3人目 あこ

 以下略。

 プロフィールの名前には、あこ。

 写真を見るなり、俺はどこか懐かしさを覚えた。

 彼女と会ったことがある、気がする。

 事前に遅刻常習犯とは伝えてあるけど、俺の方が先に忠犬ハオ像の前に到着した。

 約束の時間から既に30分経過したというのに、まだ来ていない。


「こんにちはっ、えーとミナト君?」


 背後から聞こえた明るい声色。

 振り返ると、ショートヘア(前髪長めで後ろは短い)の女性が、照れを交ぜて赤らめた表情でもじもじしていた。

 小柄で、体が緊張して強張っているようにも見える。

 細身のパンツに、ワンサイズ大きなパーカー姿。


「遅れてごめんない、えーと私」

「あっ!」


 思い出した。

 彼女は高校、大学と同じだった子だ。

 俺の口から本名が零れそうになった瞬間、


「あこ! 今はあこ!!」


 大きな声で遮られてしまう。

 そうだな、あこさんでいいか。


「ごめん、えと、久し振り?」

「久し振り……まさかマッチングアプリで再会するなんて思わなかった。どうしよ」

「どうしよう? ここで立ち話もなんだし、あこさんの好きな店でもいいし、カラオケとか、そういうのでも」


 俺の勘がこんな方向に行くとは……。


「あこでいいよ。じゃあ、カフェに行こ、ミナト」


 ミナト、と呼ばれるのはなんとも擽ったい。

 賑わうカフェ店。

 窓側の席で向かい合う。


「あこが、こういうアプリ使うなんて、なんか意外」

「ミナトこそ」

「俺はちょっとした妄想癖を捗らすために、試しにやってみただけだ」

「だいぶ気持ち悪い……」


 苦い顔をされてしまう。


「そうかぁ?」

「変わってない、見た目アンニュイなモデルっぽいのに」

「まぁね、というか俺だって分かってたのになんで会おうと思ったの?」


 あこは、目を逸らして軽く唸った。


「んん……なんとなく、寂しかったから」

「寂しい?」

「最近一人暮らし始めて、友達はみんなバラバラでいないし」

「ほぉ……ふーん」


 思わず口角がニヤリ、と上向きになる。

 あこが不服そうに睨んできた。


「なによ」

「なにも。で、あこは今なにしてるの?」

「動画編集の仕事……家ですることが多い」

「それで余計に、と」

「知ってる顔だから安心できるのもあったし」

「どうも」

「……」

「……」


 特に会話が生まれない。

 知り合いだと、なんでこんなに気まずいのだろう。


「このあと、どうする? どこかに行く?」

「まぁ……うん」


 あこの秘密ってなんだろう。

 以前からの顔見知りで俺の妄想癖を知っているあこになら、ある程度のことを漏らしてもいいか。


「せっかくだし、俺の秘密を教えてやろう」

「いきなりなに、また妄想話?」

「いやいやこれは実話。俺が中学生の時に泳いだ川が凄い気持ち良くてさ」

「うん」

「気持ち良すぎて、射精したことがある」

「こんなところで何言ってんの!?」


 顔を真っ赤にしている。

 周りもわいわい賑やかだから、俺のちっぽけな声なんて聞いていない。


「よし、今度はあこの秘密だ」

「セクハラというか、ただの変態じゃん。勝手に話を進めないでよ」

「えぇー言ってくれよ、恥を忍んで話したのにさぁ」

「勝手に話したくせに……私の秘密なんて」


 なんだかんだ話を合わせてくれる。

 学生の頃から変わってないなぁ。

 あこは赤い顔のまま、ちらちらと俺を覗く。


「……うー」

「うん?」

「な、ない。今のところ秘密、ない」

「えぇ? なんかありそうな気がしたんだけどなぁ」

「ないし……言えない、ばか」




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秘密 空き缶文学 @OBkan

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