私が思い出したこと
藤間伊織
第1話
幼いころ、「王様の耳はロバの耳」という童話を読んだ。童話にネタバレもないだろうが、もし詳しく知りたいと思われたなら調べてみた方が早いだろう。色々とパターンはあるが、私が読んだのは穴に秘密を叫び、そこに生えた植物を加工した笛が秘密をバラす、というものだった。
当時の私は親から「親に隠し事はいけない」と言われ、従ってきた。結局、ある程度大きくなっても親の姿勢は変わらず、思春期も手伝って根掘り葉掘り聞かれるのが嫌になり「言わない」「教えない」と自己を形成していった。親はそう言うといつも機嫌を悪くしたが、親の今までの返答を踏まえれば、私の精神衛生上致し方なしと言えるだろう。
そんなことはどうでもいいのだが、幼く純粋だった私もたった一つ、秘密を抱えたことがあった。私はその秘密がバレることを異常に恐れた。
そこで私はとある絵本から着想を得て、それを無生物に秘めることにした。それが冒頭に繋がるというわけだ。
生憎、都会育ちのため周りにビル群はあれど山はなく、残念ながら読んだ通りと言うわけにもいかなかった。学校の花壇では誰かに見られる危険が高すぎる。
そこでどうしたかというと、私は父の出張のお土産としてもらった寄木細工の箱に秘密を託すことにした。中には学校で友達と交換した匂い玉やら、お菓子のおまけのカードやら、変わった形の消えない消しゴムやらが入っていたが全部ひっくり返した。
代わりに学校から持ってきた土を入れ、すぐに蓋を閉めた。蓋には粘着テープをベタベタ張り付け、それでも足りない気がしてキャラもののテープまで使い、タンスの奥に押し込んだ。
思い込みの力なのか、私は自分が抱えていた秘密についても箱についてもすっかり忘れ、たださりげなくタンスの一段を避けるだけの人生を送った。箱に秘密をしまい込んだとき、ほっとしたことは朧気ながら記憶にあるような気もする。
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