第2話

私は念願の大学に合格し、晴れて大学生となった。父が亡くなり、母ももう少し狭い家に引っ越すということで、大学には近くの親戚の家から通うことに決まった。


その引っ越し準備の際に、私は見つけてしまった。

始めは綺麗な箱だと思った。そしてもちろん蓋を開けた。長年テープが張り付いたままだった跡はベタベタしていた。

蓋を開くと中からポロポロと土が零れ、むわっと湿度を持ったにおいが立ち上った。



そこで私は、私が箱に込めた秘密が何だったのか思い出した。



ある日、私が一番に登校するとクラスで飼っていた金魚が水槽の外で死んでいた。水槽には蓋がついていなかったため、飛び出してそのまま死んでしまったようだった。

死んだ金魚はパサパサになった目を開いて、ピクリともしなかった。暴れた跡と思われる水滴が蒸発しきらず、辺りに飛び散っていた。


好奇心から小指で突いてみる。思ったより硬く、でも柔らかい不思議な感触だった。

薄い尾びれを指でつまみ上げる。泳いでいた時は向こうが見えるほど透明で、破けてしまうんじゃないかと思っていたのに、今ではそんな気配は微塵もない。


ふと、私は背負ったままのランドセルの中にカッターが入っているのを思い出した。図工で使うから持って来るように言われていたのだ。


ランドセルを下ろすときも、カッターを取り出すときも、刃がカチカチと音を鳴らすときも、私は心の中で「誰か来てくれたら止められるのに」と思っていた。



ぷつり、と。



柔らかい金魚の腹に、カッターの切っ先が刺さる。カッター越しでも妙な柔らかさを感じたのが不思議だった。


そこで我に返り、近づいてくる話し声に気づいた。

慌ててカッターをしまい、ランドセルを背負い直してその場にうずくまった。普段絶対にそんなことをするタイプではないくせに、下手くそな泣き真似までして見せた。


普段無表情なばかりの私が泣いていたのが逆によかったようで、その日二番目に登校してきたクラスのお調子者集団が、驚きながらもすぐに事態を察し、私を心配してくれた。


ちょっとした騒ぎにはなったが、朝の会中には一段落ついた。金魚は私が埋葬したいと申し出れば、第一発見者で泣くほどかわいがっていたのだから、とあっさり許された。


授業中は濡らしたティッシュを被せておき、辛いからそのまま置いておいてほしいと言った。放課後は一緒に行くと言ってきた子を断って、一人で埋めに行った。

校庭の隅の、土が湿って柔らかくなっているところに穴を掘り中に金魚を入れる。朝と同じ目で金魚が睨んでいた。あとは土を被せるだけだったが、私は何を思ったか、金魚を土ごとすくい上げ走って家に向かった。


私なんかより、生き物係のあの子とか、よく金魚の絵を描いていたあの子とかのほうがよっぽど大事にしていた。もしその子たちがお墓参りに行ったら?私の様子に違和感を持っていた誰かがいたとしたら?


もしかしたら、掘り返されるかもしれない。


焦りからぶくぶくと歪な妄想が膨らみ、結局家についてしまった。

そこからは記憶にある通りだ。金魚騒ぎはすぐに忘れられたし、私は記憶を封印した。



その箱が今、手元にある。中の金魚はもう骨になっただろうか。それとも微生物が足りなくてまだ肉が残っているだろうか。



冷静なつもりが、箱を落としてしまっていた。箱の底に私が蓋を止めたのと同じテープで何かが止められていた。

紙だったので破れないよう慎重に剥がして開いた。ミミズののたくったような字で


「これもいっしょに」


と書いてあった。


横向きになった箱から土が零れ出てしまっていた。このはみ出た塊はなんだろう。

小さくて、白くて、硬そうで、恐らくもう少し土に埋まった部分がある。見覚えがある気がして、素手で引っ張り出すのはためらわれた。




私は新たな秘密を抱えてしまったのかもしれない。

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私が思い出したこと 藤間伊織 @idks

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