エピローグ

 結局駅まで送ってくことになった。

 俺はほんの少し、北沢と一緒にいられる時間が長くなってよかったな、と思った。

 思う。

 反対に、北沢は俺との時間をどう思ってくれているのだろうか、と。

 車が行き過ぎる。俺は歩道の車道側を歩きながら、しかし北沢の横顔を見ることができずにいた。

 

 北沢はいったい、どんな表情を浮かべているんだろうか。

 笑っているだろうか?

 それとも怒っているだろうか?

 俺は女々しいなと思った。なにそこまで考えちまってんだ。

 だがそれは裏返せば、俺が北沢のことをそれだけ好きでいるという証拠だ。

 その心に嘘はなかった。俺は北沢のことが好きだ。

 

 だが告白して……いいのだろうか? この思いを伝えてしまっていいのだろうか。

 車のヘッドライトが俺の横顔を照らし、また暗い月明かりに照らされる。

 北沢に今思いを伝えたら俺たちの関係性は崩れ去ってしまうだろう。

 それは俺の望むことではない。

 北沢の歩くスピードはゆっくりだ。だから俺も、ゆっくり歩いている。

 

 疲れているのだろうか? それとも、俺との時間を名残惜しいと思ってきているのだろうか。

 あーくそ。本当に女々しいな。

 一体全体俺はどうしちまったってんだ。ったく、らしくもない。

 と、ふとした瞬間に北沢は立ち止まった。

 

「………………どうしたんだ?」

「私ね、小島くんが小説の師匠になって、よかったなって思ってる」

「そりゃまた、嬉しい言葉だな」

「……へへ、でしょ。ケド小島くんが喜ぶ言葉も、最近じゃなんとなく分かってきたんだよ」

「そうか、じゃあ俺は、お前の掌の上だな」

 

 こんな何気ない会話でずっと、一生、永遠に、取り繕えたらどれだけマシだろうか。

 いつかは答えを出さないといけない。

 俺にはそれが、今日でなければならないと思った。

 俺はなんとなく、北沢もそう感じていると思っている。

 なぜだろうな。

 北沢の考えていることが読めるようになったわけじゃない。

 だが、俺の思考と北沢の思考が似ていることくらい、今までの時間過ごしてくればなんとなくわかってくる。

 北沢は俺と似ている。

 

「空、きれいだね」

「だな」

「小島くんは夜空とか眺めるの好き?」

「唐突な質問だな。まぁ好きだ。っていうか、嫌いな奴なんていないと思うぞ」

「だよね! それ。星空は多分、全人類が好きなものなんだと思うな」

 

 北沢はすらすらと言葉を並べていく。彼女のうっすらとした唇から、その言葉が紡がれていく。

 まるで魔法のようだなと思った。けど、彼女が発している言葉は、ただの世間話に過ぎない。

 それが俺にとっては魔法に聞こえる、というだけの話だ。

 

「私ね、喫茶室『ららら』の窓から見る星空、すっごい好きなの。本読み終わったときとか、執筆一段落したときとかにたまに見上げるその景色に、私はものすごく胸打たれるんだ」

「わかるな、その気持ちは」

「……へへ、でしょ。この気持ちを共有できる人がいてくれてよかったな」

 

 北沢の言うとおり、彼女はなにかが一段落つくと、必ず上を見上げる癖がある。

 

「私の夢、かなうかな」

「かなうだろ。いや、俺が叶えてみせる」

「おっ。小島くん言うねー。けど、頼りにしてる」

「あぁ。充分頼りにしてくれ」

 

 なんと照れくさい会話だろうか。ケド不思議と、顔が熱くなったりとかはなかった。

 まるでそう会話するのが自然かのように、俺たちの間でコミュニケーションが生まれていく。

 この時間が永遠に続けばいいな、と俺が思った瞬間だった。

 俺は口走っていた。


「――俺は北沢のことが好きだ」


 はっ、と気づいたときにはもう遅かった。

 自分でもあり得ないタイミングだと思った。なぜこのタイミングだったのだろうか、と後になって思う。

 

 けど、それが自然なタイミングだったな、と考える自分もいた。

 今言わなきゃ後悔する言葉を、俺は最高のタイミングで言い切った。

 どう答えが飛んでこようとも、俺は後悔しないタイミングで、後悔しない言葉で言った。


 驚いた北沢の瞳がやけに印象的だった。驚くのもむりはないだろう。なんてったって、告白した自分自身も驚いているのだから。

 冷静になって、心臓の高鳴りが増した。

 俺は今北沢に告白した。

 この一年と数ヶ月温めてきた思いを、彼女にぶつけた。

 北沢は星明かりに照らされた顔を真っ赤に染めた。

 それから、

 

「あっち向いてて」

 

 とだけ返ってきた。ちょっと待て。告白の返事がそれなのか。

 

「い、いいからあっち向いててよ」

「な、なぜだ?」

「はずかしいから」

 

 そういうものなのだろうか。俺は改めて考えてみて告白された経験などないから、告白された側はどういう反応を返すのかわかっていなかった。

 北沢への配慮が欠けていた。

 俺は言われたとおりあっちの方向を向くことにした。具体的にどっちがあっちなのかはわからないが、とにかく北沢から視線を逸らした。

 

「…………それ、本気…………でいってる?」

「本気だ。出会った時から、好きだった。

 俺たちが出会った時のことだ。覚えてるか?」

「そ、それはもちろん……覚えてる。あのときは私も緊張してて、ずいぶんと素っ気ないこと言っちゃって。

 け、けど……小島くんよりかは素っ気なくなかったかな」

「おい」

 

 と俺はすかさず突っ込んだ。突っ込んでいい場面かわからなかったが突っ込んだ。突っ込まずにはいられなかったのだ。

 

「………………くすっ………………小島くん、顔真っ赤だよ」

 

 俺は振り向いていいのかわからず、結局振り向かないことにした。『あっち向いてて』と言われてるのは継続中だと思ったからだ。

 

「わ、私の顔は見ないでよ」

「おい、それずるくないか?」

「ずるくありません。小島くんって照れ屋だよね。…………私もだけど」

「聞くが、俺はいつまで告白の答えを待たされるんだ?」

「……」

 

 と沈黙が返ってきた。マズかったか。告白の返事を急かしすぎるのはよくないってことだろうか。恋愛初心者過ぎてよくわからない。

 

「小島くん?」

「…………なんだ?」

「そっち向いたまま、聞いててね?」

 

 心臓の音が耳の裏で激しく聞こえる。もうこのまま倒れてしまうんじゃないかと思った。いやいっそ、倒れてしまいたい。

 もし、告白の返事がダメだったら――

 俺はこれから、立ち直れないかも知れないと思った。

 だぁ。

 そう思うと聞きたくない。

 聞きたくないと思うのに、聞きたいと思う自分もいた。


「私も、小島くんのことが好きだった。もしよければ、私と付き合って下さい」


 俺は約束を反故にした。北沢の方を向いてしまった。

 そこには耳まで真っ赤にした北沢の姿があった。視線はあらぬ方向を向いていて、俺と一切視線を合わせようとしない。

 

「いいのか? 本当に?」

「嘘はつきません」

「い、いいのか、俺なんかで本当に」

「……そ、その、俺なんかって言うのはやめてね。私の好きになった人に、自分を卑下してもらいたくないから」

 

 思う。

 俺のいいところってなんだろう、と。

 北沢が俺に惚れる理由なんてあっただろうかと、女々しいおれなんかは思ってしまう。

 けど実際に、北沢は俺の告白にイエスと返事をしてくれた。

 そう考えた瞬間、今まで考えていたすべてのことが吹っ飛んだ。

 嬉しかったのだ。

 北沢に「私も好きだ」と言って貰えたことが。

 俺は照れくさくなって、頬を人差し指でポリポリと掻いた。いかにも純真ボーイって感じだが、人間照れが先行するとまともな思考などできなくなってダメになることがよくわかった。

 

「握手、とかした方がいいのか?」

「……い、いらないと思うよ。それはさすがに」

「そ、そうか……。いやでも、付き合ったらなにをすればいいんだ?」

「こ、小島くん……。もしかして付き合うの初めて? まぁ、私も初めてなんだけど」

「お、おう……、まぁとにかく、よろしく頼む」

「へへ、じゃあ今度、デートしよっか。そうだな、今度は江ノ島とか行ってみたいな」

 

 俺は唾をゴクリと飲み込む。帰ったらスマホで調べまくろう。江ノ島江ノ島、江ノ島な。

 

「わかった。ほ、他に行きたいところとかあるか?」

「長谷の方のカフェとかにも寄ってみたいかな。行ってみたいカフェあるんだよね」

 

 俺は苦笑した。なんかほとんどのデートプラン、北沢に決められてしまっている気がする。

 

「小島くん、どうしたの?」

 

 北沢が俺の顔を覗き込んでくる。俺は恥ずかしくなって顔を逸らした。

 

「いや、なんか楽しいな、と思ってよ」

「おぉ、小島くん奇遇だね。私もそう思ってる」

 

 それから北沢は、とびきり笑顔で言うのだった。

 

「これからよろしくね、お師匠さん?」

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氷属性すぎる北沢さんは小説家になりたい 相沢 たける @sofuto

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