、ひゅーっと彼の耳元でいくつか音がした。石だ。石が飛んできたのだ。そのひとつは彼の頭をかすった。戦では決して前線に出たことがない彼にとって、これは恐怖だ。あわや大怪我をするところだった。


 その時とっさに一緒にいた子供たちが、投石者たちの前にたちはだかった。「やめてください。この人だって一生懸命私たちのために戦ってくれたんです」それを聞いて、投石を試みた連中はそそくさとその場から去っていった。


 歓迎されていない。久しぶりに帰ってきた男は、決して歓迎されてはいないのだ。だが、男にはそんなことを気にも留めている様子はない。むしろ穏やかな日常の中に暮らしている市井の人々の平和意識の方が、彼にとっては、まやかしにしか見えないのだ。恐らく今はそのように演じなければ許されないのだろうと想像するしかない。


 だが、新たな危機がもうそこまでやってきているのを感じる。それは、二人の子供たちによって私が連れ戻されてきた理由を考えればわかることだ。海の向こうの奴らに、優しくなるよう飼いならされてきたからといったって、奴らの根端から察すれば、いずれ都合のいいようにお手伝いさせられる時が来るという訳だ。


 武器はいったんは捨てた。でも、再び武器を手にしなければならない時がやってくる。それが現実化したとき、と男は考える。


 その時ブリキの勲章は輝きを増し、金銀ダイヤで彩られた重厚な勲章に変わる時なのだ。そして、男は再び祭り上げられることだろう。


 待った甲斐があろうというものだ。


 石の鳥居をくぐった時、彼は喜びに顔が引きつった。そして、叫ぶ。


「さあ場所を開けろ、英雄様のご帰還だ。」

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ブリキの勲章 寺 円周 @enshu314

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