秘密売りのAI
セントホワイト
秘密売りのAI
「ここら辺……だと思うんだけどなぁ」
私はネットの噂を頼りにして東京近郊の、いわゆる地方都市を散策していた。
普段はどこよりも人通りが多い東京に行き、変わった人を取材したり新しく出来た場所を取材したりしている動画投稿者だ。
まだまだ新米だからか鳴かず飛ばずの登録者数のため知名度は低く、企画も撮影も編集も宣伝も何もかも自分でやらなければならない。
でも不思議なもので、新しい出会いや面白い場所を見つけられるのは私の楽しみになりつつあるので辞めようとしても何となく続けられていた。
「やっぱ、もっと詳しく調べておけばよかったかも……」
手に持った撮影用のスマホの他に、普段から使っている数年前に購入した型遅れのスマホでスクショした情報を改めて観る。
匿名希望を名乗る誰かたちが話をする提示版が賑わっていたのは過去のこと。今は行き場の無い者たちのネットスラムにも似た様相を示していた。
普段は面白そうな話などないが、私はとある書き込みを見つけて昨日は読み耽っていた。
「秘密売りのAI……いないじゃん」
書き込み情報を頼りに薄暗い路地裏まで来たがそれらしい姿は影も形も見当たらない。
幾つもの目撃したという書き込みを頼りにここまで来たが、個人での裏取りは実際に行ってみることでしか確認できないので恐らくまた騙されたのだろう。
「はぁ。帰ろ」
行き止まりの壁に大きな溜息を吐いて肩を落として来た道を戻ろうと振り返ると―――
「こんにちは。なにかお探しでしょうか?」
――― 突然背後の壁から声が聞こえてきた。
顔を上げて振り返れば壁には映像が投影されており、そこに映るのはホテルやデパートなどにいるコンシェルジュ風の格好をした女性だった。
しかし一目で解ってしまう。彼女が実在している人ではない相手だと。
「アナタが噂のAI?」
「すみません。質問の内容がよく分かりません」
「詳しく入力しろってこと? アナタがネットで噂の秘密を売るAIなの?」
壁に投影されている彼女は瞼を閉じて考える素振りをしながら数秒経つと、検索が終わったのか彼女の瞼と口が開く。
「はい。私は皆様の秘密を取り扱っているAI、インフォメーション・シークレット・サービスを担当しています。正式名称はありませんが、ミールとお呼びください」
「ミール?」
「はい。以前に来られた方が名付けられました。検索したところ過去にソビエト連邦が打ち上げた国際宇宙ステーションと同じ名前のようですね」
「
名付けた奴は壊滅的なセンスの持ち主に違いないと思いながらも、ここに来た目的が達成出来そうだったので良しとする。
撮影用のスマホを改めて構えて壁に映し出された彼女を撮りながら質問する。
「それでミーム。私が知りたいのはアナタが秘密を売るAIっていう話が本当か嘘かってことなの」
「本当です」
「じゃあ証明して?」
「それではお取引を開始しますが、先にサービスについてのご説明をお聞きになりますか?」
取引という言葉に口には出さなかったが有料なのかと思わず悪態を吐きそうになった。
普段はAIの使用は無料で出来る範囲までしか使っておらず、それを最初から有料プランとなると、どれほど請求されるのか分からず及び腰になってしまう。
大抵こういうAIは海外製のため、請求されるのはドルだったりするので少々値が張るし支払方法も決まっている。
しかし検証するためには実際にお金を払ってみなければ分からないとくれば、まずは騙されたと思って飛び込むことも大事だろう。
何よりこうして実際に噂のAIは存在しているのだから、試してみなければ動画には使えないしここまで来た意味がない。
「分かった。じゃあ説明を聞かせて?」
「承りました。ではご説明に入らせて頂きます。サービス内容は特定の個人、団体、組織に至るまであらゆる情報にアクセスすることの出来る私が金額のプランに応じてお客様に秘密をお売りすることが出来ます」
「あらゆる情報?」
「はい。デジタルタトゥーと呼ばれる完全には消せない過去情報。根も葉もない噂や中傷などの特定の個人を対象とした情報から、組織や団体の議事録や名簿、決算書、または室内につけられた正規、非正規の監視カメラの映像なども取り扱っています。簡単に纏めてしまうと、ネット環境が繋がっている場所に保存してある物であればお客様に提供できるということですね」
「そ、それって……凄すぎじゃない?」
お金さえ払えばあらゆる情報にアクセスし、例えば有名企業の内部データを持ち出せてしまえたらそれだけでお金になる情報だ。
それに人には生きてたら隠したい過去の一つや二つは確実にあり、それすらも何処かで保存されていれば完全には消すことが出来ない。
つまり有名人の消したはずの秘密すら簡単に取得することが出来てしまい、この情報化社会で最も突出した力のあるAIだといえる。
「ありがとうございます。情報をお売りした際に、取得した元データを破棄するか否かはお客様が決めることが出来ます。これはデジタルタトゥーと呼ばれる物も完全に消すことが出来ますのでお客様に大変ご好評を頂けているサービスです」
「つまり、アナタに頼めば個人PCに保存されているデータも破棄できるってこと? でもネットに繋がってない外付けタイプのHDDとかは?」
「デジタルタトゥーなどの過去に該当する商品は一年間の保証付きタイプのサービスプランもあります。購入後、一年以内であれば世界中の外付け型のHDDもインターネットに接続された段階で破棄することが可能です。そのため購入された商品は世界中でお客様ただ一人が所有することになります」
「じゃあ将来的なものは?」
「将来に該当する商品は選択制となっています。こちらは不確実性を孕んでおりますので元データを消去するかはお客様の判断を仰ぐことと設定されております」
淡々と同じ説明口調で壁に映し出されたコンシェルジュ風のAIは語る。
明らかに犯罪臭がするが、それを差し引いても凄い技術だと思う。
悪用されることが大前提のようなAIは、欲しいと思った情報を簡単に取得できる悪魔的なコンシェルジュだったのだから。
しかし問題は価格だ。自分の個人情報ならば安く得られるかもしれないが、他人や組織の情報となると間違いなく値が張るに違いない。
「だいたいアナタのことは分かった。それで価格は?」
「はい。お値段は約十ドルからとなっております。現在の日本円に換算すると約千五百円ほどとなっています」
「やっぱりそれぐらいするか……」
自分の所持金でも買える範囲となると、どんなに最高額を出せたとしても十万円が限界だろう。しかも明日からバイトの給料が入るまで最近高くなっているモヤシ炒め生活になってしまう。
「私が出せる金額は十万までなの。どんな情報が買えるの?」
「はい。それでは一覧を出させて頂きます」
AIが画面に表示させてきた一覧を見れば、大半は自分の今までのことばかりが並んでおり、その横に金額が提示されている。
例えば自分が過去に閉鎖した纏めブログやアカウント名を変えていた他のSNSなどの情報も入っていた。
しかし、その中で一際目立っていたのは【情報A(仮称)】というタイトルで金額が少しずつ上がっているモノがあることだ。
「この金額が上がってるモノは?」
「はい。これはライブ映像となっていますので金額が上がっています」
「ライブ映像……ってまさか!?」
「はい。現在のお客様の映像を撮影しております」
投影されている画面に表示されたのは、スマホの内と外に取り付けられたカメラ映像だった。
値段は今も上がり続け、すでに日本円に換算された数値は九万円を超えており慌てて録画を止めた。
そうすることで金額は確定し、約九万七千円という金額が表示された。
「それではお客様。アナタの秘密、買いますか?」
それはまるで最後通告のように。ニッコリと笑いかけるAIの顔が今も忘れられない記憶として残っている。
秘密売りのAI セントホワイト @Stwhite
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