ブリキの勲章

寺 円周

第1話

 赤茶けた砂嵐が竹ぼうきとなって、頬を鞭打つ。朽ち果て、大量の砂に半分が埋もれた城門。その前に、ブリキの勲章を目いっぱいぶら下げた軍服を身に着けた男が、門の中に入れずに、ただひたすら救いの手を待っている。


 その男の頭の中は、後悔と自責が啄ばむ鳥の嘴の餌食となっている。両の手で耳の上から挟み込むようにして、白髪交じりの短髪の頭を押しつぶさんばかりだ。濁った眼球は今にも飛び出しそうに剥き上がっている。骨と皮しか残っていない彼の腕にまかれたぜんまい時計は、めったに顔を出さない太陽が出入りするわずかの間に、かろうじて時の経過を教えてくれる。そんな当てにならない太陽よりも確かな北風と南風のせめぎ合いが、その男の勇気の糧だった。


 風目が変わった時、彼は思い切り城門をたたく。彼の本来いるべき場所が、城内にきっと用意されているはずだ。喜んで彼を迎え入れてくれる人たちがきっといる筈だ。そう思う男は、いつからその場所に陣取っているのか。


 よれよれになった軍服の裾を引っ張って、背筋を伸ばしたその時、また風が変わった。その強い風と砂から身を守るように身体を丸めて門を背中にした。


 男はそこであらためて気付いた様子。彼の周りには、幾人もの男たちが地を這いずり回っている。見れば彼らも骨と皮になってしまった体に、ぼろぼろになった軍服をまとっている。もちろん彼は、ずっと前からそのことに気付いていたはずだった。彼は、時たましか動かない腕時計の針を読み続けてきた。そして幾年もの月日が経過していることを理解している。その間ずっと気づいていた。ただ知らんぷりを決め込んでいるだけなのだ。そう、彼らが何をしているかを、一番知っているのは目いっぱいブリキの飾りを胸に抱えたその男以外にないのだ。


 男は、彼らに言う、「君たちは、よくやった・・・」と。乾いた砂埃の中をよれよれの態で這いずり回っていた軍服たちは、冷ややかな視線を送る。「分かった分かった」と、ブリキの勲章男は手で制す。


 一人の軍服が、「俺たちのやっているのは、ここに転がっている骨を拾い集めることだ。それがすべてだ。もう、おまえの言う通りにはしない」彼らは、戦いで命を落とした全ての仲間の骨を拾い集めるまで、ここを去るつもりはない。


 ブリキの勲章男は、砂と嵐の中で石のようにうずくまり、彼らの仕事をしばらく見守っていたが、それまでの風が変わるや否や、何かに急き立てられるようにあわただしく、またもや城門を叩き始めるのだ。

 

 私は、あいつらとは違う、高邁な選民として生きる宿命を神から与えられている。責任ある判断、そんなものはそもそも非現実的だ。たとえその判断が間違っていようと、誰も私を非難するに値しない。ここに眠る屍がどれだけのものであろうと、私のかつての采配が正当なものである以上、そこで費やされた敵味方の区別ない犠牲者たちは、英霊となり、価値が与えられたのだから、それはそれで十分なのだ。


「うるさいな。いくら門をたたいたところで開けてくれる奴なんていないよ。みんな自分がかわいいからな」古参兵とみられる男が声を荒げて言い放った。

「そんなことはないはずだ。必ずわかっているやつがいる。俺のように国を愛した男はなかなかいないぜ」と男は言い返す。

「フン。勘違いもはなはだしいぜ」と古参兵の冷ややかな笑いを気にも留めず、ブリキの勲章の砂埃を払いながら、一生懸命威厳を保とうと胸を張るのだ。

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