第39話 配流Ⅴ


「ナポレオンは恐ろしい!」

「忌むべき敵!」

「憎むべき男!」


マリアは幼少期から教え込まれた。

子守唄や御伽噺で夜毎語られる狼。

幼き彼女にとってそのような存在。


ナポレオン軍の勇猛果敢な侵略にて、

シェーンブルン宮殿から二度の追放。


ハプスブルク家の栄華と繁栄の歴史。

それは他国の王侯貴族との婚姻政策、

婚姻による揺るぎなき勢力の拡大。


神聖ローマ帝国を起源に持ち。

正統なる血脈を受け継ぐ一族。


「単なる王家ではなく皇家だ」

「それで他所とは違う青い血」

「青い血ぃが流れてまっせ!」

「なんで関西!?」


関西じゃなくてドイツ皇家だけどな!


「なんで関西じゃなくて」

「ドイツなのにローマ?」

「日本にあっても江戸幕府!」


『なるほど!わかりやすい!』


ハプスブルク家。神聖ローマ帝国の皇帝位。四百年以上にわたり独占した。


その起源は十三世紀まで遡る。


派生はスイス東北部のライン河上流域。その地に根城を構えた領主家に始まり。


その後勢力を拡大。


1273年。神聖ローマ帝国の皇帝が選出された。ハプスブルク家の始祖とされる,。ルドルフ一世である。


ハプスブルク家が神聖ローマ帝国の皇帝位を独占したことにより。ヨーロッパ最高峰の皇帝家に発展した。


スペイン国王とローマ帝国皇帝。

その二つ玉座の主を一人で兼ね。

中南米全域とスペイン領まで。

その支配と統治下に置いた。


「沈まぬ太陽の国」


つまり何処かの領土が没したとして。

その王国は太陽のように永遠に輝く。

確かそのような意味だったはずだ。


「この間歴史で習ったぞ!」


スペイン王国の植民地政策。

ハプスブルク家の婚姻政策。


「戦争は他家に任せておけ。幸いなるオーストリアよ、汝は結婚せよ」


ハプスブルク家に残る言葉が示す。

婚姻により所領を拡大していった。


しかしフランス皇帝ナポレオン一世、オーストライク皇帝フランツ一世…兼神聖ローマ皇帝フランツ二世。ロシア皇帝アレクサンドル一世。


三人の皇帝が参加した戦いに於いて。

ナポレオンの大陸軍は勝利した。


「戦争得意じゃなかった」

「他家に任せておけって」

「スペインは確かに強い」

「先輩に怖い人おるぞ!」


敗れたオーストラリア。

その皇帝フランツ一世。

皇女マリアの父である。


三人の皇帝が参戦したことから。

歴史上三帝会戦と呼ばれるが。


フランツ一世は遠方にて指揮を取り。

戦いでは命を落とすことはなかった


しかこの会戦により齎された屈辱。

ハプスブルク家の永年に消せぬ遺恨。

その歴史に刻み背負うこととなった。


ナポレオンとハプスブルク家の因縁。

それだけに留まることはなかった。


事実長年敵対関係にあったルイ王朝。

そこにマリア・テレジアの末娘が嫁ぎ。王妃となったマリーアントワネット。


そのアントワネットとルイ十六世を断頭台に送り。ルイ王朝を終焉に導いたのは市民革命。そしてナポレオン一世であった。


フランス革命がそうであるよう。

ハプスブルク家にとっての仇敵。


一族に仇なす者の名前。

フランス革命の象徴的存。

それがナポレオンである。


「ナポ人形の腹を殴り倒し!」

「いや実際に腹殴ってたかは…」

「きっと殴ってたんだろうなあ」


皇女マリア・ルドヴィカ。


ナポレオンの離婚を知った時。


「次に妃として迎えられる人に、心から同情するとともに、それが自分でないことを心から願っているのです」


親しい友人宛に手紙を書き送った。


「どえらい嫌われようだな」

「実家を考えたら仕方ない」

「ナポレオンって女運ない?」


この超法規的とも言える婚姻。

取り纏めた人物はターレラン。


彼の卓越した外交能力が伺える。

その婚姻から波及する政治効果。

歴史的な評価は別の話である。


ナポレオンと皇后ジョセフィーヌ。

二人には長らく子が誕生しなかった。


ナポレオンがポーランド滞在中。

愛人マリア・ヴァレフスカが懐妊。


それを契機となり。名家との婚姻を熱望するようになった。白羽の矢が立ったのが。マリア・ルドヴィカである。


「ナポレオンと結婚が決まった」


そう聞かされた時。

その日から涙に暮れ。

結婚式まで泣き続けた。


「The政略結婚だな」

「むしろそれが普通」


たとえカーストの頂点にいても。

婚姻の相手は自分では選べない。

たとえ皇女であろうと例外なく。


男子が生まれた時点で王位継承権は失効する。貴族王族の嫡子は家の駒であり。否応なくその運命に従うのみである。


貴族王族の肖像画は見合い写真。

婚姻が決まった時からの成長報告。

ハプスブルク家分家スペイン王朝。


宮廷絵師ベラスケスが描いた肖像画。


「青い衣装の王女マリガリータ」

「ラス・メニーナス」


描かれた少女を見ればわかること。


マリア・ルドヴィカはルーヴル宮殿の礼拝堂にて。皇帝ナポレオン1世と結婚式を挙げた。皇后マリー・ルイーズとなった。


「この世の終わり」


そう書かれた王冠を頭に載せ。

帯びた憂いは式の華となった。


ウィーンにて。彼女はモーツアルトのレクイエムを耳にしたことがあったか。La'cryma Christiーその日涙に暮れよー


しかし怨敵ナポレオンと共に日々を過ごすようになってみると。その心象は思い込みとは違っていた。


自分に対してとても優しかった。


「美女と野獣みたいな」


ナポレオンは彼女をけして失いたくないと考え。彼女の機嫌を損ねないよう。必死だった。恭しくも痛々しい夫の姿。


妻にも周囲にもそのように見えた。


マリー・ルイーズが後。友人に宛てた手紙。こう書き記されている。


「ウィーンでは、私が不安の中で暮らしていると思っていることでしょう」


「でも事実は違うのです。私は少しもナポレオンを怖いとは思っていません。むしろ、ナポレオンが私を怖がっているのではないかと…最近は思い始めました」


フランス皇后マリア・ルイーズとなった。彼女の印象であったが。ナポレオンは、彼女やハプスブルク家の威光。けして怖れていたのではなかった。


マリア・ルイーズ。ハプスブルク家の皇女でありながら。その立ち振舞いは周囲が驚くほど。服装も性格も質素な女性であり。


前妻のジョぜフィーヌとは真逆。


ジョセフィーヌが侍女たちを部屋に招き入れ。どの家臣とも気さくに談笑していたのに比べ。普段は部屋で一人で過すことが多く。派手な装飾品も好まず。


洋服も多く求めなかった。


元皇后ジョぜフィーヌ。

彼女を懐かしむ者たち。

兵士ばかりでなかった。


儲けさせて貰った御用商人たち。

こぞって新しい后の悪口を言った。


そんなマリアの性格にナポレオンは深く心を打たれた。ジョゼフィーヌは愛した妻ではあった。しかし彼女であれ貴族。


高貴な階級に育った人々の住む世界。

マリアのような性格の女性に出会う。

それはきわめて稀有なことであった。


彼女は異質な皇后であった。


ナポレオンは妻の美徳と考えた。

妻が異国の王宮で孤立しないよう。

大切に親切に接したとされている。


そんな夫であるナポレオンの心に触れ。

やがてマリアの怖れや憎しみは消え。

ナポレオンを愛するようになった。


「いや〜ん!」


『!!!?』


「なんて!ジェットコースターで!ハーレーで!クーインで!バナパルト…いやコバルトなロマンスクなの!!!」


いきなり食いついて来た!


「出たな!」

「はすっぱ!」

「コニフィーヌ!」


「失礼ね!」


「虫歯なんてないわよ!」


「でしょうね」


この健康優良女子。


「さあイッチ続けなさい!

「よくてよ!」


大好物と顔に書いてある。


小西はいつも通りだ。

白い歯を見せて笑う。


そろそろ休み時間も終わる

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