第31話 偏見と月贔屓ルナティックⅡ



彼女の家庭の事情は少々複雑。

それも配慮されたのだろうか。


力石は単細胞の体育会に見えて。

生徒の動向には繊細に気を配る。


松井さんへの対応や配慮を見ても。

先のバレンタインの出来事からも。


学校や教師にとって悩ましき事とは?


それまでは問題なく登校していた。

それまでは問題なく授業に出ていた。

ある日を堺に突然学校に来なくなる。


家庭の事情やいじめ等個人の問題。


その理由は様々あっても。

学校や教師の対処の誤り。

そこは指摘されかねない。


学校に来ないあの子。

有籍だけの松井さん。


「よお脱走兵!」


そんな呼びかけも届かない。

捕虜の身分で言えた義理か。


誰かが言った。


「ただ座ってりゃいいのに!」

「そしたら楽なのにさ!」


それはそうなのだ。


不在という意思表示でもしない限り。

目にあまる反社会的行為もない限り。

自分で思うほど先生も同級生ですら。

自分の存在など大して気にはしない。


少子化が問題視される、昨今。

それが取り沙汰され始めたのは。

成人を少し過ぎてからだった。


ベビーブームとまでは言えない。

けれど中学の生徒数は多かった。

通っていた小学校は寒村の過疎。

俺はその両方を経験して育った。


山間部の僻地の小学校だった。

そこには各学年一クラスだけ。

金木犀は教室で咲いていた。


それが小学校を卒業する頃になると、

集落北部の山林が急遽開拓された。

深山が重機で里山に変わって行く。


近隣に分譲住宅地が造成された。

同級生の有ポンの家もその区域だ。

同じ学区でも通った小学校は違う。

この頃他県からの移住者が増えた。


急に小学校は転校生で生徒数が増え。

校庭に教室に入れない生徒のために、

プレハブの教室が幾つも建てられた。


近隣の県道沿いに新校舎が建設され。

俺たちの百年続いた学校は閉鎖され。

俺たちが旧校舎最後の卒業生だった。


卒業式に彼女の姿はなかったけれど。


今その跡地は公園となり。

嘗ての学舎は跡形もない。


現在の中学から2km離れた場所。

実家の集落と中学校の中間地点。

ここも何もない山林地帯だった。


当時就任した県知事の公約通り。

こちらも大規模な分譲地となり。


住宅と市営団地が何十棟も建設された。


当時東京の有名な団地群と比較しても、けしてひけを取らない規模であった。


都市開発と地場産業の振興を目指し。

地方自治体とゼネコンによる事業。


第三セクターの単語は耳慣れない。

当時は地方新聞の紙面を賑わせた。


豊富な森林資源を利用して。

製紙産業の発展を見越して。

誘地と造成であったと聞く。


他県からの移住者も爆発的に増えた。

好条件の分譲地の抽選に応募が殺到。

その両親の子供たちが通う中学。

それが今の俺たちの学校だ。


抽選に運良く当たった世帯は家を購入。

漏れた世帯は新築の団地に入居した。


工藤さんの家は抽選に当たった世帯。

持ち家組でも他県から移住ではない。


赤い髪色が残した記憶の糸。

この地域の小学校でのこと。


元々は地元住民であり。

子供の成長を見越して。

この時に家を購入した。


分譲地から町まで行かずとも。

郊外型のスーパーも開店した。

町の商店街は徐々に寂れ始めた。


新しく家を購入した地元の家の子供と、

他県からの移住者の生徒が集まり。

この中学校で合流するのである。


そんな場所で学生時代を過ごした。


そして団地や分譲地の建設に伴い。

付近には新しい中学が建設された。


現在では実家周辺の集落一帯から。

嘗て通った中学に通う者はいない。

真新しい校舎には徒歩で通える。


またしてもその学校に通った。

最後の生徒となってしまった。


思い出は人だけでなく。

自分の生家も学校さえも。

諸共にすべて消え失せる。

流れる時とは川の奔流だ。


その在処は記憶しかない。

幼い頃からずっとそうだ。


それは死生観ともなり得て。

心に棲み巣を張り巡らせた。

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