説得 4

 俺は違和感を覚えた。

 北沢父が笑ったのだ。この厳格の権化とも言えよう北沢父がだ。

 

「なにがおかしいんですかお父さん」

「いや、キミにお父さんと呼ばれる筋合いはないよ。圭一でいい」

「圭一さん、どういうつもりですか?」

 

 俺が問うと圭一さんはまたおかしそうに笑った。

 

「キミ達があまりにも真剣なものだからね。私もつい、乗せられてしまった」

 

 俺は意味がわからなかった。

 そして、だんだんとその意味を理解した。

 つまり俺たちは、圭一さんの掌の上で踊らされていたと言うことか?

 俺は一気に脱力する。

 なんだそういうことか……。

 

「キミ達を試す形になってしまって悪かった」

「お、お父さん……どういうこと?」

「どういうこともなにも、私は最初から、賛成のつもりで聞いていたってことだよ」

「???」

 

 北沢が首を傾げてしまう。むりもないだろう。俺だって首を傾げたい気分である。

 

「厳しく言いすぎてしまったね。私も半ば賛成の気持ちで議論を進めていたのだが、どうしてもキミ達の熱意を聞きたくなってしまって」

「………………な、なんだそういうことかぁ~~~~~」

 

 北沢も一気に脱力したようだ。まぁむりもないな。

 

「本当に、試すような真似で悪かったと思っている」

「お父さん、怖かったよ? け、けど……本当にいいの?」

「いいに決まっている。だが、そうだな、期限は設けよう。高校卒業まで。ひとまずお前には、それまでにデビューを目指してもらう。

 これでいいのだね、少年?」

「え、えぇ。あかねさんなら必ず、やれると思います」

「そうか。キミにそう言ってもらえると心強い。そして、私もあかねならできると信じている」

「お、お父さん? さっきと全然態度ちがくない?」

「すまないね。素の自分、というものがどこにあるのかわからなくて」

 

 俺は拍子抜けする。

 要はこの人、かなり娘を溺愛していると言うことだ。

 娘を溺愛するあまり、心配になって、厳しく接してしまう。

 うーむ、世の父親って言うのは、意外にもこんな感じな人がたくさんいるのかも知れないな。

 

「頑張れよ、あかね。陰ながら応援している」

「う、うん………………! お父さんありがとう!」

「俺からも、礼を言わせて下さい。本当にありがとうございます」

「気にすることはない。なに、これからも娘をよろしく頼むよ。親友クン」

「……っ、その言われ方はちょっとくすぐったい感じがしますけど、ありがたくその言葉は受け取っておきます」

「あぁ。受け取っておきたまえ。それより、受講料は本当にいらないのかね?」

 

 俺は首を横に振った。そんなモンを受け取るわけにもいかない。

 それに、俺がやりたくてやっていることだ。

 

「いりません」

「そうか。恩に着る」

 

 圭一さんも、俺の答えを最初からわかっているようだった。

 

「ま、まったく……お父さんがあんな怖い顔で、怖いことを言うから、私ビックリしちゃって……」

「そうか……。む。私はそんなに怖い顔をしていたか?」

「してたよ。お父さん自覚なかったの?」

「そうか、すまない」

 

 圭一さんはしょんぼりとうなだれてしまう。何にせよ、北沢と圭一さんの方も仲直りしてくれたようでよかった。

 

「では、お暇させてもらうとしよう。代金だ」

「受け取れません。今日はサービスで構いません」

「なに、ほんの気持ちだと思って受け取っておいてくれ」

「………………では、お言葉に甘えて」

 

 俺は圭一さんからお金を受け取った。

 

「私は先に帰ろうと思うが、君達二人はどうするんだね?」

 

 俺は沈黙してしまう。とっさに答えが思い浮かばなかった。

 北沢もまた考えているらしい。

 まだ……時間はあるはずだ。

 その時間を使って、北沢とのこれからのことを話せるかも知れない。

 

 これからのこと……つまり、具体的にデビューに向けて、どう動くのかという話だ。

 デビューするには、だいたい二種類がある。

 ネットで人気を得る、もしくは、賞を取る。

 基本的にはこの二つだ。

 同時並行してやっていくのがベストだろう。

 そのことについても、北沢と話をしなければならない。

 それをおもんぱかっての、今の圭一さんの発言だろう。

 

「ありがとうございます。それじゃあ、ボクたちはお言葉に甘えて、少し喋ってから解散にします。北沢もそれでいいか?」

「うん、もちろん大丈夫だよ。けど、お父さん本当にいいの? 帰りが遅くなるけど」

「構わないさ。親友の人間性も知れたことだしね。彼なら、……まぁ大丈夫だろう」

 

 なにが大丈夫なのだろうか。俺は聞き返したかったが、やめておいた。

 なんかよけいな火種になりそうな気がするのでな。

 

「じゃあ、私はこれにして失礼するよ」

 

 こうして、圭一さんは帰っていった。

 



「……」

「……」

 

 俺たちは無言で向かい合う。

 困ったな。

 話が終わったあとで、いったいなにを話せばいいというのだろうか。

 

「お父さん演技してたんだね。…………もうぅ、びっくりしちゃったよ」

「そうだな」

 

 北沢が場を持たせるために言葉を発した。

 俺は何と返せばいいだろうか。

 

「その……平気か? 俺が小説の師匠続けても」

「あぁうん。ありがとね。嬉しかったよ」

「そうか」

 

 そう言って貰えると助かる。

 俺からしても、勝手に話を進めてしまったのはどうかと思ったのだ。

 

「卒業までにデビューって話、勝手にしちまったけど、それで大丈夫か?」

「うん大丈夫。私、頑張るね!」

 

 ガッツポーズをこちらに向けてくる北沢。

 その仕草がやけに可愛かったので、俺は動揺してしまう。

 

「そうか」

「うん、……あの瞬間の小島くん、すごいかっこよかったよ」

「……」

 

 俺は若干うつむきがちに、その言葉を受け取った。

 何とも気恥ずかしい瞬間である。

 

「あれ? もしかして小島くん、照れてる?」

「照れてねぇよ」

「嘘だよ。小島くん耳まで真っ赤だもん」

「……」

 

 俺は口を噤む。先ほどから北沢にやりたい放題食らっている気がする。

 だが、北沢父を説得するのから解放された俺は、もう疲れ切っていたのだ。

 なんとでも言ってくれ。

 

「小島くんのそういう表情、なんか可愛いね」

「茶化すなよ」

「いいじゃん。私、小島くんのそういう表情、好きだよ」

 

 俺の心臓が跳ね上がる。よしてくれ。俺の心臓はそこまで耐久値が高くない。

 ガラスのハートだが、熱しやすく冷めやすくもあるのだ。

 いやなにいってんだ俺。

 動揺しすぎじゃねぇか。

 

「小島くんは、私との関係性を続けてくれるんだよね」

「そのつもりだ。もちろん、スパルタなのは変わらない」

「そう、だよね。うん、私もそのつもりで、小島くんからの指導受けるね」

「だが、俺はこの関係性が続けられてよかったとも思っている」

 

 それは俺の本心だった。

 もしかしたら圭一さんの説得がなければ、俺たちの関係性はここで終わっていたかも知れない。

 圭一さんはもしやそこまで見透かしていたんじゃなかろうか。

 いや、それはないか。考えすぎだ。

 北沢は外を見ながら、ぽつりと呟いた。

 

「なれるかな……小説家に」

「お前次第だろ」

「そうだよね……。でも、不安なんだ」

 

 北沢は物憂げな表情を浮かべた。

 どうやら本当に不安らしい。

 俺は、何と返してやるべきだろうか?

 俺も不安だ? とかか。

 

 たしかに俺も不安だが、俺が不安であることを彼女に伝えてどうするんだ。

 じゃあ、心配するな、とかか。

 俺には正直、まだ自信がなかった。

 北沢を本当に小説家にできるのか、という自信が。

 あれほどの啖呵を切っておいてなんだが、絶対的な自信はない。

 

 だが、言い切ったからにはやるつもりだ。

 結局、出てきた答えがこれだった。

 

「……さぁな。だが、俺自身の成長も必要なんだな、ってことはわかった」

「どういう意味?」

「お前のレベルが高くなるにつれて、俺の教える側としてのレベルも高くなければならないだろう。そういう意味だ」

「……なるほどね。けど、小島くんならきっと大丈夫だよ」

「そう言って貰えると助かる」

 

 俺と北沢は目を合わせた。数秒も経たずに目を逸らした。

 

「なんか、居心地が悪い」

「……………………だな」

 

 少なくとも今日の一件で、北沢との関係性は大きく変化したと思う。

 悪い方向ではなく、いい方向でだ。

 だからこその、居心地の悪さだろう。

 俺は知っている。

 この居心地の悪さを晴らす方法は、ひとつしかないと。

 

「そろそろ帰るか? 見送るぞ」

「うん、そうだね。ありがとう」

 

 北沢はそう言って、荷物を持って立ち上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る