『秘密』「カクヨムWeb小説短編賞2023」創作フェス 3回目お題参加

だんぞう

「秘密」

 家族は私に対して何か秘密を抱えている――そう、感じている。

 というよりも、そう感じざるを得ないくらい、あからさまに私だけ遠ざけられている。

 弟の部屋はお父様とお母様の部屋の隣。でも私の部屋は別棟。

 お手伝いさんたちですら両親たちと同じ建物だというのに。

 夕飯だけは皆で一緒に食べる決まりなのだけど、今日などは弟の好きなハンバーグだったから私のを半分あげようとしたのに、よりによってそのお皿を叩き落された。

 手が滑ったなんていう言い訳、誰が信じるの?

 私が何も考えない愚か者か、感じることも傷つくこともないロボットだとでも思っているの?

 どうしてそういうことをするのか何度か尋ねてみたことはあるけれど、答えてもらったことは一度もない。

 必ずはぐらかされるの。

 そのことを考えると胸が締め付けられて、眠れなくなる。


 この疎外感は学校でも同じ。

 別に爪弾きにされているわけじゃないけれど、むしろいつも私の周りをついて回る取り巻きみたいな人たちすらいるけれど。

 彼女らはいつも何かに怯えている感じで、私の顔色をずっとうかがっている。

 もちろん、その態度の理由について尋ねてみた。何度も。

 でも家族と一緒。

 しどろもどろになりつつも、結局はぐらかされてしまう。


 そんな中、一人だけ私にハッキリとものを言う男子が居る。

 高橋くん。

 私と高橋くんが言い争いになったとき、先生は必ず高橋くんを注意する。

 どう見ても私の方が悪いときでさえ。

 高橋くんを罰そうとする先生を止めた回数は覚えていないほど。

 これが恋なのかな――なんて話を友達としてみたいけれど、少なくとも取り巻きの人たちは友達とは言い難いし。


 そんな高橋くんと、手をつなげるかもしれないチャンスが巡ってきた。

 運動会のフォークダンスの練習のとき。

 でも男子全員が私と手をつなぐのを嫌がった。

 男子全員ということは高橋くんも含まれている。

 私は勇気を出して言ってみた。

「高橋くん。いつも私に酷いこと言うよね。鏡見ろとか菌が移るとか。みんなが私を避けるのって高橋くんが扇動しているからじゃない?」

「バッカじゃねぇの! そんなことすっかよ!」

 頑張れ私、って心の中で三回唱えた。

「じゃあ、私の手を取ってみ」

「ふざけんな! オレはぜってぇ嫌だかんな!」

 そんな食い気味に嫌がられるとちょっと傷つく。

「馬鹿はどっちよ!」

 思わず高橋くんの頬を叩いてしまった。

 すぐに先生たちが高橋くんを保健室へ連れて行き、翌日、高橋くんが転校したことを静かに告げた。

「先生、私……高橋くんに謝りたいんです。高橋くんの引っ越し先を教えてもらえませんか?」

「申し訳ないですが、こういうのは個人情報だから教えられないんですよ」


 私は帰宅してから、泣いた。

 一人で私の部屋に閉じこもって。

 せっかく勇気を出したのに。

 ああもう、自分のことが大嫌い。

 そりゃこんな私のことを高橋くんが好きになってくれるわけないよね?

 お手伝いさんが呼びに来たけれど、初めて夕飯を要らないと言った。

「ほら、夕飯の時間だよ! 一緒に食べる決まりだろう?」」

 お父様まで一緒になって呼びにきた。

「今日はいらない」

「ダメだよ。一緒に食べないとダメなんだ。家族なんだから。そういう決まりなんだよっ!」

 お父様はやけに必死。

「私にだって一人になりたいときがあるの!」

 そう答えたら、お父様は無言で合鍵で勝手に扉を開けた。

「もう! お父様、やめてよっ!」

 反射的にお父様を突き飛ばしてしまった。

 ドアを閉めたかっただけ。本当に。

 でもお父様の様子がおかしくて、どこか打ち所が悪かったのかもと駆け寄った。

「お嬢様っ! いけません! ご主人様のお手当は私たちがっ!」

 そう言う割には、お手伝いさんたちは近寄って来ない。

 ほら、お父様がどんどん紫色に変色なさっていると言うのに――そのとき私は気付いた。

 お父様の肌が、私が触れたそばから変色しているということに。

 そう言えば高橋くんの頬も似た感じに変色していた。

 ああ、これだったのだ。

 皆が秘密にしていたのは。

 私は途端に自分が恥ずかしくなり、屋根まで登り、そこから飛び降りた。




 その夜、暮郡くれごおり家の当主が亡くなった。

 まだ息のあるうちに当主を運ぼうとした女中たちや救急隊員たちは全身が紫色に腫れてことごとく息を引き取った。

 当主の妻は、暮郡家没落の前に縁を切ろうとしたが、役所に向かう途中で心臓を抑えて倒れ、二度と起きなかった。

 当主を運ばなかった屋敷の従業員たちも同様に、一人として翌日の朝日を見ることはなかった。

 当主の息子、暮郡詩温しおんは行方不明とされたが、暮郡家の長女として育てられた一匹の大きな毒虫、暮郡さむさの傍らにできた紫色の水たまりが彼の成れの果てだと気付く者はいなかった。

 長きに渡りこの地で栄華を誇った暮郡家は、たった一晩のうちに死に絶えた。




<終>

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