第36話 配流Ⅱ


中学の世界史の授業である。

フランス革命は出て来るが。


ナポレオンには殆ど触れられず。

高校の世界史Bを待たなくては。


テストで暗記が必要な単語。


「ベルサイユ宮殿」

「絶対王政」


それくらいだろう。


19世紀のフランス革命とナポレオン。

当時の世界情勢も複雑に絡み合い。

中学生が理解するにはちと難しい。


俺はナポレオンの偉業や伝記より。

その近臣と呼ばれた側近中の側近。

ターレランに何故か心惹かれた。


不自由な片足を引き摺りながら。

僧侶でありながら戦闘にも参加。

クーデターでも政党政治も暗躍。


考えることは悪いことばかり。


そんな歴史の闇に隠れた男にこそ。

なぜか魅力とシンパシイを感じる。


「しかしターレラン君はいかんね!」


俺は授業の後で歴史の教科書を閉じ。

同級生のぶーちゃんたちに言うのだ。


「狩猟民族は肉ばっか食うから!」


『はあ』


「がっつき過ぎていかんのよ!」


「へえ〜」


市民ども全然食いついて来ない。


薄い知識ひけらかしマウント。

朝礼の校長先生話の垂れ流し。


そんなつもりは毛頭ない。

むしろ嫌悪するところだが。


ロック&ルソー!モンテス!サンキュー!それは中学でも習うはずだぜyeah!


「お、おう!」


啓蒙が必要な時もあるよね!


鬼畜米英欧羅巴。

忠義人情紙風船。

侘び寂びもなし。

実に嘆かわしい!


正式名シャルル=モーリス・ド・タレーラン=ペリゴー。


中世フランス革命より。第一帝政、復古王政、七月王政までの政治家、外交官として、衣装を次々替え表舞台に立ち。ウィーン会議ではブルボン家代表。


もうナポレオンの側近でありながら。

後にブルボン家代表というのが畜生。


以後も首相、外相、大使として活躍。

長期にわたってフランス政治に君臨。


表舞台に立ち過ぎの欲しがり屋。

側近たる者の心得がなってない。


その名歴史に残るようでは二流三流。

自らを見失い巧妙心に溺れた結果だ。


武士道のルーツは儒教か仏教禅宗か。

いずれにせよ仁に始まり礼に終わる。

孔子などの東洋思想に学ぶべきだ。


子路、君に事えんことを問う。

子曰く、欺くことなかれ。

而してこれを犯せ。


生まれついての側近家系。

そんな名家に生まれし者。

そんな人物はないものか。

いやそもいたら不可視だ。

けして表舞台には出ない。


いやそれはむしろ忍!


「伊賀!甲賀!戸隠流忍!」


「はあ…イッチ何言ってんの?」

「ターレランって誰ですか?」

「それテストに出ないよな?」


俺は市民おまえら民衆の言葉に深く頷いた。


そもそも教科書には出て来ない男。

そういう人物に今も昔も惹かれる。


「何萌だそりゃ!」

「何推しでござる!」

「そもそもイッチが何者だ!」


それを俺も知りたいである。


祖母とテレビの時代劇を見ている時。

正義の味方が悪者たちに裁きを下す。

そんな痛快無比な場面では大人しく。


「あの者の首を撥ねては如何かと?」


そんな台詞に手を叩いて喜んでいた。

そんな子供だったと祖母に言われた。


世の中の男子と同じくヒーロー番組に夢中になったが。それ以上に悪の幹部とか好きだった。ピカレスクというかヴィランにこそ。ロマンを感じる。


いやシンパシイと言うべきか。

魅力的な悪役あっての物語だ。


王道ヒーローあってこその世界。

しかし自分はそっちになれない。

子供の頃からなんとなく感じた。


祖母は家の中では勿論。

町内でもやたらと顔役。


家の中でも外でも恐れられていた。

そんな祖母の傍らで寵愛された。


狭い世界で王様皇后のような存在。

他の者には厳しく俺にだけ優しい。

幼い時は何の疑問も抱かなかった。


しかし年をひとつ取る度ごとに。

祖母に疑問と不審を抱くように。

祖母は自分を可愛がるだけの人。


当時そんなに高齢でもなかった。

けれど家のことは何ひとつせず。

家の金を湯水のように使うだけ。


実家の家計を支えているのは。

朝から晩まで働く両親だけだ。

その家長の両親に感謝はなく。

姑として母親には冷淡だった。


飼い猫や飼い犬のように可愛がられ。

家の誰が両親かも分からず育った。


一番面倒を見てくれる祖母が側にいた。

おかげで体調不良時もすぐに病院。

それで命が救われたこともあった。


「お母さん」


祖母のことをそう呼んでも。

祖母は一切否定しなかった。

実際そうと思っていた。


しかし年を取れば。小学校にも上がれば。誰が親かくらいはわかる。


それまで盲目だった家の事情。

朧げながら見えて来るものだ。


誰かに優しく大切にされたら。


嬉しい。


懐きも慕いもするだろう。


けれどその人が大切なのは自分か。

それとも自分を好きな自分なのか。

目を逸らさず見ていたら分ること。


近所をおばあちゃんと散歩する。

遠くに見える山林を差して呟く。


「あれは元々うちのもんだよ!」


忌々しげな顔で呟くのである。


「本当はあんたのものなんだ!」


別に誰かに騙されたり。

博打のかたに取られたり。

そんな訳ではなかった。


実家は跡取りに恵まれなかった。

家長の曽祖父も早く亡くなり。

遠縁からの養子であった祖父。

その家に見合いで嫁いだ祖母。

どちらも直の血筋ではない。


消える前に蝋燭を挿げ替えた。


ともに仕事するのが嫌いだった。

だから山林の多くを売ったのだ。


「あんたの山になるはずだった」


地主の跡取り逃しは祖母のせい。

いつか父親からそう聞かされた。

でもそんなことはどうでもいい。

祖母も祖父のことも好きだった。


幼稚園に通う頃は依存していた。

そんな祖母から気持ちが離れた。

友だちが出来れは自然なことだ。


俺はノリちゃんが好きだった。

ノリちゃんも同じだったはず。


他の友だちより仲良くしてくれた。

けれどノリちゃんは他の友だちも。

俺と同じように仲良く接していた。


幼稚園を休みがちであっても。

他の子よりも覚束ない体でも。


いつも変らす待っていてくれた。


それが何よりうれしいことだった。

他の誰かをないがしろにはしない。


味方なら大切にした。

敵なら容赦はしない。

色々相談してくれる。


ノリちゃんには品があった。

それは他の子にはないもの。


隣にいて本当に楽しかった。

けれどノリちゃんはいない。


この学校にも席はない。

いつも隣にいた友だち。


それは失われるものなのだ。

成長することは学ぶことだ。

それを知るために生きる。


諸行無常と言うけれど。

そんなに驕ってもいない。


まだ子供だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る