1人目 ユウコ

 とある日の夕方、待ち合わせ場所は忠犬ハオ像前。

 サモエドスマイルみたくニヤリとした顔の犬は、苛立つような可愛いような、賛否両論を呼び込む出来栄え。

 特徴として、八頭身であると伝えている。

 そして、遅刻魔であることも。


 予定より20分遅れて到着。

 相手の名前はユウコさん、年齢は多分2、3歳差。

 特徴として、同年代の女性と比較するとガタイがいいらしい。

 なんだか面白そうな気がするんだよなぁ。


「もしかして、ミナトさん?」


 待ち合わせ場所に到着するや否や、色声に近い落ち着いた声が耳に留まる。

 声の主に期待を膨らませた。

 ロングヘア、長袖で胸元が広いトップスをスカートにインしている。 


「ユウコさん?」


 ガタイがいい、と言っていたが……そこまでだけどなぁ、周りの女子と見比べるとやや肩幅が広いだけ。


「八頭身ってホントだったんですね」

「うん、目立つでしょ」

「あと本当に遅刻してますね」

「ごめん、これでも結構急いだんだけどね」


 遅刻は仕方ない、したくなくても遅刻はするもの。


「事前報告があったんでいいですけど。とりあえずお腹空きましたんで、どこかに入りましょう」


 クスクス、可愛らしく笑う。

 今のところ、特に興味深い部分は見当たらないな……。




 食事はどこでもいいと言ったから、ピザ&パスタ食べ放題のお店を選んだ。


「ここ新しいし、人気ですよねぇ」

「あー安いし、たくさん食べられるしね」

「じゃあテキトーに注文しましょうか。マルゲリータと照り焼き、カルボナーラ、それから……」

「食べられる?」

「食べられなかったら、代わりにワタシが食べますよ」


 意外と大食い。

 テーブルいっぱいのSサイズピザとパスタ類、それからデザートとサイドメニューの揚げ物系。


「ミナトさん、ちょっとだけ撮ってもいいですか?」

「うん、いいよ」


 テーブル上の混沌具合をスマホで撮影。

 何回か繰り返したあと、うん、と頷く。

 

「おまたせしました、じゃ食べましょ。いただきまーす」

「いただきます」


 ユウコさんは顔色ひとつ変えずピザを数種類平らげる。

 俺より食うじゃん……。

 美味しそうにニコニコとがっつく様は、どこか勇ましい。


「ユウコさんって大食いか何かやってるの?」


 訊ねると、ユウコさんは口元に手を寄せた。


「んー大食い選手じゃないけどこれぐらい平気ですよ。食べ放題ってたくさん食べないと損かなぁって……あ、幻滅しました?」

「いや、全然。美味しそうに食べてるから、見ていて飽きないよ」

「ふーん、ふふ良かった。ミナトさんもどうぞ食べてください、この照り焼きピザ美味しいですよ」

「あぁありがと」


 勧めてもらった照り焼きピザを頬張りつつ、様子を見る。

 どう切り出そうか……。

 炭酸系のジュースをごくごくと飲み、パスタをフォークに巻いて、髪を手で遠ざけ小さな口に運ぶ。

 プロフィールの趣味にはゲームと可愛いアクセサリー集め。


「どんなゲームしてるの?」

「んー……猫に言葉を教えて育成するゲームとか」

「うん」

「死にゲーとかしてます」

「しにげー……」


 温度差のあるジャンル。


「ソウルライク的な?」

「うん。敵の動きを読んで、計算しながらやり込んでく感じ、楽しいですよ。それにああいう暗い世界観、落ち着きます。もちろんスクロールアクション系も好きですよ」


 がっつりやってる様子だ。


「ミナトさんは、趣味のところ妄想ってありましたけど、あれなんですか」

「あぁーあれ色々とね。何やってても妄想が膨らむ、感じ」

「えぇーどんな妄想してるんです? もしかして今も?」


 色声が囁く。

 目元はニヤリと悪戯に微笑んで、俺の反応に期待している。


「秘密」

「えー秘密なんですか? ちょっとだけ教えてくださいよ」

「んー……そうだな」


 妄想なんか秘密にするほどのことはない。

 俺は過去の中からまだ人に言ったことがない思い出を選んでいる。


「男子の妄想なんてエグイし、訊かないほうがいいんじゃない? セクハラって言われても困るしさ」

「ふーんセクハラになるようなこと、しちゃってるんですねぇ」

「まぁ、そんな感じ。そうだ、秘密と言えばユウコさんにだけ」

「え、なんですか?」

「俺……小学4年の頃担任だった女の先生の下着、盗んだことあったんだよ。あれ嗅いで精通した」


 さらり、と零した。

 正直気持ち悪い内容だと思うだろう。

 なんとなくユウコさんを見ていて、行ける、と直感した。

 ユウコさんは目が点になり、手が止まる。

 表情を変えていない、どこか冷静な態度。


「……精通、早くないですか?」


 声色が微かに低くなる。


「え、そ、そう?」

「だって大体、中学生とか高校ぐらいですよ」


 そこに関心を持たれてしまった。

 妄想より恥ずかしい話が、さらに恥ずかしくなる。


「ま、まぁ……そう、かな……あーそうだ、ユウコさんはなんか秘密とかあったりするの?」

「え、ワタシですか、うーん秘密ねぇ。いきなりミナトさんが気持ち悪いのぶっこんで来たので、なかなか、こうパンチの効いたものが思い浮かばないですね」


 難し気な表情でチキンを食べている。

 俺的には何かあるのかなと思ったけど、どうやら今回はハズレかな。


「あ、そだ」


 ニヤリ、と少年みたく悪戯な表情。


「お会計済ませて、お別れの時に教えてあげますね」


 なんだか気になる展開、何かとてつもないことでも?

 胸が勝手に踊ってしまう。

 ストーカーするのが趣味で俺を盗撮、盗聴したいとか。

 好きな男を拘束して、飼い殺しにしたいとか。

 実は過去に相性のいい彼氏が腹上死して、悲しみと愛でアソコを切り取ったことがあるとか……。

 そんな妄想ばかりが頭を支配する。


 ユウコさんは注文したピザ、パスタ、サイドメニューを全て平らげた。


「じゃ、お会計は別々でいいですか?」

「うん」


 会計を済ませて、ユウコさんは人気の少ない日が暮れた公園へ。


「今日はありがとうございました。ミナトさんはなんだか不思議な人ですよね。スラっとしていてモデルみたいに細身でアンニュイな感じもあって、ちょっと面白かったです」

「そう? ありがとう。俺も今日楽しかった。初めてマッチングアプリをしたから、ユウコさんみたいな人で良かったや」

「へぇじゃあワタシが初めてなんですねぇ」

「うん」


 ユウコさんは嬉しそうに、ちょいちょいと手招く。

 何かと思って屈んでみると、俺の耳に息がかかる。


「ワタシの秘密」


 コソコソと話したあと、俺の腕を掴むなり、突然強い力で下に引っ張って柔らかい物に触れた。

 むにゅ? ゴリ?

 何とも言えない、いや、身近で触れたこともある。

 それは一瞬、ユウコさんは数歩離れていく。


「それじゃまたどこかで、今日はありがとうございましたぁ」


 楽し気に立ち去っていくユウコさんの背中。

 一体、何が起きたんだろう……秘密って……――?

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