村のオヤシロ様

荘蒸

村のオヤシロ様

この村で暮らすならオヤシロ様の住処である狐隠ノ沼(こいんのぬま)には決して近づくな


俺の住むこの村にはこんな言い伝えがある。


山間部に位置する俺の村は、畑以外何も無いような田舎の村だ。村の四方を巨大な山が囲っており、現代では珍しい自然の原風景は美しく保たれ続け、動物・植物と共生しながら穏やかに暮らしている。村の住人は全員顔見知りで、温かな人たちばかりだ。


村の大人たちは

「こんなにも美しく平和な村でいられるのは、この地の土地神でもあり水妖でもあるオヤシロ様が私たちを守ってくれているからさ」

と、口を揃えて言う。そして続けて

「だから決してオヤシロ様を怒らせてはいけないよ。オヤシロ様がいらっしゃる狐隠ノ沼に近づたら喰われてしまう。そして、オヤシロ様はお怒りになられて村に厄災の雨をもたらすのさ」

と念を押すのだ。


村の子供は幼い頃からこの言い伝えを信じて狐隠ノ沼には近づかない。


だが、俺はこんな胡散臭い言い伝えを信じてなんかいない。

大体21世紀にもなって土地神なんて非科学的な存在いるわけがないのだ。科学的に考えてただの異常気象を厄災だなんだとこじつけているに違いない。

子供の頃からずっと俺はそう思ってた。





3日前三つ隣の家の中学生の竜司がいなくなった。


小さい頃からの俺の友達だ。


村のもの総出で探したがどこにもいなかった。



今日の朝、村の集会場の前でずぶ濡れの竜司の亡骸がみつかった。


ここ3日雨なんて降っていないのに。


死体には狐隠ノ沼周辺にしか生えていないとされる花が大量に乗っていた。


もう俺の友達は、竜司は、この世にいない。



「狐隠ノ沼に喰われたらしい」

村のものたちは口を揃えてそう言った。



それから一週間村には雨が降り続けた、一時も途切れることなく降り続けた。



途切れることのない雨は、村人の心の影を濃くした。

今年の作物はダメかもしれない。

村長が山で滑って誰かが死にそうになったらしい。

流行病で皆体調を崩し始めた。


「オヤシロ様がお怒りだ。これは禁忌を破った罰だ。厄災の雨はいつまでも止まない」

村のもの皆がそう思った。


だが、俺は認めない。厄災だなんて理不尽なことあっていいわけがない。

大体どうして沼に近づいただけで竜司は死ななければならないんだ。本当にいるっていうなら俺が神様でも妖でもオヤシロ様でもとっちめていますぐにこの迷惑な雨をやめさせてやる。そうすれば雨が竜司のせいだと死人に浴びせる醜い声もきっと聞こえなくなる。


俺は山を登った。村人たちの制止の声も、体を濡らし体温を奪う雨も、雨音がこだまするどこまでも続く森も、俺にはどうでも良かった。


森の奥深くまで入るとますます闇は濃くなった。雨で視界は悪いし、烏の鳴き声が人の啜り泣く声に時折聞こえて気味が悪い。ぬかるんだ足元に何度も足を取られながらも俺は進んだ。徐々にぬかるみが酷くなってきたことが、狐隠ノ沼に近づいてきていることを知らせる。



うっそうとした木々がひらけた先は思っていたよりもずっと美しかった。



沼の周りには美しい花が咲き乱れ、蛍の淡い光に照らされて澄んだ沼の水面がキラキラと反射している。ずっと雨が降っているはずなのにここでは不思議と雨を感じない。


そんな沼の奥でうずくまるようにして「それ」はいた。


薄汚い着物を着て、顔を泥だらけにしながら泣いている。

だが、肌はどこまでも透き通るように白く、髪は銀の糸のように艶やかに光に反射し、その瞳は見たもの全てを見透かすかのような深い蒼色だ。見ただけで人ならざるものだと認めざるおえない。


とても美しい狐の耳の生えた少年がいた。


俺は一秒なのか数時間かわからない間ぼうと彼を見つめていた。はっと我に返った。


「お前がオヤシロ様なのか?」


狐の少年は首を傾げるだけだ。


「お前が竜司を沼に引き摺り込んで、村に雨を降らせ続けて、俺らを殺そうとしてるのかって聞いてるんだ!」

気づかないうちに語気が強くなる。


恐る恐るといった様子で少年は声を出した。


「竜司ってこの前この沼に落ちて死んじゃった男の子のこと?」


「とぼけるなよ。お前が殺したんだろ」


「ち、違うんだ。この前男の子がここで迷っちゃったみたいで、こんなところまで人間が来てくれるのは随分と久しぶりだったし、嬉しくて声をかけたら、彼驚いて沼に落ちてしまったんだ」


「ならどうしてすぐに助けない!」


「すぐに引き上げようとしたけど花のつるが引っかかってしまって、助けた時にはもう息をしてくれなかったんだ」

「ごめんなさい。全部僕のせいだ。僕が一人が寂しくて、人間とお友達になりたいなんて思ったから」

「男の子はすぐに村に返したよ。この沼の周りには綺麗な花が咲いているから一人で寂しくないようにって、いっぱい花も持って行ったんだ!人が来たからすぐに戻ってしまったけど」

「それでも僕は男の子が死んでしまったことが悲しくて、とても悲しくて、ずっとずっと泣いてしまって、僕はまだ力のことがわからないから泣けば泣くほど雨が止まらなくなっちゃって、みんなのことを困らせちゃった。僕は村のみんなに楽しくいて欲しいのに。」


少年はそう一息に言い切り、ぜいぜいと息を吐きながら今もずっと涙を流し続けている。



力なく泣き続ける人外の化け物が、この時ただの子供に見えた。




俺はこの美しい化け物のことがもう少しだけ知りたくなった。












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