第16話 Interlude


【director's cut】



「あんたは大きくなった時、その髪でちょっと苦労するかもね〜」


幼稚園の時に俺の前髪の色を見て。

先生はそんな風に言ったんだ。


「おい!お前!髪染めてんじゃないか!?」


初めて同級生になった女の子。

工藤さんを意識するようになったのは、

思い起こせば多分その時だった。


中学校時代の頭髪検査は厳しかった。

まあこの時期の年代の俺たち生徒。

それと先生たちとの信頼関係。

それが一番よくわかるのは朝。


「ちょっと待て色男!」


「はい!」


笑顔で白い歯を見せて振り向く。


「色気づくなよ〜中学生の分際で!」


充分過ぎるくらいわきまえて。

生きてるつもりですけど?


「なにか?」


「なにかじゃない!なんだその髪は!?すぐ切って来い!なんなら職員室行くか!?」


職員室と書いてバリカンと読む。

この時代モラハラや傷害はない。

なんとかせねばなるまい。


「私…髪なんか染めてません!」


その声に聞き覚えがあった。


俺と同じ頭髪検査の常連にして。

謂れなき冤罪犠牲者の工藤さんだ。


彼女の髪は春の枯野を焼く。

野火の焔色に似ていた。

風に靡く赤毛だった。


ちなみに彼女は俺の初恋の女の子ではない。俺の初恋は少々複雑だ。


初恋の女の子はモンゴメリの小説に登場する。グリーン・ゲイブルズのアン・シャーリーだ。


彼女はその女の子によく似ていた。


そして幼稚園の時に出会った。

近所に住んでいたケイちゃん。


口元に小さな赤い痣があった。

小説女の子とは似ても似つかない。

ケイちゃんはとても無口な子だった。


心の中ではいつも、小説の中のアンシャーリーと彼女がいて。常に壮絶なデッドヒートを繰り広げた。

ければケイちゃんはとても無口で。

俺とはあまり喋ろうとしなかった。


六年生になる頃に。

ようやく仲良くなれたんだ。


放課後に好きな本の話をした。

本の題名は【緋色の研究】だった。


「この町は霧のロンドンみたい」


そう言ってた記憶が今も残る。


深い霧が晴れた朝。

家族と何処か消えてしまった。


幼い頃から赤色には警戒していた。

朝目覚めると世界が赤く染まる。

そんな日はよくないことがある。

そんな風に本気で思ってたけど。


その子の口元の赤色を見ると。

今彼女の赤色の髪を見てると。

胸の中でマッチを擦る音がした。


不安は燃えて忽ち灰になるんだ。

消して消えない赤い火が灯る。

心を燃やす焔が灯るんだ。


俺は気多く浮気症の男なのかと思う。

けれど赤毛のアンは架空の世界。


工藤さんは現実に現れた。

俺には理想の女の子だった。

テレビや小説に描かれてた。

恋愛の感情というものを抱いた。


幼なじみだったケイちゃん。

幼稚園の時に初めて見てから。

ずっと一目惚れしたままだった。


流行りの恋愛感情などなかった。

気持ちや情がすべてを追い越し。

ただ情というものが通えばいい。

そうしてそれがうれしかった。

いつもいつでも忘れ難い。


工藤さんは好きだった本の中の女の子。

その実写版として眼の前に現れた。星を散らしたような雀斑もあった。


これが運命でなくて…


「生まれつきなんです」


そう学年主任の先生に訴えかける。

手には白いハンカチを握りしめて。


いつもそうなんだと知った。

工藤さんは正しいことを訴える。

その時はいつもハンカチを手にしてる。


指揮を任された、合唱コンクールの練習で、クラスの悪い男子がふざけて、全然歌おうとしない時とか。


転校して来たやつが、あまりにクラスに馴染まないやつで、ハブられているのを見た時。いつも間にか、彼女はハンカチを握りしめていた。


お母さんの躾がよい子なのか。

いつも清潔な白いハンカチだった。


それが彼女の勇気を振り絞る。

おまじないなのか旗なのか。

それとも正義の依代か。


俺は知っている。

彼女がそうしている時。

彼女はいつも正しくて。


悲しむより怒っている時だ。


幼い時からずっとその髪なんだよな。

生まれつきずっとそうなのに。


そう訴えても学校ってところは。


「今日はいいから」


「明日は黒くして来なさい」


「黒くって…」


髪を染めろってことか!?

あんなに綺麗な髪なのに。


これが運命でなくてなんだと言うのだ!


「えっと、先生!」

「なんだ」


俺は雑魚は無視することにした。

彼女と学年主任のいる方へ向かう。


「俺前髪染めて…」


「あの五郎先生…」


「ああ佐野先生」


「この子はうちの組の生徒でして」


「ああ、そうでしたか」


「家の方から髪については自毛だとご報告頂いてます。過去にトラブルやいじめのようなこともあったようなので『くれぐれもよろしくお願いします』とお手紙も子供の時の写真も…それはこちらで確認済みです」


「それなら、まあ」


「いえ私の報告が遅れて」


「いや…確かにそんなお話聞いてたな…こちらこそすみませんでした」


「工藤だったか!すまない!先生見落としがあったようだ!行ってよし!」


あれ?秒で解決した。


「国治先生ありがとうございます!」


俺の運命が灰に変わる。


なんだよ!なんだよ!

出る幕なしかよ!


この振り上げた拳の行方は!

どうしてくれる!?


「で…お前はなんで挙手をしてる!」


「灰…」


「さっき『俺は前髪染めてる』とか!」


「自己申告か!いい度胸だ!」

「ちょっとこっちへ来い!」


度胸じゃなくて心がけ…とかだろ!?


「なんだお前ウェーブまで!」


「いやこれ生まれつきで…」


「声が小さい!」

「何を言っとるかわからん!」


「これは生まれつきの天バーです!」

「なんだお前ちょっと泣いて…」


「泣いてません!」


「天パー同盟!一緒だね!」


いや…工藤さん今グータッチとかいいから!うれしいけどね。


天パー同士からんじゃう?


「それとお前…俺のことを妙なあだ名で呼んでるらしいな!」


「さあ…なんのことやら」


「力石ってなんだ?」


明日のジョーの宿命のライバルだ。


「俺だって力石徹ぐらい知ってるぞ」


「はは…さいですか」


「この俺のどこが力石だ!」


近い!顔が近いって!

どこら見ても瓜二つ!

そっくりじゃないか!


「力石先生かっこいい!再放送毎日見てます!!矢吹なんかやっつけて!!!」


国民的漫画の主人公に、まさかのアンチが!ていうか、あだ名が高感度補正に、かえって役立ってるじゃないか!?


「あだ名なんて…誰がつけたかなんて、それが俺とは限らないんじゃ…」


「そんなことするのはお前だけだ!」


なによその決めつけ!実に心外だ!

まあビンゴ!当たりだけどね。


「これでも、お前ら生徒たちのことは、ちゃんと一人一人見てんだ!」


そう言って力石は俺に笑った。


「いたずらぼうずが」


なに…その好きになりそうな笑顔。


「それじゃ俺はこれで!」


「職員室!」

「あっちですね」


「そうだ!じゃあ行こうか!」


「頑張って!力石!」


いやいや工藤さん…こいつ頑張ると。俺がすごく不幸になるんだけど。


赤毛のアンと力石徹のカップリング。

そんなの薄い本でもありえない!

俺は認めない!認めんぞ!


ふふ…まあいいさ!


やったろうじゃねえか!

こっちはどうせ捨て身!

クロスカウンターだ!

覚悟しやがれ力石!


「へ…へへへ」


「おお!イッチが!矢吹ジョーみたいに笑ってるぞ!」

「ばか!こっちみんな!」

「みんな目をそらせ!」

「他人のふりだ!」

「他人のふり!」


友達だったはずのやつらの声が。

遠くの方で聞こえた気がした。


俺は力石の後をついて歩くことに。


「あ!先生、小西あいつ!」


ヘッドセットを頭にのせた女子。

俺の家の檀家の寺の住職の娘。


小西ヒフミという変な名前の女子。

きっと総画数だけは大吉な女。


ヘッドフォンで音楽を聞きながら。

ご機嫌な様子で眼の前を通り過ぎる。


「こら!小西!」


「これお経ですよ」


小西は耳あてを外して。

力石の耳元に近づける。


「私お寺の娘なんで…お寺の跡を継ぐためにお経勉強してるんです!」


嘘つき。


「そうか!呼び止めて悪かった!」


信じるのか!?


「先生…鞄も調べた方が…」

「いいから来い!」


ふいに力石は振り向くと。


「あと、遠藤!有泉!小笠原もだ!」


「え!?俺たちもですか!?」


「俺たちそいつとは生涯無関係です!」


「金輪際友達じゃありません!」


『誓います!』


やっぱりこいつら畜生だ!ぶー!


俺たちは下手人みたいに引っ立てられる。


「俺は誰の挑戦でも受ける!」

「文句は俺に勝ってからにしろ!」

「学校に文句があるなら俺に言え!」


先生得意の口癖三連コンボ出ました!

全部同じ意味ですけどね〜


これだから語彙力が乏しい体育界系は…俺とはそりが合わない。溜め息。


「俺は正直髪型なんてどうでもいい」


「長いの短いだの、物差しでちまちま計るなんてな!」


「くだらないと思ってるよ」


職員室に向かう廊下を歩きながら。

力石は淡々とそんな話をしていた。


『俺が、この中学に入学した時、男子は全員ぼうず頭だったんだ』


『へえ…先生この中出身ですか』


力石は頷いて話を続けた。


「そんな中で、一人だけ絶対に髪を切って来ないやつがいたんだ」


「毎日毎日職員室に呼び出され、先輩にも睨まれて囲まれて喧嘩だ、親も何度も学校に呼び出された…」


「それでも、そいつは卒業する日まで、誰にも髪を切らせなかった」


「漫画の主人公みたい」

「そいつはヒーローですね!」


「それが俺だ」


「だから俺は、お前らに髪をどうこうなんて言えんのだ!俺は体育教師だし、髪は人間の頭を守るためにあるものだ…なんでわざわざ短くする必須がある…そう思う!」


だからこの人普段からロン毛なのか。


なんかさっきからこいつのペース。

なんかいらつくし。癪にさわるんだよな!


「だから学校の規則に文句があるなら」


「あれ?先生…職員室通り過ぎ…」


「文句があるなら俺に言え」

「俺に勝ってからにしろ!」

「俺は誰の挑戦も受ける!」


結局脳筋の暴力的解決じゃねえかよ。


「先生どこ行くんすか」

「もう一限始まって…」


「卒業する時言おうと思ったが」


ならぜひそうして下さい。


「ここは温室だ」


いやここは保健室ですよ。


保健室の扉で前に立ち止まる。

力石先生と俺たち四人の囚人。


「お前らのいる学校は温室だ」


力石は保健室の扉を開けた。


「なんだかんだ言って、温室の中で、お前らは守られてるんだ。外の世界に出たら…」


「先生だって、大学出て、そのまま母校の中学の先生ですよね?それって温室➡温室野菜ちゃん…なんじゃないですか?」


なんてことは俺は言わない。


けど違くないだろ。


あんたが、どんな有望な陸上選手だったかなんて知らないが。それも大学の陸上部に籍を置いてのことだろう。


外の世界がここよりも厳しい?

それなら知ってるつもりだ。


学校や、外の世界には人殺しが歩いてる。いいやつもいて。友だちになれたと思っても。いなくなるんだ。


友だちを探して。

友だちと別れる。

恋人はどうだろう。


それには経験が浅い。

そこにはまだロマン。


でもやっぱり会えなくなる。

だから人は結婚を選ぶのか。

新しい家族を作ろうとする。


けど俺の実家は離散した。

住んでた家族はもういない。

小学校三年生の時だったか。


でもそれはまた別の話だ

俺はもう温室気分を楽しめない。

心のどこかでそう思ってたけど。


だからここにいるやつら。

今という時間が大事なんだ。

いずれ霧の露みたいに消えても。


先生の話も聞かず。

授業中も上の空で。


そんなことばかり考えていた。

それは学校の先生にはわからない。


小学校の時の担任の先生に言われた、

かなり高齢のおばあちゃん先生で、躾や、礼儀にも、勉強にも厳しかった。

けれど生徒たちには好かれていた。

生徒思いのいい先生だったと思う。


卒業式の日。最後は教室に集まる。

先生に出席番号順に名前を呼ばれる。


クラスの生徒たち一人一人に、先生が卒業へのお祝いと言葉をかけてくれる。それがセレモニーになっていた。


自分の番が来て教壇の前に立った。

先生は俺に耳打ちするように囁いた。


「あんたの正体」


俺はぎょっとして先生の顔を見た。


「もう少しでわかったのに」


先生は満面の笑顔だった。


他の子には皆に聞こえる声量だった。

なんで自分にだけ耳打ちしたのか。

謎だからいつまでも忘れない。


出来ることならその先生に会って。

その真意を聞いてみたいものだ。


自分自身が謎でしかたないのに。

自分で何十年もかけて解いて。

それを解くために卒業する。

いつしか思うようになった。



高校卒業の時は担任の教師に「もう少しだけ、みんなに好かれるイッチ君になって下さい!先生からのお願いです!」


そう真顔でお願いされた。

その先生に俺はそう見えた。

それはきっと真実でもある。


なんて気持ちの悪い贈る言葉ろう。


「俺はお前のことが嫌いだ」  


本音でそう言われた方がましだった。

教師という立場や人格が言わせたのか。


それは仕方のないことだと思う。

興味がない人にふりも出来なかった。

だからその先生にも関心がなかった。


先生なら先生らしく生徒に嫌われろ。

教師の人格に支配された教師もいる。


学校っていう体制側なのにさ。明らかそうなのにさ。生徒に寄り添うみたいな?こういう先生が俺は嫌いだ。


「あ!菅野先生よろしいですか?」


そんな思いで背中を見つめている。

それさえ知らぬ力石徹。保険医の先生に気さくに声をかけた。


「はいはいはい〜」


保険医の女の先生は軽い足取り。


「お手数おかけします!」

「いえいえ!みんなお手伝い頑張って!」


「へ?お手伝い?」

「お手伝いってなに?」


なんか巧妙に根回しされてないか?


「まあ入れ!」


俺たちは促されるまま。

保健の中へ通された。


「あの先生…」

「俺たちなにを…」


力石はこちらに背中を向けたまま。

内側から鍵を閉める音だけ響いた。


振り向いて力石は俺たちを見据えた。

そして一言だけこう言ったんだ。


「別件だ」


「別件?」


ジャージのポケットから取り出した、一枚の紙切れを強く握りしめて。


力石は俺たちに向かって言った。


「先日うちの学校に、県の教育委員会から連絡があった…まあ中身は…俺に対する名指しの告発文ってやつだ!」


『前略…私たちのクラスの担任の佐野国治という教師…これが常軌を逸した!言語道断の非道さです!!私たち生徒たちは、謂れなき暴力と、理不尽な振る舞いに日々さらされ、怯えています!!!…中略…どうか!どうか!この教師を一刻も早く解雇して下さいますようにお願いします!』


「だとさ」


ポケットから出した書面のコピー。

読み上げる力石の瞳は怒りに燃えていた。一文字読むごとに高まる怒りの沸点が、天井を焦がす勢いで止まらない…のが見てとれた。


われながら名文だと自負している。

そしてここに書かれていること。

すべて虚偽の欠片もない事実。




「なあイッチ…また国治に怒られたぜ!」


「あいつ!俺らのこと目の敵にしてないか!?」


「なんかあるごとに小突かれてさ」


「もう辛抱たまらんぞ!」


それはお前らが何かやらかす度。

すぐに証拠残して捕縛される。

おばかだから。


そうは言っても。


「俺もあいつ気に入らねえな」


ちょっと顔が力石だからって。

見るからにケンカが強そうで。

女子にきゃーきゃー言われて。

工藤さんまで騙されてんだ!


「なんか考えてくれよイッチ!」

「そういうの得意だろ!?」

「おう!一緒に考えようぜ!」



それで今の俺たちはここにいる。


「それを俺たちが書いた?」

「なんか証拠でもあるんすか?」


もう完全に追い詰められたチンピラ。

悪者の中でも小悪党の吐く台詞だ。


書面で俺たちだって特定は不可能!

匿名、そして人称だって私にしてる。

推敲だって抜かりなくしたはずだ。


「言ったはずだ」


脇にあった薬箱を開けて。

中身が空っぽなのを見て。

ふふんと鼻で笑った。


「俺は髪のことや!変なあだ名なんて!どうでもいい、気にしちゃいないさ!」


それ全部俺がやったこと。


「俺は、生徒一人一人をちゃんと見てるつもりだ…たとえ、ここに散々書かれてるような!ダメな教師でもな!」


握りつぶした怒りを薬箱に放り込む。

治療のための薬箱は閉じられた。


「お前らしかいねえ!」


「こんなことをするのも!考えるのも!!お前しかいねえんだよ!!!」


人を指差し話するなんて。

とても失礼なんですよ先生。


「学校で先生に教わりませんでした?」


「許さん」


生徒の言葉には耳を傾けて。

一人一人見て向き合うのでは?


「俺を売ったな」


その時ゴングは鳴った。


怒りと本音の拳が。

俺たちに迫り来る。


その後の記憶はない。

ただ覚えているのは。


全員の頭の中で鳴り響く。


力石徹のテーマだけだ。


https://youtu.be/rZgBVMeBXTA?si=_rBjP1WN-Vb5tpDS





「真白に燃えつきたぜ」

「両手がぶらり」


1限目の倫理社会の時間はとうに過ぎ。


倫理も慈悲もなき世界より。

俺たちはようやく生還した。


教師にぞろぞろ連れ立って入ると。

クラスは俺たちのなりを見るなり。

俄に騒然とした。


「どうしたのその顔!?」

「ぼこぼこじゃねえかよ!?」

「国治のお手伝いで何があった!?」

「蜂の巣!?そうだ蜂の巣だな!?」

「そうでなきゃそんな酷い事には…」


確かにそう!みんなの言うとおりだ。


後でトイレの鏡で自分たちの面を見て思った。


「ああ…人間て、しこたまどつかれると、本当にこんな顔になるんだ」


おたがい顔を指さして笑った。


クラスの中で普段日の当たらない。

俺たちが目立った瞬間だった。

まあそれがやつのおかげとは。

死んでも言わない俺だけど。


「へへへ姉ちゃん!いい体してんな!わしと一緒にボクシング…」


「きゃあ!血が吹き出してる!?」

「気持ち悪い!」

「あっち行って!?」


悪目立ちしてるなあ。

俺は自分の席についた。


「大丈夫…イッチ…血が…」


ああ工藤のお嬢さんか。


いいよ!そんな綺麗なハンカチ。

俺の血で汚しちまうから。


「おつとめご苦労!」


社会科の担任の久保田先生。

教壇で教科書と資料をしまい。

俺たちにこう言った。


「それで済んでよかったな!本当は、大事になるところだったぞ!佐野先生に感謝しとけよ!」


あんたもグルかよ!

だから信用出来ないっての!


俺は机に突っ伏した。

そして顔を上げて見る。


空席のままの机。


このクラス悪くないぞ。

小学校の時よりもずっと。

なのになんで何時もいない。


ほんの短い人生だけど。

俺は思うことがある。


いなくなった人は戻らない。

好きだった女の子も友だちも。


せっかく戻って来たのに。

これって奇跡じゃないか。

なのにここにいない。

話もしてくれない。


振り出しに戻る。

それ以下じゃん。


せっかくまた会えたのに。

そりゃないぜケイちゃん。


空いたままの机。


心配そうに覗きこむ工藤さん。

どちらも今目に映る風景で。

心が波立ち。ざわめいた。

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