第22話 疾走する羊とアストロノーツたちⅡ


此処がグリーン・ゲイブルスであっても。

人は数学の洗礼からは逃れられない。



午後いちの授業は数学だった。

俺は占星術の本を開きかけて。

ふと思いページを閉じた。


「占いで何が知りたいの?」


小西からさっき聞かれた。

あまりに素朴過ぎる疑問。


俺が知りたいのは何だって?


「あなたは何がして欲しいの?」


それは聞かずとも占わずともわかる。

昔から何となくそうだった記憶。

自分以外の誰かが欲しいもの。

それはなぜか自然とわかる。


では自分は…どうなんだろう。


「この間までの授業でやったところだ…期末前に小テストやるからな!ちゃんと各自復習しとくように!」


数学の先生の声にネガティブな反応。

この間までやってたのは統計だった。


確率と統計を学んだ後は図形と方程式の融合問題。そのチャートは予習済みだ。


塾の先生もそう言ってたから。

間違いない。予測可能な未来だ。


「図形とか意味わかんない!」


「小西は…いつもそこで点数落とすな」


「サイコロとか超意味不明なんですけど!?」


「サイコロ問題は図形ではないが…」


先生と小西の短いやり取り。

そうなのだ小西は出来る子だ。

数学も得意だけど応用が苦手。


やはり牡羊座のB型だから?

でもそのうちクリアする。

愚直でもトライ&エラー。

それを繰り返し繰り返す。

応用は応用ではなくなる。

かくいう俺がそうなのだ。


バレンタインなんて足が浮く日。

恋占いなんて火薬を持ち出せば。

さっきみたいなことになるのだ。

またもや俺はひとつ学びを得た。


「キクリンかっこいい〜」


先生の指名に華麗に解答する男。

クラスの男子菊池に黄色い声援。

声の主はもちろん小西ヒフミだ。

菊池は小西のお気に入りの男子。


クラスのチーター。

ポンタほどではないが。

バレー部のイケてる男子。

成績もまんべんなく良好。

口数少ないが人当たり良。


クラスの女子の世帯好感度高し。

小西は中々見る目があると思う。


授業中もアプローチに余念なし。

他の女子への牽制球抜かりなし。

小西よ…お前には占いは必要ない。


高校を卒業して何年か過ぎて。

小西の実家の菩提寺を訪れた。

仲がよかった従兄弟の法事。


その子は交通事故で亡くなり。

小西の実家の寺を訪れたのだ。


そこに小西の姿はなかった。

坊主の跡目など継ぐ筈もなく。


出迎えてくれた小西のお母さん。

俺のことも知ってくれていた。


「本当に…あっと言う間だったね」


自分で行きたい高校も選んで。

大学も好きな人を連れて来るのも。

親に報告する前に全部自分で選んで。

さっさと決めて嫁に行ってしまった。


「こっちがあれこれ言うまえにねえ」


呆れ顔で小西のお母さんは話してた。


「まったく…親らしく意見とか、反対とか、母親なりのアドバイスとか、とりなしとか…楽しげなこと!少しはさせろっていうのよね!」


小西とはそういうやつだ。

俺の見立ては当たるだろ?

小西に占いは必要ないって。


幸せになれそうなやつ。

俺の中では工藤さんもだ。

見てたらわかるんだって。


話してたらこっちが楽しくて。

うっかり幸せな気持ちになる。



数学の授業中の俺の妄想は続く。


問:占いとは統計学であるか。


「占いは過去の統計に基づいている」


よく占い師が使う台詞である。


解答:占いは統計学ではない。

補足:統計であるはずがない。


少なくとも世の中に流布している。

計上された企業データとしての統計。

計上された臨床データとしての統計。

今習ってる数学の問題としての統計。


その何れの条件も満たしていない。


例えばさっき机の前にいた女子たち。

もし彼女たちを統計を基に占うならば。


この近隣に住む同年代の女性百人以上…いや二百から三百人の統計が必要だ。


では人相学はどうだ?

欧米人と日本やアジア人を比較。

骨格や頭部も顔の造りからして違う。

涙袋なんて海外では殆ど見られない。


占星術の歴史は確かに古く。

派生は古代エジプトからバビロニア。


現在の占星術として確立されたのは。

ルネッサンスの時代のフィレンツェ。


そのデータを持ち出せるなら。

閲覧と演算可能ならいざ知らず。

星の運行と人の因果関係を数値化。

無理!そもそも星占いはオカルトだ。


だから占いは必要ない。

だから占いは信憑性なし。


その考えもまた正しい。

必要ない人にはそうだ。


例えば今数学の先生が板書している。

統計に基づく試算によって導かれる。


その数値は正確でありあくまで数字。

そしてその解答と結論は冷酷である。


占いには人の感情か加味される。


商売上の都合もあれど。

迷える人に追討ちをかけ。

絶望の淵に叩き落とすこと。

それが本意ではないはずだ。


ある占い本で占い師が記していた。


アメリカにこんな諺かあります。


「人生に必要な三人の友人」


それは医者と弁護士と占い師である。


後で裏取り調べてみた。嘘でした。


本当は医者と弁護士と…ウォール街の証券マン。人を欺くもまた占い師。


占いに限らず確証バイアス。

それは其処彼処に存在する。


凡その人はウォール街の証券マンには縁がない。三人目はその人次第。


なんなら本当に友人でも構わない。

本当の友人ならば尚更の事。


占いと統計の違いとは。

人に寄り添うか否か。

俺はそう思うのだ。


もし既に確立された方法と統計のみで、

占いが成立するならば。AIで充分だ。

占い師は軒並み廃業となるはず。


「あなたは何が欲しいの?」


内なる見知らぬ声がする。

俺は自問自答を繰り返す。


それは過去という答えに辿り着く。

自分の過去を知ることが出来たら。

占いに人が求める多くは未来だが。


過去に遡りたい。

記憶より命より。

もっと遥か向こう。


過去で何をしていたのか?。

何をして生きていたのか?

そこで罪や過ちを犯した?

因果の糸や因縁を辿れたら。


記憶に残る過去の出来事たち。

そして今にも折り合いがつく。

そんな気がしてならないの、だが。


しかし過去や前世がわかる占い。

それこそオカルトの領域だろう。

俄に信憑性や確証が遠ざかる。


化学や数学の威を借りたくても。

アナクロな占いとは相性が悪い。


ては医療はどうだろうか。

医療の原点はアニミズムだ。

シャーマンは治療者でもあった。


「イッチ…」


もし医学がサンポールなら。

呪術は塩素系トイレ洗浄剤。

つまりは混ぜるな危険!


「イッチってば!」


うっさいな……


俺の深い思索の時間を邪魔するな!

アンみたいに石板で頭かち割るぞ!


ならば精神病理学はどうだ?


「俺たちにも占いやって!」


俺のように心に歪みを抱えていたり。

精神的に深い悩みを抱えている人。


そんな患者さんたちのデータを基に

大系化して。職業タイプに分類する。

そしてフォルダにファイリングする。


現在の人格や行動から遡り。

過去の職業タイプを占う。


勿論人物までは特定出来ないが。

人は生きるために仕事をする。

働かなければ生きて行けない。


積み重ねた習慣が人格を形成する。

常習犯化した犯罪者にも当て嵌る。


生れる前に自分は何をしていたのか。

それはどんな仕事をしたかでもある。


パーソナルデータを職業グループタイプに選別して検証。統計から共通項を割り出す。それがわかるだけでも。


全てとはいえないがその一分一端。

魂を読み解くことは可能ではないか。


「俺も今日チョコもらえるかな〜」

「告白とかされたり!?」

「どうかな〜」


『ねえイッチ〜占ってよ〜』


お前らの前世はGHQの米兵に「チョコをくれ!」と集っとる戦災孤児だ!


「占え〜占え〜」


俺の頭の中で閃くものがあった。

指先が見えないネズミに触れる。

ネズミが不機嫌そうに歯を鳴らす。


ファイルファイリング。

プロファイリング。

溢れるドラッグ。

そしてドロップ!


「カウンセリングが必要だ」


「へ?カウンセリング占い?」

「聞いたことないぞ!?」


「スピリチュアル!」


「なんかイッチが…怖い!?」


ありがとう小西!

そこの有象無象共!

この教室のみんな!


すべてが光り輝いて見えるぜ!


「アストロノミー!」

「お…おう!」


授業中にも関わらず。

彼らに握手を求めた。


「君たちこそが…未来を運んでくれる!そうアストロノーツだったんだ!」


「イッチ…何言ってるかわからない」


「アストロジーからのサイコロジー!コペルニクス的転回だ!」


「うちの母ちゃんも、最近リフレクソロジーがどうとかって…」


おしい!けどちょっと違うな。


「ソロジーなら俺もわかる!」


「おお!さすがぶーちゃんだ!」


「都会では今孤独な老人が増えて…」


ソロ爺。



今日は学校帰りに町の本屋ではなく。

図書館まで足を伸ばしてみるかな。


精神科医やカウンセラーが書いた占い本?われながらそんなトンデモ本。

存在するとはとても思えない。


なければパーツを集めて組めばいい。


いつかそれがパズルのように。

必要な時が来てばちりと符号する。

そんな快感を僅かだが知っていた。


それは自分一人では成し得ない。

教室を見渡して思うのである。


パラダイムシフトが起こり。

黄金回廊への扉が開かれる。

…とは今はまだ言い難い。


それでも糸口くらいには触れた。

そんな気がした午後の教室。


そして俺に宿題が残された。

夏休みの宿題よりもずっと。

俺には大切な課題に思えた。


そっと指先で額に触れてみた。


どうやら少々知恵熱が出たようだ。

俺は頭を冷やさなくてはならない。

そう思っていたら授業が終わった。


授業は何ひとつ頭に残らなかった。




やがて数学の授業が終わり。

俺は伸びをしながら席を立つ。


「何読んでるの?」


俺は窓際の席のペットに話しかけた。


「ああ…これ?」


不意に俺に声をかけられて少し戸惑ったものの。ペット君は愛想よく答えた。


「あすなろ物語」


教科書に載ってるやつ。

読み返す人ここにいた!

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