伯爵様の秘密のご趣味

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伯爵様の秘密のご趣味

ワイルドフィールド伯爵ジョセフには秘密の楽しみがあった。

誰にも知られてはいないし、知られてはいけない楽しみであった。


「ふむふむ。ふんふん。今日はどれにいたそうか。此奴かな、彼奴かな、それともそれとも。」


踊るようにテンポよく歩む足元は、ピカピカに磨き上げられた高名な靴職人の手になる自慢の靴。

だが、その靴が進んで行くのは、およそ似つかわしくない畑の中の道であった。


「其奴。姿といい艶といい、さぞや余を待ちわびておったに違いない。今日はお主にいたそうか。」


伯爵はいかにも楽しげに「其奴」の元へと足を運ぶ。


「ふむふむ、ふんふん。良きかなよきかなその姿、良きかなよきかなその形。」


歌い慣れを感じさせる節回しで伯爵は鼻歌を口ずさむ。


程よく「其奴」に近づいたあたりで伯爵はポケットから革手袋を取り出した。

アールグラム公爵トッペルから贈られた最高級セーム革の手袋であった。

トッペル自身が仕留めた獲物を当代随一との呼び声も高い職人に仕上げさせたもので、「我が友に」との金の縫い取りがされている。


伯爵は色々と試してみた末に、この手袋を使うのが最もしっくりとくることがわかり、それ以来、秘密の楽しみのお供に欠かせなくなった。


「ふむふむ。ふんふん。用意は良いか。」


見事な転調を見せて鼻歌の曲調が変わる。

それまでの愉快さに満ちた歌声から、おどろおどろしさを押し出した歌声となった。


伯爵は「其奴」の前で立ち止まると、周囲を見渡した。

覗き趣味のある使用人など誰一人いないが、今日は妻をお茶会に招待したのがギンズベルグ子爵夫人なので、早めに切り上げて返ってくるかも知れない。

妻はまだこの趣味に気づいていないが、気付かれてしまえば間違いなく取り上げられてしまう。


「よしよし。」


伯爵は鼻歌をやめて、身をかがめる。

耳栓を取り出して、向きを確かめ絶妙の手加減で耳に入れる。

この耳栓は、執事のアーデルに買いにやらせたが、さすがは長年伯爵に仕えたアーデル。

しっかりと音を遮ってしまうような無粋な耳栓ではなく、伯爵の望みのとおりの、僅かに音が漏れ聞こえてくるものを選んできた。

材質は何かわからないが、肌触りも上質である。


準備は整った。


「ふむふむ。ふんふん。」


再び小さく鼻歌を口ずさみ、「其奴」にしっかりと手を添える。

そして、再び伯爵は沈黙した。

ぐっと手に力を込める。

足を踏ん張る。


「其奴」は最初微動だにしなかったが、やがて、ずりっと動く手応えが。


伯爵の予想通り、隠れていた部分も芸術的と言って良いほどの姿である。


伯爵はもう一度力を入れる。


今度はずぼっという手応えが。


その瞬間。


「ぎゃーーーー!!!」


と「其奴」は叫んだ。

耳栓を貫通して微かにその叫びを漏れ聞いた伯爵は、意識が軽く揺すぶられ、全身くまなく痺れ、あらゆる感覚が色とりどり大小様々の混濁を感じ取った。


「来たぞ来たぞ。」


酔いでは感じられない極彩色、ギャンブルでは感じられない高揚感、乗馬では感じられないスピード感。


あらゆる陶酔が伯爵をいたぶる。

まるで天国へ駆け上っていくかのような無上のひととき。


「これよこれよ。」


やがて、歓喜の一瞬は去った。

伯爵の手には、植物であり人形でもあるものが握られていた。


「ふむふむ。ふんふん。今日も良き気分じゃ。」


常人には理解できない伯爵の秘密の趣味。

それは、マンドラゴラの甘美な死の叫びを、少しだけ味わうことであった。

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