第3話 前夜Ⅱ


ニ次会のラウ1を出て。

だらだら連れ立って歩いた。


明石先生は早朝学校に用事があるとか。

一次会の店で俺たちと別れた。


ひとまずバスの駅に集まる。


すでに最終バスが出た時刻。


皆次々空車のタクシーに乗り込む。

お迎えの車に相乗りして先に帰る。

さよなら女子たち。

また会う日まで。


男子は誰かとこっそり二人で会う約束。

出来ないで空手で帰るフヌケばかり。


「俺らのクラスブスばっか!」


唸ってるね!徒手空拳。

たからお前だめなんだって。

俺も人のことは言えないが。


俺たちは手を振り見送った。

皆それぞれの家に帰って行く。


「またな!」

「連絡くれや!」


再会を約束しながら。

タクシーに乗り込む。


居残りの女子たちも車に乗せた。


俺は自販機で買った炭酸を飲みながら。

車を待つ間も少しだけ野郎と話をした。


少し離れた場所で携帯を取り出す。


バスの無人駅から電話をかける。

家電じゃなくて妹の携帯にだ。

妹はすぐに電話に出た。


「終わったから今から帰る」

「じゃあ迎え・・お父さんに言うよ」


まあ自然な流れだ。それだと、わざわざ、妹の携帯に電話いれた意味がない。


「お父さん今なにしてる?」


お父さんとかじゃなくて。

親父とか言いたい年頃だが。

普段そんな言い方していない。


妹は「急にどうした!?」と怪訝に思うことだろう。なのでお父さんだ。


「居間でナイター見て寝てるよ」

「じゃあ、そのまんま起さないでいい」


 俺は妹にそう伝えた。


「え〜なんでよ!?お父さん迎えに行くつもりでビールも飲まないで待ってたよ!」


だからそれが嫌なんだって!


お前はまだまだ親に甘えたいガキだのう。 

もちろんそんなことは口に出さない。

うるさいし親父より面倒くさいから。


「タクシーで帰るから」


俺は妹にそう告げた。


「だからよけいなこと言わず寝とけ!」


「ちょ・・」


妹の返事を聞かず俺は通話終了した。

これは俺の大人への一歩。

そのミッションなのだ!


そんなに大した話じゃない。

俺ももう一人前の男になった。

タクシーで華麗に帰宅したい。


俺は昔からの父親の行動を見切っていた。

親父は迎えに来る時家ワゴン車で来ない。

同級生の目の前で家の軽トラで凸撃。

それだけはもう…マジ勘弁だ。



目の前に空車の札を立てたタクシーが止まる。後部席のドアが静かに開いた。


俺は車に乗り込みながら行き先を告げた。

中年の男性運転手は俺の行先を繰り返す。


「第ニ小学校わかりますか?」

「ああ・・第ニ小学校ね!」

「その先に公民館があって・・」 


今は町づくりセンターという名前に変わった。俺が高校の時は公民館だった。


「はいはい!」


「そこから川沿いに少し上に坂を登ると、大きな橋があると思うんです・・そこら辺りで停めてもらっていいですか?」


運転手は頷くと静かにアクセルを踏んだ。


車は静かに、バスの駅の横の待ち合いを抜け、寂れた商店街を走り出した。


この頃のタクシー。いかにも乗用車ってかんじ。セダンタイプが主流だった。


今のエコカーなんて車両はまだなかった。そんなに大昔の話でもないけれど。


この頃から町はもう寂れ始めていた。

夜の浅い時間でも居酒屋の灯ばかり。

目の前をシャッター通りが流れて行く。


すごく昔、昭和の天皇陛下の御成婚パレードとかが、あったらしい。


プリンス陛下とプリンセス皇后様。

二人乗せた車がこの辺りを通った。

まじでか?この東海道の吉原宿で?

俺が生まれるよりもずっと昔の話だ。


その時に県と市は「皇室の方々のお目に入っては一大事」ある条例が急遽作られた。


それまでそこにあった性風俗業の建物たち。それらの店はすべて即廃業となった。

町を綺麗に整備するより手っ取り早い。

その時の厳しい条例だけ。

今も残っている。


この町は、景気の浮き沈みの世の中に乗り遅れ、息も絶え絶え。歓楽街としてさえ、もはや生き残ることも難しくなった。

そう誰か大人に聞いたことがある。


「学生さん?」


運転手が控え目な声でたずねた。


大学生ならまだしも。この時間帯に俺みたいな、見るからにガキガキしたお客様を、乗せることなんてないのだろう。


「中学の同窓会の帰りです」


俺が答えると腑に落ちたようで。

それきり会話は途絶えた。


俺は車の中で思いに浸る。


それは今と昔の思い出が交錯する。

めったにないような。

特別な時間だった。


そう言えば今日は皆に久しぶりに会った。けれど田舎いじりはされなかったな。


俺のタクシーに相乗りするやつはいない。

何を隠そう俺は超田舎に住んでいた。


商店街と雑居ビルの向こうに夜空。

工場の煙突群がに立ち並ぶ。

工業地帯の町に生まれた。


ゴーストタウンを絵に描いたみたいな。

ありふれた田舎の地方都市だ。


その寂れた町より更に寂しい山岳地へ。

車で25分くらい。結構な距離を走る。

田舎の中でも更に田舎に住んでいた。


平場の道路じゃなくラージヒル。

ロケットの発射台みたい。


ひたすら北へ北へと山岳地帯に向かう。

タクシーは坂道を登って走る。

電柱には海抜756Mの表示。

なぜこんな中途半端な数字。


俺の通う高校を通り過ぎる。


無駄にでかい高校の横断幕。


学校前の名がついた。

県道左脇にあるバス停。 

生徒の大半がチャリ通だけど。


仕切られたフェンスの向こう側。

グランウンドと校舎の影が見える。


テニスコートに野球とサッカーのエリア。

そこにぱらばらと疎らな人が散らばる。

コンパスのように自らの影を引き摺り。

散会を繰り返しながら移動している。


夜間はすべてオレンジ色の照明に染まる。


運動部の連中が夜間に練習する。

夜でも照明がたかれているせいだ。


オレンジの照明はより光度が高くて。

白色灯よりよく見えるのか。


運動部でない俺にはよくわからない。


生徒は疎らだ。いかにも運動部らしい、

やる気とか活気あるかけ声も聞こえない。


公園で夜な夜なバスケしてる連中とかと、広さ以外はあまり変わらない気がする。


放課後に校舎の中の部室から聞こえてた、ブラスバンドの練習する音も今はない。


そもそも、吹奏楽部が運動部と絡むことがない、うちの高校。学校創設以来スポーツの誉とは無縁。野球部なんて同好会同然。


地区の予選では万年初戦敗退。他校にとって願ってもない鴨。当たりくじの雑魚キャラ。他の運動部も似たりよったりだ。


田舎の公立の普通科しかない高校だ。

途中で理数と文系にわかれるくらい。


体育の授業のカリキュラムはあるが弛い。実に適当。そんな高校だから仕方ない。


グランウンドと歩道を隔てるフェンス。「吹奏楽部全国大会出場」とか「書道部県大会優勝」とか、わざわざ外に見えるように横断幕がべたべた張られている。


うちの高校文化系は強いらしい。

しかし俺は文化部でもない。


「昔は君らみたいな、生徒はアパシーとか、まあ、大学入ったら入ったで、モラトリアムとか、なんとか?かんとか世代とか言われたもんだ!今はなんて言うのかな」


古参の英語の先生に言われた。

古すぎて馴染みがなさ過ぎて。

悪口言われてる実感すらない。


夏休みが終わったら高校の日常に戻る。

逃げ出したいほど憂鬱でもない日常。


卒業したわが中学の学区内10km圏内に、普通科の母校、後に共学になった女子校、工業高校、商業高校。公立高校が点在していた。まあ通学にはかなり便利だった


高校受験はそれなり頑張った。

そこには達成感もあったはずだ。


ところが入学してから毎日「お前ら2流だ!3流だ!」そう言われ続ける日々だ。


おそらく卒業するまで続くのだろう。


入学初日のクラスわけの教室で。

いきなり担任にかまされた言葉。


「県内にあるトップ高を見ろ!それから見れば、お前らなんて2流!全国レベルなら3流もいいとこだ!甘くみるな!」


まあ・・それは甘くない現実だった。


県や、市の名前が看板みたいにどーんと、そのまま学校名になってる公立の進学校。


わがクラスの元生徒会コンビ。ポン多と、成宮は確かそっち校に進学したはずだ。


ポン多の本名は本多。ポングループだ。

同じポンでも有泉ポンとは随分違うな。

あくまで俺の中のグループわけだけど。


イケメンだし。優しくて。しかもトップ高とか。俺には何ひとつかすらない人生だ。


もしそこが銀座本店ならば。俺の高校は、東西南北の何れか校名の最後につく支店。

フランチャイズみたいなものだった。


「これから大学受験を目指す者はだ!学校の勉強だけしてれば大学入れる・・なんて夢々思わないことだ!全国の優秀な受験生が、いい大学を目指して受験するんだ!」


夢が二つもつくのになんてこった!


お前らみたいな!お前らが!お前らなんて!顔に唾がかかるくらい聞いた「へえ・・学校の勉強だけしててもダメなんだ!?」その時初めて知った。


そのくらいボンクラに違いなかった。

因みにうちの高校にも推薦枠くらいある。


毎日、無遅刻無欠席で、学年順位上から数えて何番目か三年間キープしとけ!そしたら論文面接だけで無試験で大学に合格だ!


「うちの高校から推薦取れても・・行きたい学部とか、あんま選べないらしいぜ!」


法科とか、理数が有名な大学の定員割れ、経済学部とか家政科とか・・だめじゃん。


そんなことがわかってるから。

先生方は、田舎のぽやぽやした高校生の俺たちを煽りまくる。毎日尻を叩くのだ。


それが俺の入った高校の校風だった。


その高校もすぐに視界から消えた。


いいな・・この余計な雑音もなく!

ばびゅーん!飛びさる感じ!


飛ばせ運転手!


自分の車ならなおいい!

この季節ならバイクもいいな!



「なあ・・でかいステレオとか、コンポとか・・家にあるじゃん?とにかく音楽聞くやつなら、なんでもいいんだけどさ」


高校に入ってすぐ同級生とこんな会話をした。入学して同じクラスのやつと仲良くなりたくて冗談とか言ってはみるのだが。


「それで?」

「オチとかあるの?」


そんな返しをよく聞いた。


「ああそうか・・大体こんな感じの人たちが集まる場所なんだ」やがて理解した。


同じ公立でも義務教育と入試や偏差値で振り分けされると。中学の時は全く持って信じられないバカとか。ものすごく嫌なやつとか。その逆もいた。玉先混合ってやつ?


よくも悪くも篩にかけられいなくなる。

面白さや旨味が抜けた上品な出し殻。

そればかりになってしまうものかと。


「昔の家とか兄貴とか姉貴が持ってたデッキやコンボについてるスイッチな・・」


「ああRW とか、SKIPとか、LECとかな」


STOPとかMUTEなんて普通によく使う。

高校生でもよく使う単語だ。

俺は聞いてみた。


「じゃ早送りのFFってなに?」


これだけ頭文字が2つ続いている。

つまり単語が2つなんだ。


「ファイナルファンタ・・」


お前んちのコンポはゲームも出来るのか。


「F1」


Fが1じゃなくて失速。


「巻き戻すのRW はRWINDの略だよな 」


「イッチは答え知ってるんだろ?」


「知ってるよ」


誰も答えを知らなきゃ。

クイズにならない。


もっともこれはクイズなんてものじゃない。辞書を捲れば検索すれば済む話だ。

ただなんとなく場の会話を続けるための、思いつき。単なる暇潰しだった。


こんなのが当たり障りなく喜ばれた。


辞書にはこう書いてある。

fast-forward to 〜

〜まで早送りする


fast 速く

forward 前へ

to 〜まで


それ結構大事な設問だったんじゃないか。

少なくとも俺にとってはそうだ。

誰にも言わないことだけど。


まだ免許とか取れない年だけど。

好きな音楽だけ大音量で流して。

ここから永久におさらばする。

どんなにか気持ちが晴れて。

気分がいいことだろう。


俺はアウトローや反社に憧れなんてない。多かれ少なかれ皆そんなこと考える。

そんな年齢ではないのか。


辿り着きたい場所や。

目的地も見えてないくせに。


手探りで手を突っ込んで探す。

鞄の中身は空っぽだった。


STOPのボタンは押さない。

MUTEしたいのは日常た。

RW で戻りたい場所へ。

メモリーはLEC済だ。

あと必要なのは。


早送りのFFだけだ。


ださっ!


俺は苦笑した。


早送りのボタンやアクセルを探している。

今から帰る場所は家でも学校でもないと。


心はいつも嘯いていた。


見慣れた町の見慣れた夜の景色。

飛び去って消えるのが心地よかった

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