メンチカツの隠し味
ムタムッタ
あの味には裏がある!
「はい、メンチカツ5個ね〜」
「ありがとうございました」
近所の商店街にある一軒の精肉店。店主であるスキンヘッドのおっちゃんと、その奥さんが営む店。
これといった特徴はなく、揚げたての惣菜はそこそこうまいと評判はあったが、最近になって急に『メンチカツ』が爆売れ。毎日売り切れ必至の状況だ。
かく言う俺もその虜で現在並んでいるんだが……
何割かの客はメンチカツではなく店員に目的があるやつもいるそうな。いや、肉屋のおっちゃんではなく。
「いらっしゃいませ」
ナチュラル
おっちゃんとは最近結婚したらしい。オリビアさんというらしい。
当初は騙されているんじゃないかと噂されていたが、ふたを開ければ真逆。店は繁盛、毎日盛況で休む暇がないとかなんとか。
それもこれもメンチカツ目当ての客が増えたらしいから……だが。
「あら、ミノル君。いらっしゃい!」
「どもっす。メンチカツひとつ下さい」
ようやく俺の番。
おっちゃんと顔なじみだからか、オリビアさんも俺の名前を憶えている。ちょっとした優越感。
「はい、メンチカツ1個」
学校帰りに食べるにも、晩のおかずにも良い惣菜。頬張れば肉汁溢れる絶品。
だがこのメンチカツ、俺が知る限りオリビアさんが来てからの味だ。昔はもっとこう……美味いんだけど『普通に美味い』というくらいだった。
結婚したから張り切ってるのかな?
にしても『美味くなりすぎ』なような……
B級映画なんかにあったような……
突然店の肉料理が上手くなるとかなんとか……まさか、な?
真相を知るのは数後日のことだった。
ちょっと遅れた学校の帰路。
メンチカツを買いに行こうとおっちゃんの店に寄ってみれば、『臨時休業』と閉まったシャッターに張り紙。健康第一のおっちゃんが珍しい。
しかし軒先からは香ばしい匂いが漂っている。残り香とは思えないそれに、体は店の裏口へ向かってしまった。
……何か試作しているに違いない。
頭では覗いてはダメだと分かっているのに、戸に手をかけてしまう。
「はぁぁあああああああああああ!」
「もっと! 愛を込めて!」
激しい音と男女の声。
想像とは違う、なにかとんでもない現場に思わずを乗り出した。
そこに待ち受けていたものとは……!
おっちゃんが手を光らせてひき肉と野菜をひたすら混ぜ合わせている。
オリビアさんは先にできたのであろうタネを揚げながら、おっちゃんへ叱咤。
「は?」
「まだまだ、それでは2倍のまま! 愛情の魔法は足りないわ!」
「うぉぉぉぉ愛情10倍だぁっー!」
何を見せられているんだろう。
めちゃくちゃ良い匂いがするし、空腹を刺激されるんだが、メンチカツの謎は深まるばかり。
「──ッ、何奴⁉︎」
わずかに開いた戸に、4つの眼光が集まる。やべ、逃げよう。
特にやましいことはないんだけど、夜の闇に紛れて撤退。メンチカツの口のまま晩飯を終え、メンチカツの口のまま一夜を過ごすのだった……
翌日、肉屋は通常営業。
学校の帰り道、匂いに釣られて来てしまった。
「お、ミノル君! 今帰りかい?」
「えぇ、ちょっと腹減ったんで。メンチカツひとつください」
「あいよ〜」
いつもレジはオリビアさんなのたが、今日はおっちゃんが立っていた。行列が捌けたあとなのか、店先に人はいない。
「今日の仕込み分ラスト! ほい、100円ね」
早速かぶりつくと、この前よりもより強い旨味が口内を満たす。外はサクサク、中はジャーシーを10倍にしたような……
「うま」
「へへっ、昨日カミさんと改良しててな。お〜い、ミノル君もうまいってさ!」
「美味しいのはあなたの魔法のおかげですよ」
店の奥から現れたオリビアさんは、ちょっと照れくさそうに微笑む。仲睦まじい姿にあてられながら、ふと昨日のことを思い出す。
『まだまだ! それでは愛情の魔法は足りないわ!』
『うぉぉぉぉ愛情10倍だぁっー!』
深くツッコむのはやめとこう。
おっちゃんの愛情10倍メンチカツ……
そりゃ美味いわけだ。
メンチカツの隠し味 ムタムッタ @mutamuttamuta
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