第30話 偏見と月贔屓ルナティック


【Hija de la Luna】



「なあ…ぶーちゃんよ!」

「なんだねイッチ君!」


「われらフラグペキ折り隊!」

『ご入隊を希望か?』


そんなもんに死んでも入るか!

共倒れ必至の棒倒し合戦だぞ!

いつから結成したそんな隊!?


「疑問なんだけど」


「イッチが?」

「珍しいね!」


疑問は即解消したい性分。

こんなもの等の知恵でも。

今は彼女のこと知りたい!


情報を集めなくてはならない。


「来るだけ来て不在」


「ふむふむ秋山のことか?」

「確かイッチと同じ部落」


一応は町なんだけど。

深堀りさせたくない。

こいつらには特にだ。


「こんなことが可能なのか?」


学校にはきちんと登校するが。

ずっと他所のクラスで過ごす。


現にこうしてケイちゃんの場合。

およそ一年間まかり通っている。

マンガやアニメの話ではない。


「うちの担任は力石だぞ」


こんなこと見逃すか普通。

それに四組の担任だって。


問題視されないのが疑問だった。


「まあ…学校に来てるしな」

「授業だって受けてるしな」

「朝の出欠とテストはおる」


それで部活出てたら問題なし?

あり得ないだろ普通そんなの!


ここはど公立の中学である。

そんなリベラルが通るのか。


「一年の時の担任は佐野先生よね」

「そうそう!あの佐野啓子だ!」

「あいつ嫌いや〜」


「それがなんなの?」


詳しく聞けば、ぶーちゃんとケタは、一年生から同じクラス。ケイちゃんとあの一緒にいた女の子も。皆同じ卓球部。


それだけあっても無関係。

フラグも立たない傍観者。

実にお前ららしく好きだ。


その担任の佐野啓子という先生。


ちょっと生徒からは煙たがられ。

どちらかと言えば嫌われている。


佐野先生と言えば…ケイちゃんが入り浸る四組の担任。そして俺たちの現国担当の先生でもある。なんか女なのにやたらクセが強い先生。そんな印象だった。


「佐野先生ねえ」


思い出すのは二年になって最初の授業。


現国担当の佐野先生との初顔合わせ。

その時生徒たちに向けて放った言葉。


「先生は可愛い子が大好きです!」


何宣言?何のプロバガンダだこれは。


「男子は特に!まあ女子もだけど!」

「私は可愛い子しか好きじゃない!」


「この先生何言ってんだ?」


殆どの生徒がぽかんとして聞いていた。


「可愛いと言うのは勿論見た目」

「それ以外には興味ありません」

「可愛い子を私はひいきします」


「ああそうですか」


そんな感じで俺は聞き流していた。


「私にひいきされない子たち!」

「嫌われないように頑張って!」


後々になって考えてみると。

妙に偏った先生が多かった。


俺たち田舎の公立の生徒なんて。

毛が抜けた山猿と変わらない。

いつ人間になるかはさておき。


最初がつんとかまさないと。

たちまち舐められてしまう。


故にか女の先生の当たりも強く。

先生たちは自分の個性というか。

エキセントリックさを交えつつ。

生徒ウケも狙っていたのだろう。


先生たちも何かと大変だったのだ。

しかし概ねその目論見は的を外れ。


テレビの学園ドラマの先生みたいに、

面白かったりかっこよくは行かない。

それ自体時代遅れの絵空事感があり。

セルフプロデュースは無残な結果。


もしもそれでその先生の思惑通りに、

生徒に人気があると思ったら大間違い。


気取りがなく生徒たちに好かれる。

中にはそんな先生だっていたはず。


でも大概は不気味の谷。

歪な大人の出来上がり。


生徒の方で調子を合わせ。

それがリアルなところだ。


佐野の場合は明らかな失敗例。

しかし自分で一度決めた以上。

もうそれで押し通すしかない。


地金がそういう嫌な人なのか。

確かめるほどに興味もわかず。

その先生の授業では目立たず。

ただ時間をやり過ごしていた。


「可愛いわねえ」


などと言われて男子が喜ぶか。

読み違えも甚だしい。鼻白む。


「可愛い子はいいのよ!」

「可愛くない子は頑張れ!」


世の真理をついている風ではある。

よくわからん啓発本でも読んだか。

それで消化不良でも起こしたか。


もしそんな本があるなら。

それのみ知りたいものだ。

反面教師の手本にしたい。


「俺とかケタなんてさ〜」

「通りすがりにいきなりだよ!」


「ファイト!」


「なんて喝入れられて!」

「不細工ってことかよ!」


怒りの惑星が周回軌道を廻り帰還。


『今更ながら腹が立ってきた!』


まあまあひどい先生もいたもんだ。


「そう言えば俺も言われたな」


授業中ただ大人しく座っていた。

俺も同じことを言われたんだっけ。


「あんたもね」


「うるせえバカ」


なんて暴言を教師に吐いたりしない。

俺はただ先生にこう言っただけだ。


「大丈夫です」


別に先生に好かれなくても。


「なにが大丈夫なの?」


「俺人間が嫌いなんで」


「別に先生のことでは」


先生にはむしろ関心がない。

そこまで言いかけたのに。


「廊下に出てなさい」


気色ばんだ声でそう言われた。

ぼそぼそ喋るとよく言われる。

俺の声は先生にしか届かない。


俺が何を言って外に出されたのか。

教室にいる皆には聞こえなかった。


「出てろ!」


やれやれ廊下に立ってろとは。

ずいぶん古典的なお仕置きだ。

まあこれがこれで済むなら。

ずいぶん軽い処罰だと思う。


「なあイッチ佐野になんて言った?」

「すげえ怒りっぷりだったけど?」


後でぶーちゃんたちに聞かれたけど。


「現国の先生なのに国語力不足」


「へ?現国の先生にそれ言う!?」

「そりゃ怒るって!?」


勿論そんなことは言ってない。

後で力石に職員室にも呼ばれ。

説明や釈明を求められたが。


「人間が嫌いって」


力石は呆れたように言った。


「無関心ではない」


俺の言葉に力石は首を撚った。


「そういう意味ですよ」


そう力石には説明した。

佐野先生に関心がない。

俺はそれは言ってない。


「国語の先生なら」


わかってもアウトか。


書き順とか句読点の位置だとか。

そんなのばっか気にしてるから。


かんじんの読解力が低下するのです。

先生これがツンデレというやつです。

世界人類へ愛を叫べない思春期です。


「ああ…もうわかった!」


力石は俺の前で手を振った。


「めんどくせえ」


そして俺に言ったのた。


「あんまり啓子先生怒らすな」

「後でめんどくせえからよ!」


そんな懸念は御無用だった。

佐野先生は俺を理解してくれた。

現国の授業で指名され順番に答える。


その列にいても俺の番が来ると。


「お前はいい」


課題の作文を読む時も然り。

俺の番まで順番が来ると。


「読まなくていい」


そう言って飛ばされた。

現国の授業は好きだった。

作文を書くのも得意な方。


でも誰にもそれを知られぬまま。

中学二年は終わろうとしていた。


まあ来年は違う現国の先生がいいかな。

佐野先生に対して思うことはそれだけ。


「力石ってさ…同じ学年の担任の男の先生にはライバル心持って『あのクラスには絶対負けんな』とか言ったり、担任をイジるような話するけどさ」


他の若い担任の男の先生たちもだ。

先生同士の友好関係が成立している。


「啓子とか他の女先生の話はせんよな」


あと古株の先生とかの話もしない。


「自分より先輩の教師だし」

「面倒くせえからじゃね?」


力石は体育会系だからありうる。

面倒くせえが行動の原理なのか。

もしや彼女への措置もそれでは。


「うちのクラスの秋山ですが…どうも一年の時担任の佐野先生のご指導がよくて慕ってるみたいなんですよね!」


「あらそう?仕方ないわねえ!」


慕ってるのは佐野先生じゃなく。

おそらく別の女子だと思われる。


それに関しては納得がいかないが。

あの先生が勘違いするには充分だ。


「私は可愛い子が大好きです」


その条件を余蘊なく満たす。

ケイちゃん以外他にいない。


自分を慕う可愛い教え子。

そばに置いてさぞご満悦。


加えてうちの担任の力石。

佐野先生より若くイケメン。

そこで取引が取り交わされ。


「なんか天界の神の話か?」

「しかも美男美女限定で?」

「何というか感じが悪い!」


佐野先生は美女という訳ではない。

女衒とか花町の主みたいなものだ。


力石の思考パターンをトレース。

これは単なる憶測に過ぎないが。


力石:俺のクラスの秋山という生徒だが。どうやら、いつもクラスにいないらしい。一体どういうことだ!?


朝の出欠、俺の体育、保健体育の授業…そこでは確認出来ている。


佐野先生のクラスだったかな。

学校行事の時も…いたはずだ。


学期を過ぎるまで気づかなかった。

他の先生に指摘されて知ろうとは。


俺としたことが…とんだ不覚をとったもんだ!しかし、学校に来て授業をさぼったり、まして抜け出して、盛り場をうろついている訳でもなさそうだ。


テストだって、ちゃんとうちのクラスで受けてる。成績だって悪くない。


他の先生に聞けば無駄なお喋りもなく。授業態度もいたって真面目と聞く。


なのになぜ俺のクラスに寄りつかん。

それが一番の疑問だ。思春期女子難しい。これは教師として避けて通れない。


よし秋山を職員室に呼んで。

本人に直接聞いてみるか!


【職員室】


「俺に呼ばれた理由はわかるか?」


そのかたちのいい口はお飾り物か。

それとも言葉を何処かに忘れたか。


返答無しか。


確かに…無口な子だな。

まあお喋りよりは助かる。

こちらも話を進めやすい。


「なんでうちのクラスにいない?」

「わざわざ佐野先生のクラスで授業…」


「つまらない」


「は?」


「つまらないからです」


聞かれた事にだけ答えて。

彼女はそのまま沈黙した。


「つまらないんだもん!」


彼女か教室にいなかった理由。

ずっと後でそう話してくれた。

ふくらませた頬が可愛いかった。


つまらないって理由はそれだけ?

本当にそれだけなのか秋山桂花?


俺だってクラスの皆と打ち解けよう!

少しでもいいクラスにしてやろう!


努力してるつもりだ。

大学時代の笑える話。

本で読んだ面白い話。

皆の前でしてるぞ!


一人だけ「先生その話の元ネタなら知ってますよ」そんな見透かしたような目で。俺を見て来やがる生徒もいるが。


生徒たちには概ね好評だ。

一言でそれを否定された。


「そんなにか…俺とか、うちのクラス、そんなに面白くないのかな?」


ただ俺の顔をじっと見返す。


吸い込まれるような黒い瞳。

そこに間抜けな教師が映る。

いや可視光すら反射しない。

目の前の俺すら見ていない。


「全然面白くありません」


秋山の表情が無言でそう語っている。

まるで己の全存在を否定されたよう。

そうか「無関心」これほど辛いとは。


つまんねえ大人になっちまったか…


「DON'T TRUST OVER 30」


この言葉の意味…知ってるか?

昔先輩が言っててかっこよと!

いや俺まだ30になってねえし!


肩まである髪を掻き毟りたくなる。

それすらも野暮ったくいけてない。


待てよ…何故俺はそんな感情になる。

たかが表情に乏しいいち生徒一人に。


いや彼女の瞳を見ていると。

それとは違う感情が湧いて。


彼女を楽しくさせたい。

彼女の笑顔にさせたい。

彼女と話がしたいのだ。


この気持ちは…

このルナティックは…

教師にあるまじきことだ!


耐えろ力石!減量だ!禁欲だ!


「途中から力石じゃない!」

「イッチが教師になる空想だ!」

「いけない女子を指導する妄想!」


妄想や空想はともかく。

現実的な解釈をすれば。


俺たちの通っている公立の中学校。

ここを養殖の生簀や農場に例えれば。

見逃すことの出来ない由々しき問題。


それは素行の悪さや成績の低さ。

他の生徒に悪影響を及ぼす行為。


しかしそれも学校にとって想定内。

そうした生徒に対する措置はある。


例えばあくまで生徒間での噂だが。

学年一組から六組まであるクラス。


成績や素行の良い順から組分け。

生徒や先生の間で周知の事実だ。

時に冗談混じりに話題になった。


それで誰かが損をしたわけでもなく。

学校の運営は速やかに行われていた。


一目瞭然明らかに六組の生徒は悪い。

いかにも悪そうな連中が揃っている。


冗談めかして話される幾つかの噂の、

その中に本当のことがあったりする。


担任は力石と同じ体育の先生で。

力石も一目置く武闘派の先生だ。

これだけは明らかに意図的だ。


何かやらかしそうな生徒ばかり集め。

獄門鬼みたいな先生を担任に置いて。

ルール違反や非行に配慮されている。


それらは学校のルール内であれば。

いくらでも対策が可能なのである。


それ以上に学校が頭を悩ます生徒。

素行不良のレッテルすら貼らせず。

最初からテリトリーにも入らない。


網目から抜け出してしまうか。

もしくは生簀に入って来ない。


義務教育は児童には任意であり。

法律だからと従う義務などない。


納税と同じく親に課せられた義務。

制度を履行する責任は学校にある。


ではケイちゃんの場合はどうか。

彼女はきちんと登校はしている。


そして授業もテストもすべて受け。

部活の義務もちゃんと果たしている。

ただ自分の好きなクラスにいるだけ。


勿論成績が下位なら問題。

すくに指導も入りやすい。

学校の成績も悪くはない。


例えばうちのクラスの生徒会コンビ。

成宮やポンタみたいな生徒のように。

常に成績上位に名を連ねるでもない。


優等生で学級委員など任せられる。

そんな生徒なら目立ちもする。

すぐさま指導が入るだろう。


生徒の模範となって欲しい生徒たち。

彼らにふらふらされては困るのだ。


金木犀の花は橙色にして。

芳醇にして甘く香るだけ。

人の理の外の野に咲く。


秋山桂花はオールグリーンか。

いいや月に咲く仙木の花の色。


看過出来ない問題児ではなく。

安心安全な生徒に限りなく近い。

そんな結論になってしまうのだ。


一点口元に痣があろうとなかろうと。

それを指摘や揶揄する方に罪がある。


彼女は今も昔も変わらない。

自分のペースで生きている。


彼女がそうしたいなら。


それでいいじゃないか。

やがてそう言い聞かす。

誰しもが何れそうなる。


「それってひいきじゃない?」

「あの子だけずるくない?」


そんなこと口にする者もなく。

誰かが羨む恩恵を受けている。

そんな気持ちすらも抱かない。


彼女がそうしたいから。

ただそれだけのことだ。


異国から迷い込んで来た女の子。

初めて彼女を見た時そう思った。

昔からずっとそれは変わらない。


生簀の魚や牧場の羊たち。

眺めていたのは夜空の月

月の世界から来た女の子。


桜折る馬鹿。

梅切らぬ馬鹿。


月眺め想う馬鹿。


諦め切れないのが一人。

ただ此処にいるだけだ。

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