第40話 長耳教会
エレナが、深々とため息をつきながら階段を降りてきたので、僕はスマホのスクロールの手を止めた。
「母さん、アレンはどうだった」
「……どうやら、すっかり落ち込んじゃってるみたいです」
「そうか、まぁ、当然だな」
スマホでパブサしたところ、どうやらあの試合は、相当な話題になってしまっているようだ。
アレンを馬鹿にする意見はまあいいとして、純血のエルフは男性器が小さいといったなんら根拠のない誹謗中傷が飛び交っている。
「なんということだ! 純血エルフでありながら、劣等種にあれほどの恥をかかされるとは!!」
怒りのあまり、拳で机を叩きつけると、エレナがびくんと肩を震わせる。僕は「ああ、いや、すまない」と
「……長耳様は、アレンを所望されないのでしょうか?」
「……どうだろう。まだ利用価値があると思っていただけているのなら、なんとかなるかもしれない」
順調に『この探!』で一位になったら、純血エルフでありながら劣等種のガキに負けて、恥晒しになった過去を洗い流し、アレンを長耳教会の大幹部に据えてくれるという話だった。
だから、あの変態パンティ男が一位になった時は焦ったが、
「せめて、アレンを長耳教会に入会させなくては……これ以上、純血エルフを穢すわけにはいかないんだ!」
この穢れた世界は、人種でヒトを分けるべきではないなんて馬鹿げた考えを持っている。そのせいでアレンにもエルフ以外の友達ができてしまったようで、
「……逆に言えば、今回の件で、アレンの人気も落ちるでしょうし、自分の立場を奪われてしまうのではないかという長耳様の不安も解消されるでしょうから、入会を許可してくれるかもしれませんよ?」
「おい!!! 長耳様がそんなチンケな不安を抱えるわけがないだろう!! アレンと長耳様じゃあ文字通り格が違うんだ!!」
「……その本人が言ってたんですけどね」
エレナが何か呟いたが、今は聞き返している暇もない。
「ともかく、誠心誠意の謝罪が必要だ。ほら、いくぞ」
僕は新聞をたたみ、家の戸締りを確認した。
向かうのは、長耳教会の総本山【長耳神殿】だ。
⁂
日本でも有数の宗教団体である長耳教会の総本山は、新宿区にある。このような土地にこれほど立派な神殿を建てられることからも、長耳様の教えがいかに正しいかを証明していた。
僕たちは警備員の方に挨拶をしてから、本殿に向かって歩き出す。
重厚な扉を開くと、赤い絨毯の先にいる祭壇に、長耳様は座っていた。
僕たちは、一歩一歩進むごとに服を脱ぎ、長耳様の御前で全裸になると、自分の隣に服を綺麗に畳み、全裸土下座した。
「……面をあげい」
真っ赤な髪の毛に、真っ赤な瞳。齢150歳でありながら、16歳の青年のような若々しく見目麗しい外見。
彼こそ、長耳教会の教祖にして、正真正銘、混ざりっ気ない純粋なエルフ。
本名を呼ぶことは許されていないので、長耳様とお呼びすることとなっている。
長耳様は、お美しい顔をお怒りに歪めて
「せっかく儂の魔法によって、お前らの子供を赤毛赤目にしてやったというのに……なんたる体たらくよ」
長耳様は足を振り上げ、僕の頭を思い切り踏んづけた。
ああ、なんとありがたい……赤く染めているが、本当は汚いオレンジの頭を、高貴な
長耳様のおかげで、劣等種の血が混じった僕とエリカの子は、あんなに綺麗な赤髪に産まれた。それだけじゃない。劣等種であるヒストリア同士の夫婦でさえ、エルフの血が混ざった子供を授かることができるのだ。
これを魔法と言わずに、何が魔法って言うんだ!
「良いか。儂らエルフはこの世界の頂点に立つべき存在なのだ。それが、一番の劣等種であるヒストリアに負けるなど、あってはならないことなのじゃ!
「はい、はい、大変、申し訳ありません!」
ガンガンと僕の頭を踏むだけ踏む。視界が真っ赤だが、当然回復魔法など使わない。少しでも長く、長耳様から与えられた傷を負って生きたい!
しかし、致命傷に至る前に、足蹴が止まってしまう。がっかりしたのも束の間だった。
「ともかく、これ以上あの変態パンティ男を放っておくわけにはいかんな」
「そ、それでは! あの男を抹殺していただけるんですね!!」
僕が顔をあげると、長耳様は「誰が顔を上げて良いと言った!!」と僕の顔を踏んでくださる。そして、深々とため息をついた。
「それは無理じゃ」
「え?」
長耳様は、眉間を抑えてやれやれと首を振る。
「気づいておらんのか? やつは絹塚迷宮だ」
「ラビ、リンス……」
……ああ、思い出した。いや、思い出さないよう記憶に蓋をしていたのだ。
僕の可愛い可愛いアレンに、初めて土をつけた
「だったら尚更、長耳教会のためにも殺すべきです! どうか、
僕は赤絨毯に頭を擦りつけて、長耳様に懇願した。
「バカめ。それならとうの昔にやっておる。アレンが初めてやつに負けた時にな」
「……え?」
顔を上げると、長耳様はご尊顔を苦々しく歪めながら、吐き捨てるように言った。
「結果、啓蒙部隊は壊滅だ」
「かい、めつ……?」
そんなバカな……有名探索者も多く所属する長耳教団の啓蒙部隊の武力は、武闘派クランに匹敵すると言うのに!?
「当時10歳のガキに、うちの自慢の啓蒙部隊が壊滅させられたのだ。おかげでここ数年、啓蒙が進まなくていい迷惑だわい……それから一年したあたりで、なぜかやつが表舞台から消えたおかげでことなきを得たのじゃがな」
長耳様はぐりぐりと僕の顔を踏み躙りながら、真剣なお顔でこう言った。
「やつはただのヒストリアじゃない、ただの化け物じゃ。長耳教団の武力を持ってして、制圧するのは無理じゃ」
「そ、それでは、あのような存在を放っておくというのですか!!!」
思わず叫んでしまう僕の口を、長耳様が蹴ってくださる。歯が折れて、ヒストリアが混ざった僕の汚い血がボタボタ垂れた。
ああ、身体が浄化されていくのが実感できる!
「放っておくわけがないじゃろう。奴自身を殺せなくても、配信者として終わらせてしまえば、これ以上劣等種どもを調子づかせなくて済む」
「ふぁ、ふぁすが長耳さま!!!」
「……だが、お前のいうことも一理ある。あのようなヒストリアが存在するというだけで長耳教団にとっては、どうせなら殺したいのぉ。やつという存在そのものが、ヒストリアこそ人種の底辺であると言う我々の教えに背いておるからの」
長耳様は深々とため息をつくと、立派なお耳をポリポリと掻いた。
「あまり気が進まないが、奴らに依頼を頼むか」
「奴ら……」
「暗黒龍一門だ」
「っっっ!!!」
暗黒龍一門。日本どころか、世界に名高い闇クランだ。
「奴らは、ダンジョン探索者ともMMMAの格闘家とも一線を画す、殺人に特化したプロ中のプロ。そして、高くはつくが、金さえ払えばどんな依頼も受ける……絹塚迷宮と言えど、奴らの手にかかれば、無事ではすまんだろうよ」
「……ありがとう、ありがとうございます!」
これほど信者思いの教祖様が、未だ嘗ていただろうか。ああ、本当に、長耳教団の信者になれてよかった!
「それでは、儂は今からエレナに直々に教育を施す。お前は帰ってろ……ああ、それと、今回のアレンのファイトマネー、ちゃんと教団の口座に振り込んでおけ」
「はっ!」
長耳様はエレナの髪の毛を掴み、祭壇に手をつかせる。僕はもう一度深々と礼をしてから、服を着て本殿から退出した。
「……ふふ、ふふふ、ふふふふ! さすがは長耳様だ!」
これで、あの憎き絹塚迷宮を抹殺することができる! ざまぁみろ、絹塚迷宮!!!
――――――――――――――――――――――――――――――――
これにて第一章完結となります!
ストックが貯まり次第、第二章を開始しますので、それまでお待ちいただけますと幸いです!
ネタ系ダンジョン配信者の俺、面白いと思ってひのきのぼうでドラゴン倒したら、最強探索者ランキングで一位になりました〜おかげで登録者爆伸びですが、俺はあくまで動画の面白さで評価されたい!〜 蓮池タロウ @hasu_iketarou
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