宙と不思議なクロ
不知火白夜
秘密
しんしんと雪が降る季節。青色と灰色の混ざった空の下で、冷たい風に頬を晒しながら一人の少年が道を黙々と歩いていた。手袋を嵌めた手で黒いランドセルの持ち手を握り、転ばないようにゆっくりと歩く。
――さむいなぁ……。
はぁ、と白い息を吐いた少年は、背後から聞こえる賑やかな声にやや体を強ばらせた。ちらりと後ろを見ると、同じクラスの子が3人ほど賑やかに会話しながら少年の横を通り過ぎていく。彼らは雪にはしゃいでおり皆楽しそうであった。
淡い羨望の気持ちを抱きながら少年は変わらず黙々と歩く。通学路の途中にある公園の近くに差し掛かった時には、少年と同じくらいの歳の男子達が雪合戦をしているところであった。つい足を止めた少年は、それを見て何度目かの羨ましい気持ちを抱く。
――いいなぁ、たのしそう……。
少年は、ざっくり言えば他人と関わるのが苦手で学校でも1人になりがちな子供だった。だから、朝起きた時に雪に目を輝かせ胸を弾ませても、誰かに雪合戦をしようと声をかける勇気もなく、そうでなくても雪すごいねと誰かと話せることもなかった。そして、雪を一人で眺めて満足できるという子供でもなかった。
そのため、一人なのはいつものこととはいえ、寂しい気持ちと他者への羨ましい気持ちを同時に抱え雪を眺めながら、下校していたのである。
――ぼくにも、少しくらいお話できる人がいたらいいのに。
ぼんやりとした理想を思いながら再び歩き出そうとしたその時、道路と公園を仕切る金網の柵の向こう側にある茂みからガサゴソと音がした。それ気づいた少年が野良猫か? と思い発生源へ向けると、そこには猫ではない、かといって他の動物や虫でもなきい、別の黒い妙な塊がいた。
RPGゲームで見るスライムのようなそれは、子供用のサッカーボールくらいの大きさで、目であろう白い丸のような灯火のようなものが2つついていた。体には土や草の葉が付着していて、少年の方をじっと見つめていた。
「……なんだろう、これ。おもちゃ? だれかのわすれもの?」
しゃがみこみ疑問に思いながら手を伸ばすと、突如聞き覚えのない声が頭に響く。
『おもちゃでも、忘れ物でもない』
「っ、えっ、何!?」
『大きな声を出すな。周りにあやしまれるぞ』
少年は辺りを見回すと、公園にいる男子たちや少し前に少年の傍を通り過ぎたのだろうグループ、更に十数メートル先にいる上級生らしい女子2人がこちらを向いているのに気がついた。そんなに大きな声を出してしまったのか自分はと恥ずかしくなり、ついつい縮こまると、少年は改めて目の前の黒いスライム? を見る。
少年は、さっき周りを見回した時、ついでに自分に声をかけてきた人がいなかったを確かめた。しかし、同級生は雪遊びや友達とのおしゃべりに夢中で、わざわざ自分に声をかけた様子の人などいなかった。大抵は、少年の声にびっくりして振り返っただけだろう。そうなると、本当にこのスライムが自分に声をかけてきたのか、それを確かめるために恐る恐る小さな声で声をかける。
「……あの、スライム、さん……? ほんとに、さっきの声は、あなたなの?」
『私はスライムではないが……そうだな』
目の前の黒い塊が、頷くようにぽよんと揺れた。少年は、その返事や動きにわずかに目を輝かせ、すごい、と呟いた。そして、恐々ではあるが、矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「ねぇ、あなた名前はなんていうの? なんでここにいるの? スライムじゃ、ないなら……なにものなの? なんで、ぼくの頭に声が聞こえてくるの?」
『名前は……昔は、クロと呼ばれていた。何でここにいるかは……人を探してる最中なんだ。スライムじゃないなら……なんなのだろうな、私は。わからない。声の仕組みについても、よく、分からない」
自らを『クロ』と称した生き物は、まるで俯いているかのように白い明かりのような丸を下へ移動させつつ、言葉を返した。後半に行くにつれ、返答に困っているのだろうか。少年は、変だなとは思ったが、面白いからいいやと内心思った。
そして、クロが少年を見上げて名前を訊ねると、彼は静かに答えた」
「僕は、山田、
『ヤマダ……ソラ?』
「う、うん。宇宙の宙でソラ……」
『……そうか。わかった。覚えたぞ。じゃあソラ、いきなりで悪いが、ひとつ頼みがあるんだ』
「え、な、なに?」
少年――もとい
『私を、お前の家に連れていてくれ』
「……えっ?」
公園付近から歩いて数分。五階建てのマンションの最上階、そこまで階段を昇って、自分の家まできた宙は、体についた雪を軽く払った後、ポケットにしまってある鍵を取り出し扉を開けた。
「ただいまぁ……」
小さな声で帰宅したことを知らせながら部屋に入るものの、言葉が返ることも誰かが出てくることもない。それもそのはず、この時間は両親は共に仕事の時間で、今は宙以外誰もいないのだ。それを伝えていたからこそ、クロは、玄関が閉めた直後に、宙のコートのポケットから顔を覗かせる。
『ここがお前の家か』
「うん。あ、あんまりヘンなことしないでね。ものをたおしたり、よごしたり、しないでね」
『それはもちろんそうするつもりだが……できれば私の体を拭いてくれないか。雪もついているし、外にいたから土もついている』
「う、うん、ちょっとまってね」
ランドセルを片付けていた宙は、慌てて玄関の外で土や雪を払った後、玄関の鍵をかけた。そうしてクロをリビングのテーブルに置き手を洗ってうがいをして、エアコンのスイッチを入れた宙は、ぼすんとソファに腰を下ろし、クロに言葉をかける。
「ねぇ」
『ん?』
「とりあえずつれてきたけど、お父さんとお母さんにはひみつだから、おとなしくしててね。ばれないようにかくれててね」
『もちろんだとも。私はしばらく雨風をしのげる場所があれば、それでいいんだよ』
クロの言葉は穏やかで噓を言っているようには感じなかった。しかし、それはそれとして、もちもちとしたよく分からない不思議なものを親に内緒で連れてきた罪悪感はある。
クロは、どうやらスライムではないらしいが、ならばなにかと聞いても答えてくれないため、仮にスライムとして扱う。また、このスライムは特に食事や飲み水といったものはいらないらしく、少しなら姿形も変えられるため、マスコットのふりをしてばれないようにすることもできそうだ。現に、クロはボールくらいの大きさから手のひらサイズにまで小さくなっている。
せっかくだし、カプセルトイで手に入れたマスコットということにして堂々と部屋に置いておくか……なんて宙が考えていた頃、テーブルから降りてリビングを観察していたクロが、こんなことを聞いてきた。
『ソラ、この家に畳の間や、仏壇はないのか?』
「え、たたみのへやはあるけど……ぶつだん、はないよ? なんで?」
『……いや、もう、最近の家には、ないんだなと思っただけだ』
「……ふーん」
――たたみが、すきなのかな?
そう思った宙は、クロを畳の部屋へ案内する。そこは折り畳まれたマットレスや片付けていない洗濯物が、部屋の片隅に積まれていた。本棚もあり、そこには本やファイルが沢山並べられている。
クロは、宙の手のひらからぽよんと跳ねるように飛び降りると、和室を見回してうろつく。
クロは、何かを探しているようだった。人なのか物なのかも分からないが、キョロキョロと回りを見渡している。特に本棚をよく観察しているようだ。本が読みたいのかと宙が聞こうとしたところ、不意にクロの声が頭の中に響く。
『……ソラに、聞きたいことがあるんだが』
「っ、え、な、なに?」
ぽよぽよと体を動かして宙を見上げたクロは、続けてこう聞いた。
『お前の家族や親戚に、シゲルという人はいるか?』
「……えっ、いない、かも……」
『……そうか、それならいい』
「えっ、あっ、でも、ぼくがしらないだけで、おとうさんとおかあさんはしってるかも……?」
『……それなら、また、聞いておいてくれないか』
「う、うん!」
力強く頷いた宙は、きっとその『シゲル』という人が、クロが最初に言った『探している人』なのだろうと考えた。そして、クロから聞き出したことにより、その『シゲル』がやはり男性であることを知った。性格は穏やかで優しく、素晴らしい人格者なのだという。そういう人ならば会いたいのも分かるなあと宙はなんとなく考えた。
その日の夜、宙は両親に内緒で、クロという秘密の子と共に眠りについた。布団の中で丸くなって眠る彼は、うとうとと微睡む内にあることに気がついた。それは、その日はなんだか胸にあるチクチクとした気持ちが、いつもより落ち着いているようだなと思ったのだった。
それは、突然の来訪者たるクロのおかげだなと幼い宙にも分かっていた。
その週末の土曜日、宙は両親と共に田舎にある父方の祖父母の家へと向かっていた。
というのも、クロが来た当日の夜、宙は両親に『シゲル』という人について訊ねた。母親からは『知らない』という返答だけでなく『なぜそんなことを聞くの』とあれこれ聞かれて困ったが、父親からは『うちの曾祖父さんの親がそんな名前だったきがする』という返答がきた。それをクロに伝えたところ強い反応を示したため、『ゆめにシゲルさんって人が出てきたから、気になって』と、それっぽい嘘を元に説得した。すると、父親が祖父母に宙が言ったことを伝えてくれたため、週末に向かうことになったのだ。
自分たちが住む閑静な町から、山のある田舎町へと車で向かっていく。車の後部座席に腰を下ろした宙は、膝に乗せた荷物を抱えながら窓の外に目を向ける。雪を被った山が遠くに見え、その麓地域にある集落も、木々も田畑も真っ白になっており、少し気持ちを高揚させた。
そして、マスコットのフリをしているクロは、宙の手の中から外の景色を見つめ、ある強い確信を抱いていた。
祖父母の家は、田舎にある大きな平屋だった。この辺りでは大きめの平屋は何軒かあるが、その中でも一際大きく、所有する土地も広い。なんでも大昔はこの地域一帯で力を持つ家だったらしい。ついでに今でも地域の集まりでは重要視される家なのだとか。宙にはよく分からないが、とにかくすごいことなのだろう。
宙は父と母に続き家の中に入り、祖父母に挨拶をした。久々の来訪を喜ぶ祖父母に笑みを向け、再会を喜び茶菓子などを頂いたのちクロの勧めで仏壇に手を合わせた。それから、祖父母とともに倉庫へと向かい、事前に伝えてあった写真や書物を見せてもらうことにした。
引き戸のついた棚から分厚いアルバムや書物を取り出しながら、祖父は言う。
「しかし宙くん、よぅ茂さんのこと知ってたなぁ。夢に出てきたんって?」
「う、うん……なんか、わかんないけどいきなりでてきて、なんか、しゃべってて……」
「そうなの、茂さんも宙君に何か言いたいことがあったんかもねえ」
祖父母は笑みを浮かべながら、床の上に敷いたビニールシートの上にどさどさとアルバム等を置き、順に中身を開く。ページに固定してある写真はどれも古めかしく、今にも消えそうになっているものや、紛失しているものもあったが、人の容貌ははっきりと認識できるようになっていた。
宙は、その一つ一つを眺めながら、上着のポケットから顔を覗かせるクロに目を向けて小さな声で問いかけた。昔の写真だが以外にも数が多く残っており、確認するにも時間がかかる。その間に祖母は倉庫を離れ別の用事に向かっていった。そして写真を見始めてから数十分後、とある写真を指差した時に初めてクロが強い反応を示した。
それは、一枚の家族写真で、何人かの老若男女が並ぶ手前中央に、椅子に座った和服姿の老齢の男性が写っていた。口元に少し髭を蓄えた彼は目を細めて微笑んでおり、隣りには妻らしき和服姿の老婦人が座っていた。
「このひと……」
「あぁ、その人が茂さん……私のおじいさんだよ。夢でも、こんな姿だったかい」
「う、うん」
「そうかそうか。茂さん、わざわざ宙くんに何言いに来たんやろねぇ」
「なんだろうね……」
宙は、嘘をついていることに関しては罪悪感を抱きつつも、この人なら許してくれるんじゃないか? なんてことも考えた。そして、この人とクロはどういう関係だったのだろうとぼんやりと思いながら、他の写真にも目を向け、ページをめくる。
その時、とある青年たちの集合写真が目に入った。
和服や背広を身にまとった四人の青年が、桜らしき大きな樹木の下で整列している写真だった。
「じいちゃん、これって……」
「ん? あぁ、茂さんとお友達の写真やろね。こうやって写真撮ってるから、なんかの記念やったやんやろうね」
「へぇ……」
これを見た瞬間、クロが激しく動揺したように見えた。頭の中に響く言葉は、『嬉しい』というような肯定的な言葉もあったが、それだけでなく『どうして』『何故』『悲しい』と否定的な言葉も多く響いた。一筋縄ではいかない複雑な感情があるのだろうが、これを今聞くのははばかられた。後で聞いてみよう――そう思いながら、写真を見つめる。
真面目な顔つきをしている四人の青年の写真、その傍らには縦書きでこのように書いてあった。
『大正◾︎年 四月。明坂ノ桜ノ木ノ下ニテ。高瀬三郎、野田義雄、吉浦清五郎、山田茂』
それから、祖父に少し茂の話を聞いてから、茂や彼の友人が写った写真を貰った。祖父母に夕食を振舞ってもらい両親と共にそれを食べた後、3人で帰宅した。食事をいただいている間、クロの姿が見受けられなかったため不安に思ったが、帰る頃にはきちんと宙の元に戻ってきた。どこに行っていたのかを訊ねると、『秘密』と短く返された。
その返事に引っ掛かりを覚えたが、詳しく聞いても答えてくれないため、一旦気にしないことにした。
それはさておき、茂は、写真からの印象やクロからの話通り非常に穏やかで優しい人であったそうで、友人にも妻子にも優しく、高圧的な所なんてないたおやかな男性だったという。幼い頃は相応に活発な所もあったそうだが、全体を通していい話ばかりを聞いた。
――そんなにいい人なら、本当に夢で会ってみたいなあ……。
帰り道の車の後部座席で、写真を眺めながらそんなことを考える。クロに胸の内で声をかけるが、クロから特に言葉が返ってくることはなかった。
両親と共に帰宅してから数時間後、就寝時間が近づいた頃。自分の部屋で分厚い布団にくるまった宙は、枕元に座るクロに疑問を投げかけた。
「ねぇ、クロ」
『なんだ』
「……茂さんとか、あの写真の人達とかって、クロにとって、なんなの?」
布団から顔を出した宙の様子をじっと眺めて、考え込むように白く丸い灯火を下に下げたクロは、ぽつりとこう返した。
『とても大事な、友達だな。特に、茂は、一番の友だ』
その言い方は、これまでの淡々とした言い方に比べてかなり優しく、慈愛に満ちているようであった。また、クロは茂のことを『友達』と評したが、その友達は、クラスメイトが言うような『友達』に比べて、ずっと重く大切な意味合いが含まれているような気がした。
自分には友達と言える人がいないのに、クロにはそういう相手がいて羨ましい――一瞬そんなことを考えたが、それはあまり良くない考え方だと言い聞かせて、宙は言葉を続ける。
「……ねぇ、クロ。ぼく、もっと、茂さんのこと聞きたい」
きっとクロなら教えてくれるだろうと思っての言葉だったが、意外にもクロの反応は否定的だった。
『……それはまた明日な。今日はもう、寝なさい』
「えぇ……きょう、どようびだよ? まだおきてても、だいじょうぶだよ」
『布団にくるまってるくせに何を言うんだ。もう眠いんじゃないのか? いいから寝なさい』
「……はぁい。おやすみなさい……」
『あぁ、おやすみ』
諭すような言い方をしつつクロは宙を寝かしつける。それに対して苛立つような気持ちも多少はあったものの、確かにクロの言うように眠気もある。大人しく眠って、明日聞きたいことを沢山聞こう。そう思って宙は布団を頭まで被り、縮こまるように丸々とした体勢をとると、何事もなかったように目を閉じた。
それが、『山田宙』として意識を保った最後のやり取りになろうとは、まさか夢にも思っていなかった。
数時間後、宙が完全に眠りに落ち寝息を立てる深夜帯。クロはふわふわと浮遊しながら宙を見下ろすと、体から触手のようなものを3本ほど伸ばし掛け布団の下へ忍ばせ、宙の両腕と足を固定した。次に、体からこまかく細い触手を何本も伸ばしたかと思うと、薄く開けられた口へその触手を入れ、喉の奥を侵食する。当然、宙は苦しそうに声を漏らし暴れようとするが、クロに押さえつけられているため敵わない。だが、それを見て何かが違うと思ったのだろうか、口の中から触手を取り出したかと思うと、クロは自らの体を普段の何倍も大きくした後がば、と大きく口を開けた。そして宙を頭を咥え、もそもそと咀嚼するように体を口の中を寄せ入れて、ゆっくりと体や足を飲み飲んでいく。
数十秒掛けて宙の体を丸呑みしたクロが目を閉じると、体をボコボコと動かして宙そっくりの姿になった。性格の都合か表情はやや異なるが、黙っていれば違和感を持たせることなく山田宙だと容易に認識させることができるだろう。
クロは調子を確認するように頭を振り、手の感覚を確かめるように握って開いてを繰り返しくるりとその場で一回転をした。特に体に不具合はない――そう確かめたクロは、今まで当然そうしていましたと言わんばかりにベッドに入り少し満足気に目を閉じた。
実は、これが、クロの狙いだった。
元々、クロには茂という一番の友がいた。何百年も前からひとりぼっちで山にて生活を送っていたクロにとっての最初の友であり、続いて
また、更にクロは、宙の父方の地域では『山の神』として崇められていた。クロ本人が特に何かをした覚えはないのだが、その昔、人間に姿を見られ攻撃され嫌な思いをした時期と、人間の村に災いが起こった時期が連続した。村人たちはそれを『神の怒り』と考え、クロを神様そのものと考えた人間達は、山に祠を建立しそこに信仰を集めた。その信仰は長く今の世でも長く続いていた。クロは信仰に返せるものはないということをずっと気にしていたのだが、今回祠に行ってみれば、信仰を元にした力を、クロの活動力に当てられることも、『神様』のように不思議な力を少しだけ使えることも知った。クロは、何故今更? と疑問にも思ったが、使えるものは使おうという結論に至った。
そしてクロは、茂達の子孫を喰らい尽くしひとつになるという案を実行することにした。
元々、クロは『人間の死』というものをあまり理解していなかった。突然会うことが出来なくなった、という程度の認識で『二度と会えない』だとは思っていなかったのだ。しかし、茂の死から長い年月を経たことにより、『死』というものを何となく理解しつつあった。もう茂にも、三郎、義雄、清五郎にも会えないのか……と思っていた頃、子孫というものを知り、やがて宙に出会った。
そして今回、宙の祖父母に会い写真や年号を確認したことにより、理解してしまった。もう、茂は、三郎や義雄、清五郎といった友人は、写真と思い出の中だけの人物なのだということを。そして、彼等にも子孫がいるかもしれないということを。更に、クロの知らないところで4人が交流を続けていた可能性があることも。
自分も含めて友達だったのに、自分だけど除け者にするなんて、という気持ちと、彼等は死去したことによりあの世で再会を果たしているかもしれない、なんていう漠然とした考えから、感情がぐちゃぐちゃと乱れていった。
恐らく不死の自分はどうすれば茂達に会える? 彼等に近づける? それを考えて、茂の血を引いたもの達を喰らっていけば、彼等に近付けるのではないかと思った。当然錯覚であろうし、この選択が正しいとは思えない。しかし、これまでの茂を探した長い旅が無意味なのではと疑っていたところに、茂に関する確たる情報を見たものだから、頭が混乱したのだろう。言わば、自暴自棄になっていたのだ。
冷静な自分なら、こんなことをしても無意味だ、茂達が蘇る訳でも会える訳でもないと判断できたろう。しかし、それを制御することが出来なかった。これは明らかに間違った、ただの、心の隙間を埋めたいだけの自己満足である。
それでも、心を落ち着けるには、ヤケになり暴れるくらいしか思いつかなかったのだ。
その一手として、クロは宙の姿を模倣し茂の子孫に近づきやすくしたあとに彼らを喰らうという作戦を思いつき、行動に移すことにした。
この作戦に茂は心を痛めるだろう。優しい人だから、自分のせいで子孫が苦しめられることに心を痛めるだろう。何故宙と仲良くしないのだと、宙の祖父母のところや祠行かないのかと言われるだろう。しかし、それらをしたところで切なさに打ちひしがれるだけであるし、そもそも、クロの誤った行いを咎める茂も、友も、もういないのである。
こうして、クロの成り代わりにより、『山田宙』は想定外の形でいのちを長らえることになったのであった。
もちろん、これは、周りのものには当然秘密である。
宙と不思議なクロ 不知火白夜 @bykyks25
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