10時30分、始まりの鬨 4
「
試合時に支給される腕時計型のデバイス、通称"ミリカフ"は、時刻を表示する他に、試合の残り時間を示すタイマーやマップなどの機能を有している。試合開始時にはそのマップに対戦校の侵入地点が表示されるのだが、これがコンソールフラッグの初期位置となる訳だ。
池子・十二所果樹園と銘打たれてはいるものの、この仮設フィールドの大半は、十二所果樹園側にある。池子側は極僅かなエリアのみで、最低限地面の補強などはされているが、そこでの戦闘は危険が大きい。その為、池子・十二所果樹園仮設フィールドでは、大抵の場合は建物のあるやや西寄りの中央で決着がつくのだ。
「ハイキングコースの前半部分には売店とか管理棟とかの建物があるし、ヒバりんが動き易い場所ってなるとそこかな?」
確かに、雲雀を攻撃隊の主軸とするならばそれが最も良い方法ではあるが、相手も防衛が比較的容易な屋内を狙ってくるだろう。有の狙撃を活かせなくなる、というデメリットも大きい。
「鉄塔?ってやつの上から狙ったらダメなの?」
「高いところってのは悪くないけど、そこから撃つと目立つかな」
碧羽の提案を却下する流だが、他にこれといった案も無い。
「………えっと、これでいい………のかな?」
コンソールフラッグの上部にキーを挿し、空中に浮かぶ制御盤を操作していた魅明が、『自動追従歩行』を選択する。そして側面のスキャン装置に織芽のBCMDを近付けさせて、追従相手を彼女へと設定した。
桜山演習場の仮想コンソールフラッグは固定式だったが、実物は違う。自陣コンソールフラッグに自陣キーを挿し込むことで、歩兵随伴ロボとして使用することができるのだ。EDFiGも搭載しているが、コンソールフラッグ自体はニューペクター弾での破壊は不可能とされている。
四つの脚で織芽に追従するコンソールフラッグを見て、魅明が「可愛い………」と頬を緩ませる。可愛いかどうかは微妙なところだが、便利な機能ではある。照明装置も付いているのだが、こちらはあまり、使う機会には恵まれていない。
「どうせなら、熊野神社もフィールドに入れればいい」
四百メートル四方では狭過ぎる、と不満げな雲雀に、流がいやいやと手を振って、実現不可能だと呆れる。
「仮設フィールドじゃ流石に管理できないって。文化遺産で試合するようなもんだし」
「秘境なんて言われてるだけあって、足場も悪いからね。それに、色んな団体が黙ってる筈ないわ」
正式なフィールドとして設計されている場所の中には、一つの町を丸ごと、という広さのものもある。それらは試合以外では普通に住民が生活しているのだが、史跡や文化遺産のようなもの────神社や寺などの建造物は、外側だけを模ったものだ。祀る神もおらず、歴史も何も無い。
しかし、一部では本物の文化遺産がフィールド兼観光地として利用されている例もある。端島、通称軍艦島もそうだ。
「さて、っと。まずはコンソールを隠さないとね。それと偵察。防衛は私と織芽、斥候にヒバりんとあおっち。ゆっちとノグっちゃんは、まずは南東の鉄塔から相手の反射光を中心に索敵してくれる?」
「どこに隠すの?」
「ん-。取り敢えず左回りに進んで、南東部分で待機してるよ」
少人数による弊害は、既に如実に表れている。弘海学園六人に対して、池政高校は十五人。双方が部隊を三つに分けたとしても、全ての場面で人数差というディスアドバンテージが出てくるのだ。
これではどうしても、コンソールフラッグの防衛を捨てなければ行動すら儘ならない。フィールドの端は包囲され易い為に危険極まるが、流と織芽の二人だけでは、どちらにしても守り切ることなど不可能だ。
「予備マガジンとか物資とかは、コンソールに乗せておくから。適宜こっちに合流して、補給を忘れない様に」
といっても、完全に三方向へと別れる為、それも難しいだろうが。
「よし。じゃあ、行動開始」
────午前十時五十五分。
管理棟や売店が置かれているエリアの西、5I地点。
斥候隊、雲雀・碧羽サイド。
「これ、この時期に着ていいやつじゃなくない………?」
カモフラージュシートをギリースーツ替わりにした碧羽が、森の中で北側を警戒しつつ汗を拭う。
公式の試合は、例外なく中継される。出場校が無名であったとしても、だ。見られることを考え、気合を入れてメイクをしてきた碧羽だが、汗を拭けば多少なりとも崩れてしまう。
数十年前は秋がスポーツに適した季節だとされていたが、今の日本には秋など無い。長い夏と着込む必要性の薄い冬の間に、紅葉などが僅かに見られるだけだ。
故に、スポーツといえば冬、というのがこの時代の常識である。
尤も、その常識は、疑似近代戦闘には適応されない。球技を含め、多くの競技が空調を完備された屋内で行われる様になったが、疑似近代戦闘のフィールドは広大だ。
短い春も、長い夏も、季節と呼ぶには短過ぎる秋も、凍てつく程ではない冬も。春雨や梅雨や台風の時期も。全てに於いて、疑似近代戦闘は様々なフィールドで行われる。適した季節、適した温度というのは、少なくとも日本では感じることができない。
碧羽と同じくカモフラージュシートを被った雲雀が、木の上から、ハイキングコース前半部分に建つ建物たちを監視する。
管理棟は二階建てだが、他は全て一階しかない。数も少なく、辛うじて防衛に使えそうなのは管理棟だけ、といった具合だ。
『こちら、こみや食堂看板娘ー。未だ敵影確認できずー』
廃鉄塔の上から索敵しているらしい有から、無線が入る。ハイキングコース全体を見られる程の高さという訳ではない為、あの場所からではあまり多くの情報を掴めないだろう。
『了解。ゆっちとノグっちゃんは、フィールドの端を大きく回って私達の北側に移動して』
『りょーかーい』
『ヒバりん、そっちは?』
「見えない。私達が来る前に管理棟に入ったか、中央を抜けてるか。東西に展開してる可能性もある」
開始直後の索敵を廃鉄塔の有達に任せ、その後は防衛に就かせる。その後は索敵と攻撃を身軽な雲雀に任せてしまおう、という判断らしい。
「雲雀だけ仕事量多くない?」
斥候隊として動き回る雲雀の負担が大きいのでは、と無線の向こうへと待遇の改善を要求する碧羽。彼女も雲雀と同じく斥候隊の筈なのだが、その点は含まれていないらしい。
だが、碧羽の文句は正しいとは言い難い。
確かに、雲雀と碧羽の役割は"フィールド全体を密かに動いて敵影を探す"というもので、負担が大きい様に映るかもしれない。しかし、コンソールフラッグの防衛を僅かな人数で行いつつ、指令も出さなければならない………というのも、大変な重労働なのだ。
加えて、有と魅明は斥候隊と防衛隊の双方に気を配って、可能であれば支援をする必要がある。雲雀だけが、特別仕事量が多い訳ではない。
「少人数なら、それぞれの負担が増えるのは当たり前。私は気にしてない」
雲雀の言葉に、碧羽が渋々頷く。そして伺い見る様に、若干緊張しているのか、何時もよりも若干表情が硬く見える友人の顔に視線を向ける。
「そういえば、今日はいつものじゃないんだね」
雲雀の手の中のライフルを指して、碧羽が何気無しに言う。
普段は
「ベレッタのBM59 パラ。BM59の空挺部隊向けモデル。折り畳みストックと短銃身はロマン」
ベレッタ、と碧羽が呟く。
「雲雀がいつも持ってる………えっと、拳銃とかも、その"ベレッタ"ってやつだよね。なんか、名前可愛いね?バレッタみたいで」
碧羽は致命的なミスを犯してしまった。
銃に興味の無い人間が、銃好きとの会話を弾ませようとして、一つでも質問しようものなら────
「ベレッタに興味あるの?」
こんな具合で、ずずいと顔を近付けてくるのだ。
もう一度言おう。
碧羽は、致命的なミスを犯してしまった。
「ベレッタ………ファブリカ・ダルミ・ピエトロ・ベレッタは、元を辿れば五百年以上の歴史がある、マスケットも製造していた家から始まった銃器メーカー。第一次大戦中にイタリア最大のメーカーになった。一番有名なのはやっぱり92だけどサブマシンガンとかライフルにも可愛い子は沢山いて、私のお気に入りの93RとかM84とか、あとは
『ヒバりーん、試合中だよー』
『オープン回線で講義を始めないで。せめてこっちに聞こえないようにして』
無線越しで突然の講義に対して抗議され、雲雀は「ごめんなさい」と小さくなる。
「まぁ、その、なんていうか。後でゆっくり聞くよ」
苦笑しつつ雲雀の肩に手を置いて、碧羽は今後の方針について相談を始める。
雲雀があまり得意ではない長物を持ってきたのは、中距離の撃ち合いが発生するだろうと予想した為だ。実際に、今はこうして、少し距離を置いて建物たちを監視している。
中距離での銃撃戦となると、
何故ならば、仮設フィールドを含んだ一部の試合会場では、手榴弾が使えないのだ。景観を守る為と、清掃の手間を省く為である。
当然ながら、殺傷力のあるブービートラップなどを使えば犯罪で、待ち伏せても銃を撃つか、或いは接近してナイフを使うくらいしか方法が無い。
故に、交戦距離が長くなると考えて、フルオートのBM59 パラを持ってきた、という訳である。
「相手も斥候は出してる筈。既に発見されてると考えた方がいい。直線移動は避けて、木を遮蔽にして移動しよう」
「分かった。どこに行く?」
雲雀は顎に手を当てて少し考え、東を指した。
「防衛隊との距離を空け過ぎず、近付き過ぎない範囲。このフィールドの中央付近で、敵を探す」
了解、と碧羽が雲雀の後に続いて、足を動かし始める。
────午前十一時七分。
流と織芽を南に背負う、13F地点。
狙撃隊、有・魅明サイド。
「────いました」
展望台の南東に移動した二人が、敵影を捕捉した。
「こちら、こみや食堂看板娘ー。敵影捕捉ー。見える範囲だと、四人が北側に扇状に展開してるー」
有が無線で報告をして、スコープを覗く。
一人二人ならば倒せなくはないが、こちらの位置を教えることになる。かといって後退すれば、防衛戦が下がって負け戦だ。
さて、どうしようかな────と有が右手の人差し指を遊ばせていると、無線から緊迫した声が響く。
『こちら斥候隊、敵部隊の奇襲を受けて分断された。碧羽が南のハイキングコース上に追い込まれてる』
池政高校は、既に弘海学園を捕捉していたらしい。流石というべきか、全員公式試合初参加の雲雀達と違って、索敵能力に優れているようだ。
しかし、援護は不可能だ。人数差もあるが、何よりも今、有達の数十メートル前には別部隊がいる。ここで射撃を行えば、背後の流達が発見されてしまう可能性が高い。尤も、このエリアからでは、どちらにしても援護射撃は難しいだろうが。
「────あ、」
双眼鏡を覗いていた魅明が、小さく声を上げる。異変を感じ取った有が彼女の足を掬って転ばせると、魅明の頭上を銃弾が掠めていった。
「めいちゃん、無線で報告よろしくー」
牽制射撃を行いつつ、魅明に交戦開始の報告をさせる。
「こ、こちら狙撃隊。撃たれました」
『こちら防衛隊。ダメージは?』
「へ?あ、いや、当たってはないですけど、」
『報告は簡潔に、かつ誤解を生まないように的確に、だよ。ノグっちゃん』
すみません、と謝罪する魅明。しかし今はそのような場合ではない。
有は数発を撃ってから、場所を変えるべきかと判断して、魅明の腕を掴んだ。そして無線で、現状を全体に共有する。
「こちら狙撃隊、敵と交戦ー。損害無しー。包囲される可能性があるので、一度南西に回ってひーちゃん達と合流を図りまーす。おーばー」
『こちら防衛隊。了解、こっちも移動を始めるよ』
古い無線と違って、疑似近代戦闘で使われるものは、話す側と聞く側が同時に言葉を送ることができる。故に「オーバー」で締める必要性は皆無なのだが、有はこの状況でも落ち着いたものだ。
先手を取られちゃったか、と魅明の手を引きながら、有は溜め息を吐いた。
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