侵・宇宙歴2024年

mamalica

侵・宇宙歴2024年

「死光帝陛下、お目覚めでございますか」


 黒曜の輝きを放つ小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーンに問うと、しばし後に返答が在った。


【……我が息子、ダイ・ラオ・ガウド・ジュナ・アルオ……。そなたとまみえるのは、二万年ぶりのようだな……】


 宙に浮く小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーンの表面近くの空間が歪み、真紅の渦が浮かび、その奥から重い息継ぎ音が発せられた。


 26789番目の死光帝の末皇子は、漆黒のマントを羽根のように揺らし、恭しく膝を付く。

 身を覆う鎧は、船外のそらよりも暗く碧い。

 

 背後に控える一万人の従士たちの鎧も同じ色だ。

 死光帝の言葉に平伏し、首元の一対の触手を振り、畏敬の念を表す。


 偉大なる『死光帝グラハド・ラオ・ガウドロ・ジード・ロウ』――。

 数多の星を侵略した帝国『死鴛の星を見る者ガルガンドーラ』を、九千万年に渡って治める王帝である。

 降伏した星の住人たちは改造され、皇子や兵士たちの鎧となり、纏う者の命の糧となる。

 鎧の生命力が尽きると、宇宙に廃棄されるのだ。



【……ダイ・ラオ・ガウド・ジュナ・アルオよ。地球の様子は?】


「ようやく、宇宙に進出を始めました。進化の遅い愚種族……さらなる進化を待つのは、愚策と考えます。星ごと砕くのが妥当かと」

 

 皇子は思わせぶりに答えたが、死光帝は拒否を示す唸りを上げる。


【ならぬ。地球種族の牡人は、鎧として活用せよ。牝人は、種の存命に利用せよ】


「かしこまりました。では、今しばらく監視を続けます。死光帝陛下、午睡あそばされませ」


 皇子は立ち上がり、拝礼した。

 死光帝の息継ぎが収まったのを確認し、空間を裂いて転移し、自室に戻る。


 

 部屋の床も黒曜に輝き、壁と天井には宇宙が映し出されている。

 果ては見えず、沈黙だけに支配された場所だ。


〈父王陛下も老い召された……〉

 皇子は、流れる星を銀の瞳に映す。

 

 『死鴛の星を見る者ガルガンドーラ』も、永遠では無い。

 死光帝は『命の小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーン』に意識を移して存命しているが、兄皇子たちの半分以上の命は尽きた。

 残る兄皇子たちも、支配下の星で余生を過ごしている。

 体が、星間航行に耐えられないのだ。


 小三角六辺形二十面体スル・アイコリード・ラーンを造った技師も既に亡く、後代の技師たちは、表面の装甲パネルを交換することしか出来ない。

 意識を移した内部ユニットの構造は、解析不能な失われた技術ロスト・アキュアなのだ。


 地球種族の新鮮な命なら、滅びへの道を辿り始めた『死鴛の星を見る者ガルガンドーラ』を救えるかも知れないと、重臣たちは考えている。

 いや、救って欲しい――。

 皇子も、そう願わずにいられない。

 

 だが、地球種族は未熟だ。

 文明の進化と、種の進化は比例する。

 身分低き民も宇宙に移住できる――

 その程度の文明の進化を遂げた種族の命でなければ、役に立たない。

 

 皇子は、高位の従士を『念』で呼ぶ。

 たちまち、従士は跪いた姿勢のままで出現した。

 その忠義ぶりに感謝しつつ、脱いだマントを渡す。

 

「我は、地球種族の監視に出向く。我が鎧を頼む」

「承知いたしました。しかし、皇子殿下が直々にお出向きとは、何とも羨ましい下等種族でございましょう」

「手間のかかる奴らよ。だが、偉大なる我が帝国の糧となる種族だ。我が眼で確かめねばならぬ」


 皇子は直立したまま――己の『力』を体の中心部に収縮させた。

 意識は速やかに体を離れ、地球上に生成していたユニットに転移した。






「おはよう、有人あるとくん」

 隣に住む同級生の三島千花が、にこやかに手を振った。

 ショートボブヘアに、セーラー服が良く似合っている。

 皇子も、笑顔全開で手を振る。


「千花ちゃん、おはよう。今日から高校生だね」

「うん。有人あるとくんと同じクラスになれるかな」

「小学校から、ずっと同じクラスだったからね。神様のイタズラかも」


 皇子は、のほほんと話を逸らす。

 僕の能力で、同じクラスになるようコントロールしました――とは言えない。

 

 彼女に、自分の正体が知れてはいけない。

 地球種族の若い娘に本気で恋していることも、故国に知れてはいけない。


 まあ、地球種族が『ペット』と呼ぶ生物と戯れるようなものだ。

 バレた時は、そう言い訳すれば良い、



「千花ちゃんは、部活に入るの?」

「茶道部にしようかと思ってるの。文化祭では、着物を着てお茶を点てるんだって」

「じゃ、僕も入ろうかな」

「良かった~。有人あるとくんが一緒なら嬉しい!」


 天真爛漫に微笑む彼女は、とても愛らしい。


 

(いいさ。侵略なんて、まだ先の話だし。父上だって、いつまで存命できるか)

 

 故国のことを隅っこに追いやり、手のひらを差し出すと……少女は遠慮がちに、その指先に触れた。

 皇子は、優しくその手を握る。

 それは、とても温かい。

 とても、心地が良い。


 桜散る道を、二人は並んで歩く。

 四月の空は、とても爽やかで――青い。

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