禁じられた推し活
ねむたい
禁じられた推し活
『推し活』
2次元、3次元関わらず、好ましいと思ったアイドルやキャラクターなどの「推し」を、愛でたり応援したりする活動のこと。多くの者たちの生きる糧。
アイドル、VTuber、アニメのキャラ。立体であろうが平面だろうが、色んな彼らを推し、みんな平等に大好きだと公言できていた。
――そう、高校生になるまでは。
※※※※
「……あ、宿題、忘れてきちゃった。おっちゃん、ちょっと待ってて!」
わたわたと廊下を走り行く、ポニーテールがゆらゆらと揺れる由利の後ろ姿。
押子は「ゆっくりでいいよー」と声をかけつつ、昇降口へ向かう同級生の波に逆らって休憩所のベンチに座り、バッグからスマホを取り出した。
何気なしにSNSを立ち上げると、すぐに目に入ったのは、一年間療養中であったアイドル『獅子田レオ』の復帰を告げるツイート。
彼女はあまりの嬉しさに飛び上がり、人目も気にせず隣の自動販売機の側面をベシベシ叩く。
そして早速、フォローしようとボタンを押しかけ、はっと我に返る。
――危なかった。また彼に、呪いをかけてしまうところだった。
思わず自嘲気味に笑いながら、後ろ髪を引かれる思いで、フォローボタンから指を離した。
あれはちょうど一年前。高校に入学してからしばらく経って、人気絶頂中の『獅子田レオ』の推し活をしていた頃、彼がライブ中にステージから落ちたのが始まりだった。
その後、まるでドミノ倒しのようにSNSで推しと公言していたアイドルやインフルエンサー、芸能人たちが突如、怪我や病気、スキャンダルに見舞われ、休業や事務所を退所してしまったのだ。
そして、彼らのような生きた人間だけではなく、アニメや漫画といった2次元のキャラクターまで、何の脈略もなくストーリー内で死んでしまったり作者が書くのを辞める。
押子も初めは、ただの偶然だとムリヤリ思い込んでいた。
そんな呪いみたいなこと、あるわけがないと。
しかし半年前から、SNSでフォローをするだけで、相手に何かしらの不幸が訪れるようになった。
「野球部の
明るくおしゃべりだった押子は、次第に暗い表情で口を閉ざすようになり、友人たちや推し活仲間も離れていった。
唯一、側にいてくれたのは、幼馴染の由利だけ。
美人で華奢、話も上手。陸上部の副部長も努めており、クラスでも人気の彼女。
なんの突出したものもない、平凡でオタクで口下手な自分と友達でいてくれるのか。押子は心から感謝しつつ、少々不思議に思っていた。
(あー、もー、むしゃくしゃする!)
病みツイート用の裏アカウントを引っ張り出し、うらみつらみを書き連ねていく。
その時だった。
「あー、いたいたー」
間延びした男子の声。そして、顔を伏せてスマホにかじりついていた押子の視界の端に、裾が余った黒いズボンがピタリと止まった。
恐る恐る彼女が顔を上げると、目の前に立っていたのは。
「君が『この推し活できない』ちゃんでしょ? このだらだら文句ばっかり書いてるやつ。馬鹿みたいに正直なアカウント名で良かったよ」
小柄ながら着崩した大きめのブレザー、両耳に輝く10個のピアス、不健康さながら真っ白な肌と対照的に真っ黒なサングラス。
上津高校に通うものなら誰でも知っている
愛想笑いを浮かべて彼女は立ち上がり、生返事と共に彼の横を通り過ぎようとしたその時、がしっと腕を掴まれた。
「僕は信じるよ、君のこと」
その耳元で囁かれた艶のある声に、押子はびっくりして立ち止まった。
「推し活できなくて困っているんだろう? 僕にその十字架、ちょうだいよ」
彼女は不躾な手を振り払い距離を取るも、にんまり顔の彼の顔を凝視しつつ、背を向けることはしなかった。
「十字架……?」
「まぁ、呪いみたいなもんだね。僕はそれを集めているんだ」
――呪い。
彼ははっきりと、そう言った。
「僕には、君の心の中に埋まった十字架が見える。呪われるほど嫌われているなんて、君も大変だね」
からからとあっけらかんとした笑顔を浮かべる彼。無性に腹の立った押子が「一緒にするな」と叫びつつ、拳が出そうになったその時、由利が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「おっちゃん、行こ」
彼女は遠慮がちに「仁見君、ばいばい」と声をかけつつ、怒り心頭の押子の手を握ってその場を立ち去った。
彼は無言のままにこやかな笑顔を浮かべ、手を振りながら二人をしばし、見送っていた。
次の日の昼休み。
押子はすさまじい速さで部活棟の階段を駆けあがり、一番奥まった教室の扉を思いっきり開いた。
カーテンも窓も開いているのに薄暗く、まるでキノコでも生えそうな程にじめっとしていて、室内の半分は壊れた机や椅子がおおざっぱに積み上げられている。
その中に埋もれるように、優雅なクラシックと共にコーヒーをたしなむ彼がいた。
「やぁ、おっちゃん。待っていたよ」
ミカは優雅に自分の向かいの席に座るよう促し、押子は不機嫌な顔のままドスドスと足音を鳴らして、その席にどかっと座った。
昨晩、押子の裏アカウント宛に、一通のDMが来たのだ。『みしぇる』というアカウント名で、『明日の昼休み、オカ研の部室で待ってる』という内容が。
「……アンタにおっちゃん呼びされる筋合いないんだけど」
「まぁまぁ、嫌われ者同士、仲良くやれそうだから良いじゃないか。僕のことはみっちゃんって呼んでも良いよ」
妙に嬉しそうな様子で、彼女のコーヒーを淹れ始めるミカ。
まるで宇宙人と話している気分だ。押子はため息と共に眉間に寄ったシワをもみほぐし、さっさと話を切り出した。
「ねぇ、私は本当に、呪われているの?」
「うん、昨日も言ったじゃないか」
「というかそもそも、呪いなんてホントにあるの?」
「あるよ。何で無いと思ったの?」
存在するか否かの追及はさておき、青筋が浮いたこめかみを落ち着かせるために、押子は大きく息を吸って本題に入った。
「仁見君はこの呪いの解き方、知っているんだよね? だから、その、何でもするから、お願いします!」
この際、神でも悪魔でも、遅れてきた中二病電波君でも誰でもいい。
押子は座ったまま深く頭を下げると、彼はマシュマロを頬張りながら二つ返事で了承した。
「その代わり、君の十字架を僕に頂戴ね。おっちゃん」
「だからおっちゃんって呼ばないでってば」
非難の声をあげる押子をスルーし、彼は「早速捜査開始だ!」と張り切った様子で立ち上がった。
※※※※
残り10分で昼休憩も終わるという瀬戸際にて、押子とミカは体育館の壁に張り付き、不良のたまり場となっている裏庭をのぞき見していた。
「ふーん、あの金髪ギャル子が容疑者その1か。中学時代に推し活の仕方でケンカして、それからずっとバチバチしていると」
「くだらなくてサイコーだね」と純粋に面白がるミカに対して、イライラゲージが急上昇したものの、押子は何とか自分を取り戻した。
「ていうか、見ただけで分かるって、ホントなの?」
「もー、君は疑り深いなぁ。『人を呪わば穴二つ』って言葉の通り、呪いってのはかけたほうも呪われるんだ。僕の目にはそれが映る」
押子は適当な生返事を返し、彼女に視線を向けた。
小学校からの推し活仲間で友達だった
――また仲良くなりたい。何度もそう、思っていたが。
押子が真下のミカに視線を移して話しかけようとした時、ようやく異変に気が付いた。
「なんだぁ? てめぇ、コラ」
いつのまにか彼は、ガンを飛ばす不良たちに囲まれながら、化粧中のまま動きを止めた姫美の目の前に立っていた。
「あー、違う。君じゃないや」
「おじゃましましたー」と、さっさか踵を返して立ち去ろうとしたミカだが、案の定、不良の一人に胸ぐらを掴まれてしまった。
「おい、生意気に無視してんじゃねーよ! ぶん殴られてーのか、てめぇ!」
にんまり笑顔を浮かべたまま動かないミカに、拳を振り上げる男子。
押子はとっさに彼の名を呼び、駆けだそうとしたその時、ごうと大きな風が吹いた。
まるでつむじ風の中にいるように、石礫や小枝が不良たちや姫美を襲う。彼らは小さい悲鳴を上げて顔を隠す中、ミカは身軽に避けながら押子の側まで戻って来た。
「さぁ、そろそろ授業が始まっちゃう。次は放課後、君の家でね」
茫然とする押子をおいて、さっさと歩き出すミカ。
「あ、そうそう。呪いが解けたら、あのギャル子ちゃんに話しかけたらいいよ。君たち、よく似てるから」
慌てて追いかけ、そんなこと言う彼に真意を求めるも、うまくかわされてしまった。
そして、あっという間に時が経ち、空が鮮やかな橙色に染まる頃。戸田家の自宅前。
押子とミカ、そして、何故か由利まで一緒であった。
「いやー、嬉しいなぁ。僕、友達の家に遊びに来るなんて初めて」
両手を上げて相好を崩したミカは、押子を差し置きさっさと家の中に入ろうとしている。
「ねぇ、おっちゃん。仁見君とどういう関係なの? なんか、弱みでも握られちゃったの?」
どこからか噂を聞きつけてきたのか、わざわざ部活まで休んでついてきた、怖いぐらいに険しい顔の由利がずずいと距離を詰めて来る。
「しかも、アイツまでおっちゃん呼びしてるし……私だけの呼び方だったのに……」
「え、えっと、仁見君に勉強を教えてもらうことになって……ほら、私、数学が壊滅的に出来ないじゃない?」
「それなら私だって教えられるのに! なんでわざわざ他の子になんて……」
引きつり笑いで苦し紛れにごまかしつつ、押子はその剣幕にビビりながら由利と距離を取り、「おっちゃん、早く開けてー」と子どものように文句を垂れるミカの元まで慌てて走った。
押子は由利も招き入れ、居間を覗いた。朝と同様に、執筆作業中のこんもりとした後ろ姿。
容疑者その2。推し活自体はしたないと否定する、押子の父であった。
押子に気付いた彼は「おかえり」と言いつつふりかえると、にこやかに手を振るミカの姿を見てピタリと動きを止めた。
「これからみんなで勉強会するから、テレビの音、あんまり大きくしないでよ」
押子はそっけなく言い、二人に階段を上がるように告げ、彼女は台所へと向かった。
「お、おい、誰だあの男は。父さんはそんなこと、あんなこともこんなことも許さんぞ!」
「なに言ってんの、由利もいたでしょ。気持ち悪い事言わないで」
後を付き纏って渋る父親を押子は適当にあしらい、ペットボトルのお茶とコップ三つをお盆に乗せて、自分の部屋へと向かう。
(……いや、でも、あの父さんが呪いに手を出すなんて考えられないよなぁ。頭の固い学者センセーだし)
階下から父親の視線をヒシヒシと感じながら、押子は大きなため息をついた。
(……でも、他に心当たりがある人なんて……無意識のうち、嫌われるようなこと、しちゃったのかな)
足取り重く階段を上り、お盆を器用に持ったまま、自室の扉を開けた。
「やぁ、おっちゃん、あっさりと事件解決だよ」
相変わらず胡散臭い笑顔を浮かべたミカと、ぐったりと床に倒れ伏す由利。
そして天井いっぱいに張り付くのは、どでかい真っ黒な蛇とコウモリであった。
その光景を一気に視てしまった押子は体の力が抜け、廊下にへなへなと座り込む。手にしていたお盆と飲み物が床に落ちるかと思いきや、ミカの影からぬるりと現れた真っ黒な三又の尻尾を持つ猫が、尻尾を上手く使って器用にキャッチした。
「そうそう、君に1つ訂正しなくちゃ。嫌われていたんじゃなくて、その真逆だったって」
「……真逆?」
するすると粒子になるようにコウモリが解け始め、絨毯の上にころりと手のひらサイズの銀色の十字架へと姿を変えた。
赤い目をした黒い蛇が音もなく壁を伝って床を這い、それを咥えて彼の影の中へと消えていった。
黒い猫を従え、サングラスを外した彼が、呆けたままの押子の目の前にしゃがんだ。
「でも、彼女の想いは僕が貰うから、その答えは一生闇の中かもしれない」
「ごめんね」とわらって謝る彼の赤い瞳。縦に長い瞳孔。まるで、ヤギのようだと押子は思った。
そして、気付けば彼の姿はどこにもなく、まるで一夜の夢のように儚い夕日が窓から差し込んでいるばかりであった。
※※※※
とある日の昼休み。
幽霊が出ると噂の旧部室棟をドタドタと走り抜け、がらりと大きな音を立ててオカルト研究部の扉を開く者がいた。
「ちょっとどういうことよ! なんで私、オカ研に入部してることになってんの!?」
相変わらず、彼は優雅にコーヒーをたしなんでいる。その傍らには、黒い蛇と三又尻尾の猫がのんびり微睡んでいた。
「だって、君、呪いを解いたらなんでもしてくれるっていうから。推し活できるようになって、友達とも仲直り出来たんだろう?」
「う、そ、それは……感謝してるけど……」
「だからその対価に、僕の十字架集め、手伝ってもらおうと思って」
サングラスを外したままの彼は、まるで悪魔のように美しく、艶やかに微笑んだ。
「なんでもするなんて、そうそう言っちゃだめなんだよ、おっちゃん。さぁ、歓迎会だ! お菓子パーティーでもしよう!」
押子の背後の扉が一人でに閉まり、蛇がにょろにょろと、猫がトテトテと近づいてくる。
「い、いやー! クーリングオフ! 消費者庁助けて―!!」
そんな悲痛な叫びが、誰も立ち寄らない部室棟に響き渡った。
禁じられた推し活 ねむたい @nemunemu_i
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