本気で
狐条 茜
本気で
朝の5時30分。けたたましいアラームの音で黒柳京子は目を覚ました。女子高生にしてはあまりにもいかつい電子機器が散乱する部屋でタオルケットを蹴り飛ばす。昨晩枕元に置いていた飲みかけのコーヒーを飲み干し、立ち上がる。京子は床に寝たせいで凝り固まった背中をほぐしつつ300万円を費やしたパソコンを起動させた。目の前に垂れてくる黒く染めた髪を払いながら画面をのぞき込む。
「あー、今日だったか」
カレンダーに書かれた今日と明日の日付に赤い丸印が付いている。京子は小さくため息を吐きながらメールをチェックする。モデル関連の案内メールが多い。新規でメールは来ていないようだ。
『予定変更なし。明日、足を搬送します。よろしくお願いします』と吉野秀作宛にメールを出して京子はパソコンの電源を落とした。両手首にある鎖で縛られたような痕をさすりながら部屋を出た。
「あ、林原さんまたそんなの見てんの?」
小馬鹿にした声が頭上から降ってくる。その声に反応して林原と呼ばれた女子は机から顔をあげた。林原夢穂――背は女子高生の平均よりも低いが、可愛らしい面立ちをした男子に人気のあった女子生徒だ。彼女の手には今月発売された夏のファッション雑誌が握られている。
「夢穂、うちらもう高2よ? もうモデルなんて・・・・・・諦めたら?」
「そーそー。今高校生でモデルやってるやつなんてもっと小さい時から雑誌載ってるんだぜ。ぽっと出のやつが入る余地なんてないし入れたとしてレベル違うだろ」
夢穂の机の周りで女子3人が話しかけてくる。周囲を拒絶しても、それでも絡んでくるしつこい3人だった。夢穂は強く雑誌を握りしめる。歯を強く食いしばり、いつも通りに好き勝手言ってくるこいつらにまた文句を言おうと立ち上がる。
そのとき、夢穂の携帯が鳴動した。発信元は株式会社サンフラワー。モデル事業最大手の会社からだった。夢穂は女子3人の壁を崩し、携帯を持って廊下へと飛び出した。
「夢穂、本当にまだモデル選考受けてるんだ」
「ねー、今の発信元見た? サンフラワーだってー」
「はぁ? めっちゃ大手じゃん え、電話かかってくるってことはまさか、受かった・・・・・・?」
なわけないじゃーん、と3人は夢穂のいなくなった机でゲラゲラと笑う。しかしその中で1人、黒柳京子は悲しげな瞳で夢穂の机を眺めていた。
「はい、はい・・・・・・っはい。・・・・・・はい、ありがとう、ございます」
教室から飛び出した夢穂は屋上で電話にでていた。夏場のぬるい風がほおを撫でる中、夢穂は体中の空気を盛大に吐き出した。
スマホを握る手が震え、目と胸の奥が熱く苦しくなっていく。
夢穂は力なく屋上の柵にもたれかかった。何度目の落選連絡だろうか。
「小5から受け始めたから・・・・・・もう6年かな? やっぱり才能ないのかな・・・・・・」
友人への憧れから持ち始めたモデルへの興味。綺麗に見せる努力は絶えず惜しまず行ってきた。ただの仲良しで持ち始めたモデルへの興味は夢穂の中ですでに夢へと変わっていた。
「京ちゃん・・・・・・モデルになるのって難しいね」
ある日突然、人が変わったかのようにモデルを辞めた友人の名前を呟き夢穂は屋上を後にした。
その日の放課後のことだった。
黒柳京子らに絡まれながらも何とか帰路についた夢穂は、自身のスマホが小さく鳴動したのを感じた。風通しの悪いジメっとした裏路地へと足を運び、夢穂はスマホを起動した。
着信はメールが1件。知らないアドレスからだった。迷惑メールの類だろう。夢穂はそう思いながらメールを開く。最近の夢穂は迷惑メールに対して罵詈雑言を書き送り返すという行為をストレス解消のためにしていた。今日は何を書こうか、記憶の整理をする夢穂の視界にメールのタイトルが表示される。
「え・・・・・・嘘・・・・・・」
そこには、『私たちと一緒に足モデルになりませんか』とタイトルが書かれていた。足モデルなどに興味を示した記憶は夢穂にはなかった。しかし、モデルの3文字はそんなことを意識させるより早く彼女の心をガッシリと捕まえる。
気づけば、夢穂はそのメールに対して返信をしていた。『応募を受け付けました。選考については下記サイトを確認ください。』短くそれだけが返ってくる。夢穂は迷わずサイトを開き日程や場所を確認していく。個人情報などの入力が必要でないことに関しては何の疑問も持たなかった。気づかぬうち、夢穂の焦りは自身の猜疑心を殺していた。
「ん、選考明日じゃん! お母さんに交通費借りなきゃ。あ、時間もお昼からかぁ・・・・・・学校も休まなきゃな」
夢穂はその場から全速力で家へと帰り、母親である優芽に嘘混じりの事情を伝えた。
それを聞いた優芽は柔らかな笑顔で休校を了承する。
「6年目だもんね、頑張ってらっしゃい」
「う、うん・・・・・・ありがとう」
夢穂は自室に入り、トロフィーと写真の並べられた棚を見る。相当な数の習い事を小学校1年生からやってきて、賞を取れたのは全て小6の時だけ。私の努力が一番実りやすいのは始めてから6年後。母はそれに期待している。お金も時間もかけて。だから私は、頑張らなくちゃいけない。今回こそ、受からなきゃ。夢穂は自身をそう鼓舞して眠りについた。
翌日、午後13時30分。夢穂は酷くボロいアパートの前に立っていた。試験会場らしからぬ雰囲気の建物を見て、再度メールに目を落とす。
『7/14 14時~
場所 〇〇市XX 3-11 △△アパート301号室』
住所は合っている。アパートの名前も間違っていない。インターネットで検索するも出てくるのは同様のボロアパートの写真。
「え、本当にここなの・・・・・・?」
今まで受けてきたオーディションはどこも質素であったが最低限の綺麗さを持っていた。外観から入場を拒否するようなところは一つもなかった。夢穂は帰りたくなるような思いを胸に押し込み、今日こそモデルになる、と強く一歩を踏み出した。
「え、本当に会場はここ・・・・・・?」
今日何度目かわからない疑問の声を夢穂はあげた。
どう見てもオーディションをするようには見えなかったのだ。
床には畳、部屋の隅には汚れた布団が敷かれ、冷蔵庫とテレビが布団と反対の場所に置かれている。部屋を狭く汚くした旅館の様だ。そして極めつけは――
「ああ、来てくれたかい」
――部屋の中央で不気味な笑みを浮かべるよれよれのスーツを着た肥満体型の男だった。豚だ。夢穂は真っ先にそう思った。
「今日は、お、お願いします」
最悪な気分を噛み殺しながら夢穂は頭を下げる。男は下種のような笑顔でその光景を見下ろす。
「はい、お願いします。じゃあ奥行こうか」
男はふがふがと鼻を鳴らしながら部屋の奥へと進んだ。
夢穂の手に自身の手を絡ませて。手を繋がれた夢穂は鳥肌がたつのを堪え、必死に笑顔を繕う。ここで落ちたらもうチャンスはないかもしれない、そんな焦りを胸に一歩、また一歩と夢穂は足を進める。
出口の扉と少しの距離ができたタイミングで男は足を止めた。
「そういえば、自己紹介をしていなかったね。おじさんは、
「林原・・・・・・」
ぞわぞわと嫌な予感がしてきたと夢穂は思った。今更になって頭が冷静でなかったことを認識した。夢穂はこのまま本名を名乗っていいのかわからなくなり、口をつぐんだ。
その様子から何を察したのか一太と名乗った男は興奮したように口角をあげ、夢穂にすり寄った。瞬間、夢穂は踵を返し、全速力で扉へ駆けた。5歩もない距離。少し踏み出せばドアノブに手が届く。
「あうっ」
しかし、夢穂の手は扉に届くことはなかった。瓶の割れる音とともに夢穂が床へ倒れ込む。いつの間にか一太の手には割れた瓶が握られていた。
「へっ、そう簡単に逃がすかよぉ。俺の200万円ちゃん」
荒立たしい息を吐きながら一太は倒れた夢穂に馬乗りになる。
一太が発する言葉の意味を夢穂は理解できなかった。しかし、一太の次の行動を見て何かを悟ったのか夢穂の一太をどかそうとする手が力なく垂れる。
「あいつらにはさ、足が綺麗な状態であれば別の部位がどうであろうと気にしないって言われてるのよぉ」
一太は1人語りを始めながら自身のスーツを脱いでいく。わがままで汚らしいボディが下敷きになっている夢穂に押し当てられる。
やめて、その一言を言う力さえも、今の夢穂にはなかった。
「モデルになろうって若い女子がいてさ、足が無事なら何してもいいって言われたらよぉ、おじさん、興奮しちゃうよなぁ?」
一太の手が夢穂の服を脱がせていく。抵抗はない。一太の下腹部が大きくなっていく。それを夢穂は死んだ魚の様な瞳で見ていた。
「でもよう、あんたも頭悪いよな。あんな怪しいメールに釣られて怪しさ満点のとこに入ってきて。情報の裏付けとかとらないの?」
「・・・・・・モデルになれるって書いてあったからきた」
「・・・・・・どれ、もう少し詳しくおじさんにここに来た経緯話してみ」
一太は夢穂をたたまれた布団の上に座らせ、自身は玄関の前に腰を下ろした。びっくりしたような、不思議なものを見るような、そんな目で夢穂は一太を見た。
「犯さないの?」
「さあな。あんたの話が面白かったら何もしないでこの部屋から出す。あとから言い訳はいくらでも作れるからな」
豚の言うことは信用できないが、これはチャンスだ。夢穂は深く息を吐き、ぼつぼつと今までのことを話し始めた。
「・・・・・・へぇ。6年もか、確かに焦っちまうよなあ。あんな怪しいメールでもなりふり構わず突っ込んでいっちゃう訳だ」
「・・・・・・はい」
一太は驚くほど真剣に夢穂の話を聞いていた。これは本当に出れるかもしれない、そんな希望が夢穂の中に芽生え始める。
暗かった瞳が光りを取り戻していく。
「これは、ここに来た全員に似たようなこと言ってるんだけどよ・・・・・・あんた、本当はモデル目指すの心のどこかで諦めてるだろ。もう義務感というか周りに言ってしまったから引き下がれなくなってるだけだろ。本気で夢追ってる奴はこんな適当に動きやしない」
核心だった。今まで言語化してこなかった事実。胸の奥底でずっと否定しつづけていた言葉。
「ふ、ふざけないで! 私は本当にモデルを・・・・・・」
「目指してるって? どこがだよ。おじさんは少なくともそうは感じなかった。こんなカスみてえなおじさんがそう感じるんだ。
オーディション見てる奴なんてもっと鋭敏に感じてるはずさ」
怒りがふつふつとこみ上げる。夢穂の胸の奥で熱く熱く炎が燃える。夢穂はすっと立ち上がり一太に向けて強烈なビンタを繰り出した。
「私の夢を、バカにしないで!」
「お、いい目になったなあ。食べ頃だ」
ビンタした手をつかみ、一太は夢穂を押し倒す。夢穂の目からは怒りの色がありありと映っている。
「自分の思ってたことを指摘されてキレる。まだまだガキだなあ。
でも、そういう目を屈服させるの、おじさん大好きなんだ」――。
2日後、夢穂はボロボロの衣服を纏ったまま手足を縛られていた。泥水のように濁った瞳が虚空を眺めている。
「いやあこれであ夢穂ちゃんともお別れかあ。寂しいねえ、おじさんと夢穂ちゃん相性バッチリだったのにねぇ」
雑音は右耳から左耳へと通り抜けていく。夢穂の頭では同じ部屋にいた豚は意識から遠ざけられていた。もう存在の認識すらしていない。今の彼女にあるのは酷く大きな後悔だけだった。どこが諦めどきだったのだろうか。なぜあそこまでモデルに執着していたのだろうか。
後悔から連なるここに至るまでの疑問に夢穂は何の回答もだせなかった。
ピンポーン。インターホンが鳴った。数人の人の気配が扉の前で止まる。
「迎えが来たな。じゃあな夢穂ちゃん、おじさん楽しかったよー。来世は、『本気』で頑張ってね」
豚の鳴き声を聞きながら、夢穂は静かに意識を落とした。
意識のなくなったことを確認し、一太は夢穂を持ち上げた。玄関の扉をあけると白い服を着た配達員風の男が4人。
彼らは阿吽の呼吸で夢穂を袋に包み、音もなくアパートを後にした。
夢穂が意識を取り戻したのはそれから10時間後のことだった。
白い手術室のような空間で寝台に寝かせられた夢穂は重い頭を振って体を起こす。ジャラ。何かを引っ張った音が聞こえた。
ぼやける視界で音の方を見れば、手首に鎖が繋がれていた。
最近有名な人身売買の類だろうか、などと霞がかった思考をしていると、夢穂の頭上からシャッター音が聞こえてきた。
ゆっくりと上を向く夢穂。彼女の視界は、白衣を着たハゲ頭をはっきりと捉える。
「うん、やっぱりいい足。ボクの目に狂いはなかった」
ハゲ頭が消え、夢穂が横たわる寝台の傍から小柄なハゲ――吉野秀作が現れた。
「あなた、誰?」
ガサガサな声だった。喉も痛かった。しかし、夢穂は目の前のハゲに質問をしなければと思った。こいつは私がここにいる理由を知っている、そう直感したのだ。
「吉野秀作。ただの研究者だ。君は、林原夢穂・・・・・・だね。旧友、山本京子――あー今は黒柳だっけ? 彼女に憧れモデルを目指すも、6年間全く成果がでない。んーいいね。最高。最高にいい餌だよ。六年もうだつがあがらなかったら焦るだろ。そんな時に誘いが来たら思わず意識しちゃうよな」
ケラケラと吉野は笑った。しかし、彼の言葉は夢穂の耳に届かなかった。
「京ちゃんが・・・・・・黒柳さん・・・・・・?」
ただ一つの言葉を除いて。夢穂は今まで黒柳京子を含める女子三人組が何を言ってきていたか思い返した。見返してやろうと思って頭の片隅においていた記憶たちだ、夢穂は数秒で彼女達からかけられた言葉を思い出す。
「京ちゃん・・・・・・だったんだ」
全てが嫌みに聞こえていた。実際、黒柳京子を除く二人は嫌みばかり言っていたのだが、京子はそんなことは言っていなかった。むしろ今この状況になってわかる。彼女は私にモデルを諦めて欲しかったのだろう。それはきっと彼女が突然学校を長期間休み、モデルを辞め、性格をガラッと変えたきたことに関係している。
「なんだ、気づいてなかったのか。あえて同じ高校の、同じクラスにしてやったというのに」
まるで京子と接点があるかのような言い方に夢穂は違和感を覚えた。同じクラスにしてやった、とはどういうことか。それを言葉にする前に夢穂は吉野の持つ、ある物を見てしまった。
吉野の手に握られていたのは出刃包丁だった。それを見た瞬間、夢穂は思いっきり鎖を引きちぎろうとした。引っ張り、ぶつけ、こすり合わせる。鎖が外れる様子はない。それでも、何もしないよりはマシだとでも言うように夢穂は必死に暴れる。
少し前の夢穂であれば出刃包丁を見た瞬間に人生の諦めがついていただろう。しかし彼女は知ってしまった。一番の友だった京子が、自分のことを忘れたわけではないことを、自分を守るために嫌な役を演じていたことを。夢穂の胸に生きる力が湧き上がる。
ここから帰って、「ありがとう」って伝えるんだ。そう決意を胸に夢穂は吉野を睨めつける。
「元気がいいのはいいけど、君はここから出られないよ」
吉野の声と同時、足に火でもいれたかのような熱さを感じて夢穂は視線を下げた。足首に巻いていたミサンガが赤く染まっている。さらに視線をさげ、夢穂はしっかりと理解した。
夢穂の足は、付け根の部分から切り離されており、どくどくと鮮血が溢れ出ていた。素人が見ても生きることは絶望的。夢穂もそれは簡単にわかった。いや、わかってしまった。死を目前にして夢穂は悲しそうに笑った。
「ありがとう、京ちゃん・・・・・・それとごめん」
「・・・・・・死んだ、か。助手くん、彼女をバラしてどっかに捨ててきて」
「バラす前に、遊んでもいいですか? 先生」
「いいよ、ボクが彼女に求めていたのは足。それ以外興味はないからね」
助手くんと呼ばれた痩身の男は、生命の途絶えた夢穂を抱えて外へと歩いて行く。
「それにしても死体と同衾とは・・・・・・理解ができないね。それも足のない肉塊となんて」
そう部屋の中でつぶやく吉野はおもむろにポケットからスマホを取り出した。
『終わった。報酬は口座に振り込んでおく。君の言うとおり極上の足だったよ。これまた使用済みでも高く売れそうだ。
次のいい足は、3ヶ月以内だ。連絡を待っているよ。当然だが今回も遅れることは許さない。
君の足に銘じるんだな。 吉野』
素早くメールを打ち、ポケットにしまう。吉野は今しがた切り離した足を大事そうに抱え、さらに地下へと歩いて行った。
「あ、終わったんだ」
黒柳京子は自身の手首をさすりながらつぶやいた。彼女の目線の先には吉野秀作からのメールが開かれている。
そばに置いてあるマイパソコンを起動し、ダークウェブにアクセスする。ミサンガ付きの足が一本1億円に近い値で売り出されている。
「まだあのミサンガつけてたんだ」
無造作に京子は机の引き出しを開けた。夢穂のつけていたミサンガと同じ物が乱雑に置かれている。京子はそれを、ゴミ箱へ投げ捨てた。ゴミ箱へ吸い込まれていくミサンガを見る、彼女の瞳は恐ろしいほど冷たい。
「さて、やることやりますか」
そう言って京子はミサンガ付きの足をクリックした。
2週間後、京子は林原夢穂の葬式にクラスメイト全員とともに参加していた。1週間前に夢穂の片足だけが突然発見されたのだ。
周囲に血痕などはなく、警察による捜索も無駄に終わった。残ったのは生死不明の娘の足という状況を前に、林原家は苦渋の決断を下した。生きていると信じたい親の思いを容易く砕くほどに血塗れの生足というのは日常とかけ離れているものだった。
式は淡々と進んでいく。出席した担任は涙をハンカチで抑えて歯を食いしばっていたが、クラスメイトなどはこそこそと雑談をする者もいる。
「なー、この後飯行かねー?」
「お、いいなー肉食おうぜ、肉ー」
「あ、私たちも行っていい・・・・・・?」
「お、いいぜ行こ行こ」
葬式が終わり、黒服の集団がぞろぞろと式場を出ていく。同級生の中で林原夢穂の死を悲しむ者はいなかった。
「林原ってさー可愛かったよなー」
「わかるわー。でもモデルになるんだ、とか張り切ってて正直痛くなかった?」
「痛かったわー。しかも当人小5からやって一回もオーディション受かってなかったらしいのよ。だっせぇよな」
「確かに可愛いけどモデル目指してる私はあなたたちと違うのって空気出してくるのマジうざかった」
林原夢穂のルックスはかなりのものだった。入学当初は男子から告白されることも多かった。しかし、モデルを意識するあまり彼女は周囲に好意的な目を向けなかった。話しかけてくる者が邪魔者にしか見えていなかった。
モデルなんて目指さなければ、気に入った人を見つけて幸せになっていただろう、と京子は思う。誰もいない公園でブランコに座りながら京子は袖をまくった。鎖の痕が痛々しく残っている。
間接的とはいえ、殺した彼女らの足を見るたびに京子は思う。私は『あそこ』で冷静になれてよかった、と。
「夢穂ごめんね。私、本気なんだ。生きることに本気——いえ、必死なの。だから、ごめんね」
京子の頭上、暗い夜空を一筋の流れ星が駆け抜けた。
本気で 狐条 茜 @kojouakane
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