秘密
柚緒駆
秘密
俺は鳩だ。街の片隅や公園で日々餌を拾って暮らしている鳩だ。ただ俺には『秘密』がある。俺の目にこの世のあらゆる秘密を見通せる能力があることを人間は誰も知らない。
そんな俺に、ある日この世のあらゆる出来事を感知できるカラスの婆さんが言った。
「今日、ここが世界の中心になるよ」
「こんな田舎町が世界の中心だって?」
婆さんの能力を疑ってはいないのだが、あまりに突拍子がない。
しかし婆さんは俺の態度など気にならないのか、遠い目で空を見つめた。
「ようく見ておくんだ、おまえのその目でね」
俺と婆さんの止まる電線の下には交差点がある。そこをいま、お使いにでも行くのだろうか、白いシャツの少年が渡っていた。俺の目が秘密を捉えた。
――この少年が死ねば、第三次世界大戦が始まる
「なっ」
どういう連鎖が起こるのか知らないが、こんな田舎町になんでそんな
――犯行がバレていないだけで、過去二十人を殺害したシリアルキラーだ
「お、おいちょっと待て。いまコイツが少年に目を付けたら……」
予感というのは悪い方に当たるモノである。シリアルキラーを中心とした不良グループは少年を取り囲んだ。
「なあ坊や。面白いこと何かないか」
これに、よせばいいのに少年は毅然とした態度で相手をにらみつける。
「あなた方が何を面白いと思うのか、僕にはわかりませんので」
「へーえ、格好いいね」
シリアルキラーの目が輝いた。
だがそのとき。
「待ちたまえ!」
不良グループの背後から声がした。振り返ればそこには、明らかな中年太りの体に魔法少女キャラのコスプレをしたピンクのカツラの眼鏡の男。その場に居た者たちは一瞬呆気に取られたが、俺の目だけは彼の秘密を捉えていた。
――彼こそは人類最強の
「悪いことはやめなさい! 魔法少女ぷりりんフェイスがお仕置きしちゃうぞ!」
シリアルキラーの関心はコスプレおじさんに向かったようだ。これは、いけるか?
だがその瞬間タイヤのスキル音を立てて、中型トラックが交差点に左折してきた。ろくにブレーキをかけていないようで車体がバランスを崩している。
交差点周辺にいた者たちは、慌てて歩道へと跳び戻り難を逃れた。だが咄嗟のことに間に合わなかった命が一つ。
いつの間にか道を渡っていた、まだ幼い子猫が暴走トラックにはねられてしまった。
このとき、俺の目は見た。子猫の秘密を。
――あの子猫が死ねば、人間の心からあらゆる足枷が失われる
俺の目には『秘密』が見える。だが世界の未来は見通せない。
「なあ、この世界はどうなるんだ」
俺のつぶやきに、カラスの婆さんは答えた。
「世界は滅びやしないよ。ただ人間の社会が消え去るだけさね」
交差点からは悲鳴と血のニオイ。これが一瞬で世界中に広がることは間違いあるまい。もう公園で撒かれたパンくずを食べる日々は帰ってこないのか。俺はやがて世界を包むだろう
秘密 柚緒駆 @yuzuo
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