第18話 四条先輩は独り占めされたい。


 教室の前で待ってもらっていた四条先輩と合流して、職員室にやってきた。

 職員室の片隅にはパソコンとモニターなどの周辺機器に加えて、書類の束が置かれている。

 他にも女子生徒が二人いた。

 確かあの人たちは生徒会の役員だ。


鏑木かぶらきくんには荷物運びを手伝ってもらいたいの」

「それくらいならお安い御用ですけど……このパソコンは何に使うんですか?」

「生徒会の業務全般よ。直近だと文化祭の準備のためね」


 生徒会の作業や書類の管理を全部アナログでやるのは大変だろうから、備品として支給されている……ってことか。


「事情はなんとなく分かりましたけど、他にも人がいるなら俺はいらなかったんじゃ?」


 俺の疑問に答えたのは、生徒会役員の女子だった。

 同じ二年生で、名前は城ヶ崎じょうがさきさんだったと思う。

 

「生徒会の役員は女子ばかりだから、こういう重い荷物を運ぶのはいつも大変だったんだー」

「階段があるせいで台車も使えませんからね」


 もう一人の生徒会役員……確か副会長の安斉あんざいさんがしみじみとうなずいた。

 職員室は本校舎の一階にあるが、生徒会室は二階にある上に、建物の端と端くらいの距離がある。


「今まではどう運んでいたんですか?」 

「何回かに分けて往復していたわね。一人で持てない荷物は複数で協力して運んでいたわ」

「大変ですね……でもそれなら今回の俺みたいに誰かに頼んだらいいような気が」

「こんなことを頼める男子は、鏑木くん以外にいないから」

「……? あー」


 四条先輩に言われて、俺は一瞬疑問に思ったが、すぐに察した。

 生徒会は、会長である四条先輩だけでなく他の役員も清楚系な女子ばかりだ。

 全員が四条先輩のようなお嬢様ではないと思う。

 そして意図的に集めたわけでもないと思うが美少女揃いだと評判で、男子生徒の一部には「生徒会箱推し」なんて派閥が存在するらしい。


「でも、四条先輩に彼氏がなんて驚いたなー」

「こういう時に手伝ってくれるなんて、頼りになりますね」


 城ヶ崎さんと安斉さんが、それぞれ口にした。


「……彼氏じゃないわ、今は」


 四条先輩は二人からそっと目を逸らした。

 すると生徒会役員の二人は「今は……なんか意味ありげだ!」と盛り上がっている。

 職員室なので教師に迷惑がかからないよう、小声で。




 程なくして、俺たちは荷物を持って職員室を出た。

 俺は一番重たいパソコンを両手で抱えて、廊下を歩いている。


「生徒会役員同士の仲は良いみたいですね?」


 前を歩く二人の生徒会役員に目をやりながら、俺は隣の四条先輩に話しかける。


「そうね。ああいう話題で盛り上がっているのは初めてだったから、意外だったけれど」

「ああいう話題って……あ」


 俺と四条先輩が付き合っているとかいないとか、そういう話か。

 要するに恋バナだ。

 ……ダメだ。

 意識すると変な空気になっているような気がしてくる。


「鏑木くん、どうかした?」

「……いや、なんでもないです」


 とりあえず何か他のことを考えよう。

 生徒会の役員は男子から人気の割に、四条先輩以外も高嶺の花のような扱いで、男子と絡んでいる姿はあまり見たことがない。

 そのせいで自分たちの恋バナを語る機会が少なかったのかもな。


「今更だけど、手伝わせてしまってごめんなさいね。頼りになる男の子なんて、私には鏑木くんしかいないから」


 四条先輩がおもむろにそんなことを言った。

 俺の曖昧な態度を見て、荷物運びに不満を覚えていると思ったのかもしれない。

 ……この人、俺を動揺させるようなことを何食わぬ顔で言ってくるな。


「別にこれくらい、謝るようなことじゃありませんよ。こういう時はお礼を言ってくれた方が嬉しいです」

「ありがとう。もちろんお礼も用意しているわ」


 四条先輩の表情が心なしか明るくなった。


「あ、別に何か欲しいって話じゃなかったんですけど」

「あら。私は何の対価もなく頼み事をするほど、図々しくはないわ」

「そういうことなら……ご厚意に甘えさせてもらいます」


 四条先輩は俺に対して、有無を言わせないような雰囲気でお願いをしてくることが度々あった。

 けど、なんだかんだで律儀な人だ。

 それに俺を信頼してくれているからこそのお願いだと思ったら、悪い気はしない。 

 ……それにしても、お礼ってなんだろう。

 



 少しして、生徒会室に着いた。


「よし、これで終わりー。手伝ってくれて助かったよー!」

「ふぅ……本当にありがとうございます」


 城ヶ崎さんと安斉さんは荷物を運び終えて、一息ついている。


「役に立ったなら良かったです」

「またお願いしたいくらいですけど、勝手に頼んだら四条先輩に怒られるかな?」


 城ヶ崎さんは少しからかうように、四条先輩の様子を窺っている。


「別に怒ったりしない……と思うけれど」

「おや、意外な反応」


 自信なさげな四条先輩の反応を見て、城ヶ崎さんは目を丸くしている。


「ふふ。これ以上詮索するのはやめて、私たちは自分のクラスの手伝いに戻りましょう」

「そうですね。ではお二人はごゆっくりー」


 生徒会役員たちはそう言って、一足先に生徒会室から出ていった。

 なんだか、変に気を使われたような。

 ともあれ、これで用事は済んだ。


「さて。俺たちも行きますか?」

「いいえ。まだやることがあるわ」

「何か生徒会の仕事が?」

「仕事……とは違うわね」

「……?」

 

 俺が疑問に思っていると、四条先輩は生徒会室に置かれていた鞄から小さな袋を取り出した。


「休憩しましょう。実はクッキーを焼いてみたの」

「ああ。四条先輩ってお菓子作りが趣味でしたね」


 中学時代にも、四条先輩の作ったお菓子を何度か食べさせてもらったことがある。

 使用人がいるような豪邸で暮らすお嬢様にしては、かわいらしい趣味と言えるかもな。

 

「久しぶりだったけど、案外上手にできたと思うの。食べてくれるかしら?」

「もちろんです。四条先輩の作るお菓子はいつもおいしかったですからね」

「そう、良かった」


 四条先輩は心なしか上機嫌そうに見える。


「そこに座っていて。何か飲み物を用意するわ……鏑木くんはコーヒーで良いかしら?」


 四条先輩は壁際に置かれた二人がけのソファーを指しながら言った。


「いや、飲み物くらい自分で……」

「いいのよ。これはお礼だから」


 四条先輩は首を横に振って、小さく笑った。




 数分後。

 俺は言われた通りソファーに座っている。

 生徒会室にはポットや飲み物なんかも備え付けてあるらしい。

 四条先輩が淹れてくれたコーヒーと手作りのクッキーが、目の前の机に置かれている。 

 そして隣には、当たり前のように四条先輩が座っていた。

 二人がけだから隣に座るのは当然として、


「四条先輩、少し近くないですか?」


 二人で座っても余裕がある大きさのソファーなのに、四条先輩はなぜか俺と肩が触れ合うくらいの距離に腰掛けていた。


「私はこの方が良いのだけれど……鏑木くんは嫌だったかしら?」

「別に嫌では……ないです」


 その聞き方はずるいと思う。

 俺はなし崩し的にこの距離感を受け入れてしまった。

 けど、内心穏やかじゃない。

 当然だ。

 こんな美人が真横にいるのだから。

 なんかいい匂いもするし。

 とりあえず落ち着くために話題を変えよう。


「ところで、どうして生徒会室にこんなソファーが?」

「私が入学する何年か前、応接室のソファーを新調した際に元々使っていた物を譲り受けたと聞いているわ」

「へえ……」


 ソファーは柔らかいけど、確かに古びている。

 とはいえ、それなりにいいお値段はしそうな高級感のある材質だ。

 高級品をもらえるって、やっぱり生徒会は優遇されているんだろうか。


「それよりも……食べないの?」

「あ、そうですね。いただきます」


 俺は四条先輩に促され、クッキーを手に取って口にした。

 

「……」


 食べている間、四条先輩は無言でじっと俺を見つめてくる。

 感想を言ってほしい、ってことだろうな。


「おいしいです、やっぱり」

「そう。思った通り、誰かに食べてもらえる方が作りがいがあるわね」


 四条先輩は小さく笑顔を浮かべた。

 

「だったら、他の人にも食べてもらったらどうですか?」

「他の、人に?」


 四条先輩はなぜ、予想外みたいな反応をするんだろう。


「四条先輩の作るお菓子は店に並んでいてもおかしくないレベルの味ですから、もっと色んな人に食べてもらわないともったいないですよ」

「褒めてくれるのは素直にありがたいけれど……私は鏑木くんに独り占めされた方が嬉しいわ」


 こういうこと、四条先輩は天然で言っているんだろうな……多分。

 この調子だと、俺の心臓が持たないかもしれない。 




◇◇◇


更新お待たせしてしまいすみません!

次回はもう少し四条先輩の事情に踏み込んでいく予定です。

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