第19話 気を許せる相手

「鏑木くん、謝罪をさせてもらえるかしら」


 クッキーを食べ終わった頃、四条先輩が話を切り出した。


「謝罪って……?」 

「あの日、待ち合わせ場所に行かなかったこと。そして、説明もなく別れを切り出したことよ。ずっと申し訳ないと思っていたわ……ごめんなさい」


 四条先輩はそう言って、頭を下げた。


「頭を上げてください。俺はあの時のことで四条先輩を責めるつもりはありません」

「それはそれで、なんとも思われていないように聞こえるわね」


 顔を上げた四条先輩は、少し残念そうだった。


「そうじゃなくて……俺は謝罪よりも、あの時何があったのか四条先輩から直接聞きたいです」

「確かに、事情を話すのが先だったかもしれないわね」


 四条先輩は納得した様子を見せると、語り始めた。


「私は元々、異性との交友を親から禁じられていたの」

「まあ、薄々察してました」


 俺は四条先輩の家族と会ったことがない。

 四条先輩の口から詳しい話を聞いた覚えもない。

 ただ、門限が厳しいようで、遅い時間までデートをしたことはなかった。

 四条家は由緒ある企業の社長一族だ。

 何かと厳しい家なんだろうとは、当時から想像していた。

 その割には、四条先輩が俺との関係を校内で隠していなかったから不思議だった。


「だけど私は親の言いつけに逆らって、鏑木くんと付き合っていた。家族には隠していたけれど、あの日に気づかれてしまったの」


 当時、中学で四条先輩と俺の交際を知らない生徒はいなかったほどだ。

 あの状況で卒業間際までバレなかったなんて、厳しい規則を設ける親の割には少し無関心な気がする。

 俺なんて付き合ったその日に爺さんから「様子がおかしい」と指摘されたし。


「もしかして、怒られたりしました?」

「母はかなり激怒していたわね。正式には決まっていなかったけれど、婚約の話がまとまりかけていた時期だったから」

「それは……すみません」


 俺が罰ゲームで告白したりしなければ、四条先輩が家族に怒られるようなことはなかった。

 そう思うと、少し罪悪感が湧いた。


「鏑木くんが謝ることではないわ。私の家庭の問題なのだから」

「でも、ただ怒られただけでは済まなかった……ですよね?」


 怒られただけなら、その日からいきなり音信不通になったりはしないはずだ。


「そうね。鏑木くんと別れる連絡を強要された後は、スマホは即日解約して別の番号に変更させられたわ。直接会うことも禁止されて、高校入学までの間は許可なく外出できなかったわね」

「かなり厳しいですね」

「ええ。でも、本当なら鏑木くんと別れたくなかったわ」

「それなら……」


 そこまで親の言いなりになる必要はあるのか?

 俺の両親は何年も前に亡くなってしまったから、普通の親が子供の恋愛にどの程度干渉してくるのかは知らない。

 だけど話を聞く限りでは、四条先輩の親は度が過ぎている印象だ。

 

「私が今まで裕福な環境で不自由なく生きてきたのは、両親のおかげだから。都合の良い時だけ自分の気持ちを優先して、親の意思を跳ね除けるわけにはいかないの」

「四条先輩も、案外普通の高校生……ってことですか?」


 俺がそう言うと、四条先輩は意外そうに瞬きした。

 

「あ、今のは失礼でしたか……?」

「いいえ、鏑木くんの言う通り。学校では他の生徒より大人びていると言われても、私は無力な普通の子供なのよ」


 そう言う四条先輩が見せた笑顔は、どこか寂しそうだった。


「……話してくれてありがとうございます。あの時のことを四条先輩から直接聞けてよかったです」 

「あら。音信不通になった後のことは聞かなくてもいいの?」


 音信不通になった後って……ああ、そうか。


「どこかの会社の御曹司と婚約したんですよね」

「やっぱり知っていたのね」

「四条先輩が年上の婚約者と仲が良いって噂は有名でしたから。その人が校門の前まで迎えに来ているのも何度か見かけましたし」


 過去形なのは、既に四条先輩と御曹司の婚約が解消されていると知っているからだ。


「仲が良い、というのは語弊がありそうね。お互いの親の会社の利益のための関係だったとはいえ、確かに向こうは敬意を持って接してくれていたのは感じたけれど……」

「けれど?」

「私はそんな相手の敬意に合わせていただけで、気持ちはなかったから。結局名ばかりの関係だったのよ。相手の会社が傾いたら婚約も白紙になったし」


 俺と別れた後、親の決めた相手と婚約したが、結局その関係も解消された。

 その一連の流れの中で、四条先輩の意思はどこにあったのだろう。

 あ、そう言えば。


「俺と『約束の相手』との婚約は爺さんと相手の親が決めたって聞いたんですけど……」

「私の父と鏑木くんのお祖父さんが知り合いだったの。前の婚約が解消された後、二人で話を進めていたそうよ」

「そうだったんですね……」


 四条先輩は、俺の口から出た疑問に対して淀みなく答えた。

 まるで、用意していた話みたいだ。

 それでいて、俺の聞きたかった話とは少し違った。 

 ふと思ったのだ。

 四条先輩が『約束の相手』だという話が本当なら。

 もしかして今回の婚約も、親の言うことに従っているだけなのでは……と。

 俺がそんなことを気にしていたその時。


「ふぅ……」


 四条先輩がおもむろに欠伸をした。

 普段の振る舞いから隙のない完璧超人な四条先輩にしては、珍しいような。


「四条先輩、お疲れですか?」

「色々と話したし、文化祭の準備もあったから疲れているのは間違いないわね。普段は人前で欠伸なんてしないのだけれど……」


 四条先輩は腑に落ちない様子だったが、やがて何か思い当たった様子で俺を見た。


「どうやら私は、自分で思っていたより鏑木くんに気を許しているみたいね」


 そう言って、四条先輩は小さく笑った。

 多分、この高校で四条先輩のこんな表情を見たことがあるのは俺だけだろう。 

 四条先輩って元々とんでもなく美人だけど、笑うと更にすごいな。


「鏑木くん? 聞いている?」

「えっと、それは良かった……です?」


 あ、変な答えになったかもな。

 ボーッとしていたせいで……いや違う。

 俺は今、四条先輩に見惚れていた。


「ふふ、そう。私にとっても何よりよ」

 

 自然体な笑顔に見える。

 やはり、四条先輩が気持ちを偽って俺に接近してきたとは思えない。

 本当に四条先輩が『約束の相手』なのか……? 

 そんな疑問について、俺が改めて考えようとしたその時。


「少し、肩を借りるわね」


 四条先輩がそんなことを言い出したかと思ったら、俺の肩に頭を乗せた。


「……!? 四条先輩、急に何を」

「何って……休憩よ。さっきも言った通り、私は疲れているの」


 動揺する俺に対して四条先輩は平然と答えると、そのまま両目を閉じてしまった。

 

「四条先輩、まさかこのまま寝る気じゃ」

「……」


 四条先輩からの返事はなかった。

 聞こえてくるのは、小さく呼吸を繰り返す音だけ。

 どうやら四条先輩は俺の肩を枕にして昼寝を始めたらしい。

 

「……いくらなんでも気を許し過ぎだと思いますよ」


 一応俺も男子高校生で、四条先輩は超がつくほどの美人だ。

 もう少し、警戒心を持つべきだろう。

 そんな思いが口から溢れ出たが、俺の独り言に終わった。




◇◇◇◇


更新遅くなりすみません。

忙しくてなかなか執筆する時間を確保できていませんでした。

今後は週一程度で更新を目指していきたいと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祖父の遺産を相続したら許嫁を自称する美少女たちから迫られるようになったけど、一体誰が本物なんです? りんどー @rindo2go

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ