2人目 麻理亜

 待ち合わせ場所は以下略。

 別日、夕方。俺は右手に未だ残る違和感を忘れようと歩く。

 相手の名前は麻理亜まりあさん。

 趣味は……特にないけど歌が好き、だという。

 特にこれといって面白味のないプロフィールだったが、俺のセンサーは彼女を示している。

 きっと何か、とんでもないサスペンス要素がある、と。

 今回は5分ほど遅刻した。

 特徴的には写真通りだとか……本当だろうか。



 待ち合わせ場所の忠犬ハオ像を眺める、ふんわりミディアムヘアの女性が目についた。

 レース付きのシフォンブラウスにパンツスタイル。

 写真通りの髪型と服装、それから痩せ型。


「もしかして、麻理亜さん?」

「あ……ミナトさん、ですか」


 細い声。

 小柄な印象で、俺を見上げるのに2、3歩下がる。


「初めまして、麻理亜です。えと、よろしくお願いします」

「改めてミナトです、よろしく」


 大人しい雰囲気。

 さすがに、ユウコさんみたく大食いじゃないよな……。


「近くにレトロ喫茶と、和食屋さんあるけど、どこがいいです?」

「えと、どうしようかな……決めた方がいいんだよね」

「え、まぁうん、どっちでもいいよ」

「じゃあ、和食屋さんに」


 早速決まって、近くの和食屋へ。

 半個室のテーブル席に案内される。

 おススメ定食のほかお寿司、丼物があり、麻理亜さんはおススメ定食を選ぶ。

 俺は天ぷら御膳を注文。


「麻理亜さんって歌得意なの?」

「え、あ、ううん、趣味が特になくて強いて言うならカラオケで歌うぐらいかなって」

「ヒトカラ? 友達と一緒にとか?」

「弟と、一緒に」


 少し恥ずかしそうに、はにかんだ麻理亜さん。

 弟、なんだか香ばしさがある。


「仲良いんだね」

「うん。お姉ちゃんだから、わたし、弟によくしないとね」

「俺は一人っ子だからなぁ……兄弟欲しかったな」

「そういうものなの?」

「まぁ願望だけ。周りは一人っ子の方がいいとか言ってるけどさ、お互いないものねだりだよな。麻理亜さんはそういうのある?」

「特には……あの、ミナトさんの趣味って」


 麻理亜さんはプロフィールを見て疑問に思ったことを言いたそうにしている。


「妄想、俺の趣味というか、癖というか。仕事してても、家事してても妄想しちゃうんだよ」

「えと、例えば……?」

「いきなり俺に部屋に女性2人がやってきて修羅場要素満載みたいな、争った末に俺が刺されるとか」


 さらりと俺の妄想を漏らすと、麻理亜さんは戸惑いの素振りを見せてもなお微笑みを浮かべていた。


「まぁそんな感じのことを妄想しちゃってる」

「サスペンスものが好きなの?」

「まぁ刺激があればなんでもいい」


 運ばれてきたおススメ定食と天ぷら御膳。

 早速いただきます、と食事をとる。

 さくさくふんわりと温かい海老天や、塩の効いた野菜の天ぷらが美味い。

 麻理亜さんは少しリラックスした表情で、美味しそうに味ご飯を食べている。


「食事のあと……どうするの? わたしたち」

「え、どうするって、食べて終わりでいいんじゃない」

「そう、なんだ。てっきり……」


 てっきり? もしかして体目的だと思われているのか。

 俺の反応を窺う眼差しは、ホッと胸を撫で下ろす。


「でもせっかく出会えたし、ここはひとつ、麻理亜さんにだけ俺の隠れた趣味を教えるよ」

「隠れた秘密?」

「実は俺、歌詞づくりしてるんだよ。読んだら恥ずかしくなる内容だけど」

「歌詞づくり……凄いですね。今度見せてください」


 恥ずかしい話、世界平和を謳った歌詞や、みんなで一つになって社会で戦おう、という歌詞もある。

 誰にも見せることはないので、もし間違えて投稿してしまったら家から出られないだろう。


「見たらゾッとするよ。麻理亜さんは、何か秘密とかある?」

「秘密、なんだろう……わたしの秘密」


 箸が止まって考え込む。

 どこか遠くを見つめている。

 俺の勘が当たっていることを期待しながら待つ。


「ブラコン、かも」


 うーん、ブラコンかぁ。


「弟大好きなんだ?」

「んん、なんというかそれがわたしの役割だから……かな。小さい時、弟が母に怒られてて、今思うと弟が悪いんだけど、当時のわたしは親に長女だから弟を守りなさいってよく言われてたんだ……」


 箸を握る手が震えている? 指先に力が入ってしまい赤く染まっている。


「どうしたの?」

「あっ」


 目を丸くさせた麻理亜さんは、静かに微笑む。

 なんだか背中がゾゾッと寒くなった気がした。


「妄想は良いと思う、妄想の中で何したって許されるもんね」


 麻理亜さんは緊張が解けたのか、食後はカラオケに行って、それから解散となった――。

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