第2話
そこへ、こざっぱりした作務衣姿のやせ細って貧相な男が馬に乗って現れた。
馬上の男に気付いて、「おや、しばらくご無沙汰だったなあ。なかなか農耕馬に野良着もお似合だ。貴様はいつ軍服を脱いだのだ?」と、ブリキの勲章男が懐かしそうに声をかける。
「何を今さら、俺は、お前たちの作戦があまりにも幼稚過ぎて、バカバカしくなったのさ。お前は最後まで己の無能に気付かず、無益な人殺しを進めていった。お前の言葉を借りれば、お前はとんでもない非国民というわけだ」と、馬上の男の無礼千万。
頭に血が上って、今まで青ざめていた顔をみるみる真っ赤にしたブリキの勲章男は無理やり喉の奥から絞り出すような声で、
「何を言うか・・・すべては天の声に、ウッ、従ったまでなのだ」と言い返すが、馬上の男はなおも続ける。
「確かにお前が総理大臣にまで上り詰めたのは、ハナっから卑怯な手を使ったわけではない。最初は、お前のその情緒的とも言える、その考え方をうまく利用しようとした連中に乗せられたまでだ。だがな、身に余る大きな権力をいつの間にか持ってしまったお前は、舞い上がって後も先もわからなくなっていった。その結果は、大方の予想を裏切る行動に出てしまったのさ。戦だ、戦だ、天の声は戦争だって喚き散らしてな。しかもあまりの強権を発揮したものだから、お前に反対すれば、どうなるか心配で配下の連中はみんなお前の言うことに逆らうことをしなくなった。そうだろう。その点ではお前は俺たちより無理を押し通すことができるようになった、ある意味、成功者というわけだ」
「それで嫌気がさしたというのか?それは、僻みというやつだ。しかし、それで逃げ出してしまうなんて情けないじゃあないか」
「逃げ出したんじゃない。私の主張が取り上げられなかっただけでなく、お前さんのやろうとした無茶を止めることができなかったという責任を取ったまでだ」
「偉そうなことばかり言ってたからだよ。そもそも貴様が満州での戦の火種を作ったんじゃないか。貴様の最終戦争論なんて実に馬鹿げてた」
「分からん奴には、猫に小判というやつさ。我々は、もっと力を付けてから戦わなくちゃいけなかったんだ。そうしたら、少なくともそんなにも惨めな結果にならないで済んだんだ」
「いや、こっちが力を付けている間に、相手はもっと力を付けてくる。先手必勝だ。それにしても、最後はあんな汚い爆弾を使ってくるなんて、卑怯そのものじゃないか。国民が可哀想だった。悔しいじゃないか。まだまだ我々は戦う気力がみなぎっていたのに。何しろ、我が国は神国なんだから。昔のように神風も味方して、決して負けはしなかったのだ。それが、それが、残念でならない」と、砂の上に顔をつけて涙するブリキの勲章男。
そんな泣き言を聞いて、相変わらず話にならないとあきれ顔の馬に乗った男はどこへともなく去っていった。
「ふんだ。意気地なしのホラ男め。我々の覚悟を何と思っていたのか。私の意気を信じて、国民はみんな本土決戦を覚悟し、最後まで我ら軍部を支えてくれていたのだ。しかしだ。それなのに、突然、天子様は敵の言うなりに降伏を決められてしまった。悔しいじゃないか」座り込んで砂を握りしめ、悔し涙にくれた男はしばらくして、「しかし、まだ相手に対する報復を忘れてはいられないはずだ。私がいつまでもここにいては、あの方も無念を晴らせまい。早くあの方のおそばに参らねば」
傲慢に満ちた男は、彼の正当性を担保するものたちによって裏切られ、城門の外に追いやられたことに気付いていない。もはや、彼が城内に戻ることはありえないはずだった。
ところがその時、運命を司る時のいたずらなのか、それまで狂い吹き続けていた風が弱まり、砂埃はしずしずと大地に舞い降りると、空気が凛と澄みわたってきた。それまで無機質なものに包まれていた空間に、鳥がさえずり、間近に緑の葉に覆われた木々がせまってきている。
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