第2話 前夜


「よおイッチ!生きとったんか!?」


そう言って俺に駆け寄って来たケタ。


ケタの本名は小笠原和馬。

ケタは中3の時の同級生。

それ以外何者でもない。


「おお!?ケタぁ!ニキビねえじゃん!」


つるんとしたケタの顔を見るのは初めてだ。もう高2にもなればニキビもねえか。


「ケアしてんだぜ!ケア!」


「ケタがケア!?」


「変わんねえなイッチはよお!」


ケタの背中に隠れてた。

有ポンとぶーちゃんが顔を出した。

変わんねえのはお互いだ。


そう、今俺がいるのは中三のクラス会。

厳密に言うと中二と中三は同じクラスだ。


イッチというのは中学の時の俺のあだ名。

別に一番最初にスレ立てた主ではない。

俺の名字が石川だからイッチ。


ちなみにケタが何でケタなのかは謎だ。


「それにしても・・中学卒業して二年で、もうクラス会とか?ちと早くね!?」


厳密に言うとまだ二年経ってない。


「他のクラスはないのか?」


「聞かねえなあ」


早い遅いの基準。

よくわからない。

ただひとつ言えるのは。


「俺たち三年ニ組!サイコー!!!」


酒も飲んでねえのに。

誰かが叫んだ。


まあその通りだ。中ニの放課後を通り越し、俺たちのクラスは超最高だった。


そしてわかったことがある。


卒業してニ年近い月日が流れた。

中卒で就職したやつもいる。

地元を離れたやつもいる。


俺は俺でちょっとかっこつけて。

学校に隠れてバイトしたりして。

雑誌で見たイケてる服とか買ってみた。


「おお!イッチかっけーじゃん!」

「こっち来いよイッチ!」

「写真撮ろうぜ!」」


中学のジャージだってよかった。

いや、それはちょっとだけど。

昔のクラスメートに会えば。

一発であの頃に戻っちまう。

気取る必要なんてないんだ。


俺はその時それを知った。

それは古くて新しい。

不思議な感覚だった。


「あらイッチ君じゃないの?」


つるりと頬を撫でるような。

昔から落ち着いた低めのトーン。


小西ヒフミが俺に微笑んだ。


「おお…小西!ユイシンじゃないか!?」


ユイシンは彼女の父親の名前。

うちが檀家のお寺のくそ坊主だ。


「キサマ…その名前で私を呼ぶな!」

「寺の寄付とか高えんだよ!」


総代の俺の親父がいつも怒っている。

小西は俺の顔に鼻がつく距離で言った。


「殺すぞ」


こいつ本当に寺の娘か。

小西は俺に微笑むと言った。


「ドリンクはあっち〜」


相変わらず目力が強い。太めの眉、ぽってりしたあつい唇は父親譲りだが。成功例だろう。あの時は気がつかなかったけど。


彼女は昔から他の女子より色気がある。

これからもっと美人になるだろう。


「工藤はあっちよ・・」

 

俺に目配せする。


「イッチが大好きな工藤さん」


「んん?」


声がやらしいんだよ。


「見りゃわかるよ!」


目配せの先の席に彼女は座っていた。


担任の国吉、学級委員と生徒会役員も兼任していた二人組。工藤さんの親友で女子の副会長の成宮さんと生徒会長のポン多。


彼らがいるラウンジ席に彼女もいた。

楽しげに談笑している。

場所は違えど。

昔と同じ風景。


誰にも言わないことだけど。


そこにいる同級生の工藤さんという女子。俺は昔からずっと彼女が好きだった。


こんな話笑われの種だ。 

だから誰にもしない。


彼女は他の同級生の女の子と同じように、土地なまりで話す。そして俺たち男子を、いつも下の名前で呼び捨てで呼んだ。


そこらにいる、地元の気のいい姉さんや、母ちゃんたち、おばさんのたち予備軍だ。


高価な薔薇でも蘭でもないかもしれない。彼女は山野に咲いた野生の花のようだ。


ごめんよ工藤さん。

これは俺の胸の呟きだ。

それでも見たらわかるんだ。

初めて見た時から知ってんだ。


俺が今まで出会った中で。

大勢の女の人に出会う中で。

これから先ずっと変わらない。

彼女は一番の淑女だった。


今も、そう思っている。


ドリンクの入ったグラスをそっちに振る、

小西は楽しげに自分の席へ歩いて行った。


楽しい時間はすぐに過ぎた。

なにしろ俺たち未成年だった。


店にいられる時間も限られてる。


話したことや思い出は尽きない。

そのすべてがくだらない。


俺はそれまでこういう笑い方。

すっかり忘れていたように。

ばかみたいに笑っていた。


みんなそうだ。

担任の明石を囲んで。

あの時みたいに笑ってた。

みんなで最後に写真を撮った。


俺の同級生で死んだやつなんていない。

俺たちは誰かが死ぬなんて考えもしない。


親も兄弟も先生もみんな生きていた。


あれから何年か過ぎた今もそうだ。

同窓会やクラス会は生存確認だな!


「イッチ生きてたんかワレ!」

「お前もな!」


「ところでさケタ・・俺、お前に前から、ずっと聞きたいこと、あったんだけどさ」


「なななんだよ?」


お前なんでケタってあだ名なの?

クラスの誰も知らないんだけど。


「ん?」


「ま、いっか次で!」


ケタは勿論今も元気だ。

地元で生きてるはずだ。

みんな生きてる!


それが青春だ!

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