アバターはコントローラーの夢を見るか

一式鍵

僕は夢を見ない

 僕は毎日のように戦っていた。都市で、平原で、森で、砂漠で、氷原で、あるいは海上プラントで。とにかく僕は何故か戦っていた。ただ殲滅せんめつするために、僕は八脚戦車オクタドレイクに乗って戦っていた。味方はいない。最初はいたのかもしれないけど、今はいない。もう覚えていない。


 戦いが終わると、僕は眠る。夢は見ない。


 そして目が覚めると、僕は別の戦場にいる。カレンダーなんて知らない。季節もめちゃくちゃだ。ただだけは分かっている。作戦完遂アカンパリッシュ――すなわち目標を破壊するまでの制限時間が課せられているからだ。ただし僕の時間は増えない。淡々と減るだけだ。最終的にはきっと00:00:00.000になるんだろう。そこまでことはないから、これは予想だけど。


 敵は僕と同じ戦車ドレイクタイプのこともあれば、戦闘ヘリワイバーンがいる時もあったし、歩兵だけっていうこともあった。歩兵を相手にするのも意外と苦労する。市街戦ならますます油断ならない。何しろどこから撃ってくるかわからないからだ。だから僕は対戦車ドレイク戦が一番得意だった。


 今日の戦いの舞台は廃墟となった都市だ。執拗な爆撃でも受けたのだろう。建物という建物が原型を留めていない。無差別攻撃――卑劣なヤツの仕業だ。いや、都市部で戦うような僕が言えることじゃないかもしれない。


「今日の敵は……」


 僕がいるところには必ずがいる。そうされている。ADM対戦車ミサイルが飛来する。喰らえば一発ゲームオーバーだ。もちろん僕はそんなヘマはしない。回避した先でさらにジャンプ。ジャンプしていなければ、高出力ビームで撃ち抜かれているところだ。ジャンプと同時に煙幕を展開し、ジャミングシステムをONにする。


 敵は二機。ミサイルを撃ってきたやつとビームをぶっ放してきたやつだ。脅威となるのはビームの方だ。だから先に叩く。


 瓦礫の山を迂回し、熱探知機を頼りにビームの発射元を探り当てる。再びADM対戦車ミサイルが飛んでくる。もう位置を割り出されたというのか。


 僕はミサイルをCIWS近接防空システムで撃墜する。


「飽和攻撃でもないとね」


 僕のチューンしたCIWS近接防空システムは完璧だ。単発のミサイルごときで抜けてくるのは不可能だ。


 僕は両手の操縦桿と足のペダルを駆使して急制動をかける。ドリフトしながら主砲塔を回転させ、榴散弾を撃ち放つ。目標はミサイルを撃ってきたやつだ。ミサイルの進行方向から位置を割り出した。間違いなく一定の損害を出せる。


 そしてそのまま車体を走らせる。八本の足が滑らかかつ高速な移動を可能にする。この速度の物体に物理攻撃を直撃させるのは容易ではないはずだ。


「!」


 高熱源を検知した瞬間、僕は機体を伏せさせた。それまでコックピットがあった位置をビームが貫いていく。


「見つけた!」


 伏せ状態を解除して、僕は機体を全速力で走らせる。


「距離800! 主砲、APFSDS装弾筒付翼安定徹甲弾!」


 僕の声に従って、八脚戦車オクタドレイクは装弾を変える。敵は逃げるかと思ったが、意外にも高速で接近してくる。これでは主砲の狙いが定まらない。


 僕たちの戦車ドレイクは脚部をこすり合うほどの距離で交錯する。


 交錯するやいなや、僕は急制動をかけて、主砲塔をぐるりと回す。敵も同じ考えだったようだ。そこにさらにADM対戦車ミサイルが撃ち込まれてくる。僕の視界は爆炎で完全に塞がれてしまう。が、それは敵も同じ条件のはずだ。


『よう、DR01』


 誰かが話し掛けてくる。DR01ってなんのことだ?


『あんただよ、八脚戦車オクタドレイクのあんた』

「僕? 僕はそんな名前じゃない」

『じゃぁ、なんて名前だよ』

「それは」


 ……? どういうことだ。名前が思い出せない。


「ともかくお前たちを倒すのが僕の任務だ」

『任務っていうけどよ、誰からの、何のための任務なんだ?』

「それは……」


 何の疑いもなく、僕はを遂行していた。まるで本能のように。


 そこに軽量四脚の戦車ドレイクが姿を見せる。コックピットブロック上部には四連装の巨大なADM対戦車ミサイルランチャーがある。残り一発だった。


『DR01、あんたは手足なんだよ、あいつらの』

 

 女の声が聞こえてくる。


「あいつら?」

『この世界を隅から隅まで暴き出そうっていう連中さ』

「全然意味がわからないんだけど」


 僕は混乱する。聞いてはならない話を聞いてしまった――本能がそう理解している。


「それになんでお前たちがそんなことを知っている」

『簡単な話だぜ』


 男のほうが言った。


『このまま行くと、俺たちがになるからさ』

「ら、らすぼす?」

『あんたはいくつものステージで戦わされてきた。あんた自身はその不自然さに気付かなかったようだがね。そりゃそうだ、世界にとって最も大きなだからな、こんなこと』

『無数のDR01を葬り去ってきた私たちは気付いたのさ』


 僕は言葉を発せない。


『DR01は一人だが、一人じゃない』

「僕は僕だ」

『いいや、違うね』


 男の方が言い切った。


『あんたはな、プレイヤーたちの共通のアバターだ』

「あ、アバター……!?」

『ここはな、いわばゲームの世界よ。ただし、開発者不明のな』

「僕がゲームのキャラクターだとでも言うのか」

『違うという証明は難しいぞ』

「ばかばかしい」


 僕の中で何かが暗転した。


 ――と思ったら、僕はこの二人の機体を完膚なきまでに破壊していた。それは僕の意志に寄るものだったんだろうか。いまひとつ実感が伴っていない。


 僕はミッションを失敗したことがない。失敗とはすなわちだからだ。僕は死んだことがない。僕は夢を見ない。


 目が覚めたら僕はまた戦場にいるだろう。


 何度も同じ戦場を駆け回りながら。しかしそのことを認識できていない。ただ命じられるままに戦う。時として死ぬ。だがその記憶は次の僕にはない。僕は夢を見ない。


 多くの人が僕というアバターを操作する。僕には自由意志に基づく行為は許されない。あらゆる行動は僕の意志によるものだと、僕自身が誤認識しているだけだ。がこの世界の秘密を知ったところで、何も起きやしない。


 僕は夢を見ない。

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