10時30分、始まりの鬨 5

 ────午前十一時十一分。

 有と魅明の後方、12C地点。

 防衛隊、流・織芽サイド。

「タイミング的に、雲雀達の方も遭遇戦、って訳じゃなさそうね」

 雲雀と碧羽の斥候隊が奇襲によって分断され、それとほぼ同時に、有と魅明の狙撃隊も補足していた敵斥候隊からの攻撃を受けた。

 狙いは恐らく、流と織芽の無力化と、弘海学園のコンソールフラッグの位置情報だ。防衛隊の位置が不明な為、斥候隊と狙撃隊を攻撃して動きを観察し、そこから防衛隊の凡その位置を把握するつもりなのだろう。

「ヒバりん、そっちの数は?」

 狙撃隊が補足したのは四人だが、もうあと二、三人は、左右から回り込んでいる可能性もある。斥候隊を攻撃した奇襲部隊の人数を把握しておきたいところだ。

『視認五、銃声八。分断後は私の方に三人来てる。多分、視認出来てなかった方だと思う』

「うわぉ」

 となると、最低でも十二人を前線に投入していることになる。弘海学園の様に部員数が少ないならまだしも、上限十五人が出場している中でコンソールフラッグの防衛を三人でとは、随分と思い切った作戦だ。

 しかし、人数差があると分かっているならば、力任せの戦術も高い効果を期待できる。実際に今の状況は、弘海学園側には相当厳しいものだ。

「守りが薄いなら、勝負を仕掛けたいけど………」

「場所が分からないし、多分罠でしょ。相手も部隊を三つに分けて、その内二つが交戦中。コンソールに近付けば、反転して包囲されるよ」

 そうよね、と唸りながら、木々の隙間を縫って走る織芽。しかし、何れにしても、このままでは勝利は無い。どこかで活路を見出さなければ、また初戦敗退となってしまう。

「ヒバりん、現在位置は?」

『ハイキングコースを抜けて東に進んでる。多分有達の前に出る。敵は振り切れてない』

 無線の向こうで銃声が響く。木々が遮蔽となっている為、まだ雲雀に当たってはいないらしい。

 雲雀の報告通りなら、彼女を追っているのは三人。有達の前に出てくるタイミングで叩けば、一人二人程度ならば人数を削ることはできるだろう。

 しかし、問題なのは碧羽の方だ。

「あおっち、そっちは?」

 碧羽に呼び掛けるが、返答は無い。一応、逃げたと思われる方向から複数の銃声が響いてくる為、まだ逃げられてはいるらしいが………

「あおっち。会話出来る状態じゃないなら、今からする質問に、指定する単語で応答お願い。追手の展開状況が分かるなら………えっと、全部分かるならグリーン。分からないならレッド。一部だけ分かるならイエローで答えて」

 余程追い詰められた状態なのだろう、と察した流は、単語だけでのやり取りを試みる。その単語に色を選んだのはその場の勢いだが、聞き間違いを防ぐという意味では、悪い手ではない。Aをアルファ、Bをブラボー、Cをチャーリー………と呼称する様なものだろうか。

『わ、っぷ………イ、エロー!』

 暫くの後、碧羽が答える。無線越しでは知り様も無いことだが、この時の碧羽は、盛大に顔面を木の枝に突っ込ませる寸前だった。

「じゃあ、自分の後方百八十度を六十度ずつくらいで分けて、分かる範囲の敵の位置を、ライト、レフト、センターのどれかで答えて」

 ルールはある程度覚えたと言っても、競技用の座標を暗記する程ではないだろう。ならば、正確な位置把握よりもまず、碧羽に伝わり易い手法を取るのが望ましい。そもそも、追われている状態で正確な座標を割り出す余裕など、余程の熟練者でもなければ難しいものだ。

『センター、レフト………うわ、ちょ、危なっ!』

 完全に、フィールドの端に追い込む動きだ。このままでは、碧羽は十分と経たずに退場となるだろう。

「おっけ。追い込まれてもいいから、被弾を避けて逃げ続けて。次、ヒバりん。10Eまで進んだら、そこからフィールド南西端に向かって。あおっちの追手を挟撃出来たら上出来」

 それまでに碧羽が撃たれていなければ、多少なりとも形勢は傾く筈だ。尤も、一色高校との練習試合の時とは違い、碧羽が一人で五人に追われている状況である。雲雀が間に合うかどうかで、この後の作戦難易度は大きく変わってくるだろう。

「最後にゆっちとノグっちゃん。ノグっちゃんは北側を警戒、ゆっちはヒバりんの追手を狙撃。一人でも削れたらそれでいい。そっちに織芽を送るから、引き付けておいて」

 つまり、コンソールフラッグの防衛に残るのは流一人だけ、ということだ。何れにしても防衛戦が可能な程の人数はいないが、だとしても得策とは言い難い。肉を切らせて骨まで断たれる可能性の方が、圧倒的に高いだろう。

 織芽を有と魅明の下へ送るのは、彼女が秘密兵器的な扱いをされているからではない。銃の扱いだけならば、流の方がまだ長けている。しかし、織芽は所謂器用貧乏だ。何処にいても一定の動きが出来るならば、自分よりは援軍に向いているだろう、と考えてのことだった。

 流の指示を隣で聞いていた織芽が、即座にコンソールフラッグの追従先を流に変更する。

「新人戦の時とは別人ね。毎晩毎晩、チェスに付き合わされた甲斐があったわ」

 大会の為に、と指揮能力を向上させるべくチェスを嗜んだらしい流。しかし、決して無意味とは言えないが、盤上から敵味方の配置を確認でき、双方の手番が交互に回ってくるチェスの腕前が、指揮能力に直結するかは疑問だ。

『流。ベストとかを脱いで行きたい。10Eに放っていい?』

 雲雀の得意とする地形は、市街地などの人工構造物が密集したフィールドだ。それでも、重い装備を脱ぎ捨てれば、このフィールド内でも移動能力は上がるだろう。

 雲雀が態々確認を取ったのは、試合中では相手の装備を使用することが認められているからだ。無論、戦闘不能となった選手は速やかに退場することが求められるが、"死亡した"という判定になる為に、他の選手が見ている間は死体を演じなければならない。

 これはルールというよりマナーの問題になるが、兎に角その死体を演じている間は、グレネード類を含めて、退場した選手の装備を使用することが許される。

 雲雀が装備の大半を一時的に手放すならば、拳銃ハンドガン機関拳銃マシンピストルをメインに持ち替えることになる。つまり、BM59 パラは置いていくことになるのだ。下手な場所に放置しては、相手に使われる危険がある。

 尤も、池政高校の装備は第三次大戦中にも実戦配備され、使用されていた物ばかりだ。アタッチメント類も豊富で、メインは安定性と信頼性の高いM4のバリエーションがいくつか。弾薬を節約したい、という理由くらいでは、態々雲雀が好む銃は使わないだろう。

 しかしそこで、碧羽から無線が入る。

『こっちに五人来てるなら、私がこのまま引き付けておけば、敵チームは十人になるんでしょ?で、その内七人が雲雀とか古宮さんの方にいる。相手コンソールの位置を探るなら、今だと思うけど?』

 現状打破という一点のみに焦点を合わせれば、それが最善だろう。だが、元々六人しかいないチームだ。一人欠けただけでも、作戦の幅は狭まってしまう。

 付け加えるならば、碧羽を囮としたところで、恐らくはコンソールフラッグの位置を特定するまでの時間稼ぎには、足りない。四百メートル四方の狭い空間とは言っても、そこから子供程度の大きさの直方体を探すとなると、相当な時間を要するだろう。

 数秒考え込んだ流は、ふむと一つ頷いて、碧羽の案を採用することにした。どちらに転んでも背水の陣にしかならないならば、攻勢に出る方が得策だ。

「おっけー、あおっち。悪いけど、できれば十分くらい粘ってて。その後は、こっちが囮になるから」

 流と織芽がこのまま北上し、雲雀、有、魅明と合流すれば、戦闘区域内の人数差は二人となる。五対七であれば、十分に勝機は生まれるだろう。

「コンソールを囮にする、ってこと?」

「うん。めっちゃ危ないけど」

 織芽の呆れ顔に、苦笑で返す流。コンソールフラッグと共に合流すれば、雲雀の装備を運ぶことができる、というメリットもある。

 自陣コンソールフラッグを囮に、雲雀を追う三人、そして有と魅明を追う四人を釣り上げる。

 六人しかいない弘海学園には、元より勝機など無いに等しい。ならば、骨を断たせて首を落とす、というのも一興だろう。

 攻撃の要となるのは、恐らく雲雀と有だ。二人の戦果次第では、十分後に白旗を挙げている可能性もある。

「それじゃあ、作戦名は"ベロボーグの手引き"でいこう」

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OPEN-FIRE 来国アカン子 @kushiroshiro

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