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月井 忠

一話完結

 初めにその物体を見つけたのは、アマチュアだった。


「靴のようなものが落ちている」

 SNSで公表されたその情報は、世界中を駆け巡った。


 もっとも反応したのはごく一部のマニアだけだ。


 画像を見ると確かに靴に見える。

 しかも、革靴のようだ。


 場違いにも程がある。

 何しろ画像は火星にいる探査車が映したものなのだから。


 誰かが「宇宙人が落とした靴」だと言った。

 面白いジョークだ。


 宇宙人が靴を履き、しかも革靴で火星のでこぼこした大地、あるいは砂を歩き、片方だけ靴を残していった。

 そこには何らかのドラマを感じさせる。


 だが、私たち研究者にとってもこの「靴」は興味をそそった。


 火星では赤茶けた大地が荒涼と広がっている。

 その中にあって、黒々としたその「靴」の組成が気になったのだ。


 私たちは協議の結果「靴」を探査することに決めた。


 後日、探査車を動かし、間近で内蔵のカメラが「靴」を捉える。

 ここまで近くに来ると、さすがに「靴」には見えない。


 特定の一方向から撮ったものがたまたま「靴」に見えたという至極真っ当な結末だった。

 しかし、私たちにとっては予想以上の結果だった。


 その場には黒い岩のようなものが散らばり、中には青みがかったものもある。

 今まで見たことのない岩石だ。


 早速、アームを伸ばして先端のドリルで表面からサンプルを得る。

 僅かな砂を探査車内部にある分析機に入れ、解析を待つ。


 送られてきたデータは予想外のものだった。


 解析不能。


 いくら分析をやり直しても、同じ結果だった。

 機器の不具合、サンプルが分析機に入らなかったなどの可能性を考えたが、どれも否定された。


 このことが世間に知れ渡った。

 どうやら、研究者の誰かが秘密を守れず漏らしたらしい。


 またしても一部のマニアが騒いだ。

 宇宙船の燃料が漏れたとか、宇宙人が捨てた生ゴミだとか色々な噂が立った。


 だが、私たちは粛々と準備を進める。

 そもそも今回の計画は火星からのサンプルリターンが目的だ。


 採取した砂をカプセルに詰めるよう探査車に指令し、火星の周回軌道を回っている衛星にも回収船を出させる。


 回収船は探査者が今までカプセルに詰めたサンプルを全て回収し、衛星に戻るだろう。

 今回のサンプルが最後のカプセルとなる。


 回収船から衛星にドッキングしている帰還船にサンプルを移し、帰還船は後に地球に返ってくる予定だ。


 私たちはその時を夢見て、心ときめかせている。


 本当に宇宙人の痕跡だったらすごいだろう。

 しかし、そこまで夢見がちではない。


 私たちはもっと現実的な夢を見ている。


 水の痕跡を示すものであれば、かつて火星が水の惑星であったことが証明される。

 生物の痕跡、あるいは生命活動の痕跡であったなら、地球外で初めての生物を見つけたことになる。


 いずれにしても大発見だ。


 私たちは5500万キロメートル先に置かれた、火星の秘密を詰め込んだカプセルを今か今かと待ち望んでいる。

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