第46話 イメージ
魔法を使えば、飴はグニグニと形を変え、私が望むように変形する。それはまるで、飴そのものが意思を持って動いているよう。
何となくスライムを思って、そして、急激に飴が美味しくなさそうに見えるようになった。
スライムのゲルは食用になるけれど、決して美味しいものではない。無味乾燥としていて、粉にする処理が悪いと水気を含んだ時に粘性を帯びて、口内にへばりついてひどいことになるのだ。
かつて、狩りでなかなか獲物が取れず、さらには貯蓄の消費が予想よりもずっと多くなってしまった冬の日、遭遇したスライムを食べる決断をした。
当時のわたしはスライムの処理方法なんて知らなくて、だから半透明のスライムを切り刻み、鍋に放り込んで煮て食べた。
加熱によってなぜか粘度が増したスライムを。
結果は、言葉にできないほどひどいものだった。
いくら飢えそうだからといって食べるようなものではない。
その後、それでも念のため、とスライムを持って帰還したわたしを出迎えたのは、魔物に追われて満身創痍になりながらも領地にたどり着いた想定外の客。
食糧不足の原因となったその青年は、スライム粉の製法をわたしに教えてくれた。
つまり、食い意地を張って一人でこっそりスライムを食べるようなことが無ければ、わたしは悲惨な目にあわずに済んだということ。
とはいえ食糧不足を彼に悟られるのは好ましくなくて、だから間違った行為だったとは思わなかった。
結局その年は、小麦粉料理やイモ料理にスライムゲルを混ぜてかさましをすることでしのいだ。
……ほとんど味のないスライムだけれど、栄養価はそれなりに高かったのだ。
「同じ甘味を使うほどに魔法を効果的に使えるのは、甘味の種類に精霊が意味を見出してくれるようになるからさ。だから、言葉は少なくてよくなるんだよ」
はっ、と我に返る。いつの間にか思考がひどく遠いところに富んでいた。
スワンの言葉を頭の片隅にメモしながら、わたしは飴の加工を続ける。
飴細工は形を変えるだけで精霊との意思疎通の方法の一つになりえる、らしい。
例えば雫型にすれば水を生み出すことをお願いしているのだと精霊に理解してもらいやすい。炎の形にすれば火、ピッケルの形にすれば土に関連する。
ここでポイントなのは、お菓子の形だけで確実に意思疎通をはかることができるとは限らないということ。
魔女たちが長年同じお菓子で同じ魔法をお願いしてきたからこそ、魔女たちの近くにいる精霊は、お菓子だけで解釈してくれる。
けれど、そのお菓子を初めて対価としてもらう精霊は、お菓子だけもらってもどんな魔法を要求されているか理解できない。つまり、魔女の魔法に慣れている精霊がいてこそ、お菓子の形による詠唱の短縮が可能だということ。
これは、老齢な魔法使いが、自分のそばに長くくっついてくれていた精霊に魔法を頼むことで、言葉少なに魔法を発動できることと原理的には同じだ。
あと、精霊はその魔法使い自身が作ったお菓子を好むらしい。
何でも魔法使いに精霊が答えてくれるというのは、その精霊が魔法使いのことが好きだから。
だから、自分で作ったお菓子をあげた方が、同じお菓子でも大きな規模で魔法を発動することができる。
「とにかく、自分で作ったお菓子をあげること。今の魔法使いはそんなこと考えもしないのが多いからね。精霊たちがたくさん集まってくれるよ」
「……精霊が群がるって、どんな感じなんですかね」
「んー、餌に集まる水鳥のような感じじゃないかい?」
水鳥――想像したら、水鳥どころか水中に潜んでいた魚までもが餌を狙って水面に集まる姿が想像できた。
水面は所狭しと魚が集まり、ひどく揺れ、水飛沫が舞う。
鳥も負けずに餌に集まり、誰が餌を手に入れるかで勝負する。翼をぶつけ合い、グァガァとやかましく鳴き叫び、体をぶつけあう。時折魚が水上にはねて、鱗を陽光にきらめかせて水面に落ちていく。
そんな想像をしたら、ぞわりと首の後ろの毛が逆立つような、そんな悪寒を感じた。
精霊が、それ以上は考えてくれるなと言っているようだと思った。
なんで、と考えて、とある仮説を立ててみた。
すなわち、精霊がどこまでもわたしの意を汲んで、イメージを魔法として反映させてしまうのではないか、ということ。
例えば、先ほどわたしが想像した、水鳥と魚の混沌とした様子。
その際に思い出した、水場の藻や獣臭さ、魚の生臭さや泥臭い味。
それらが、飴の味に反映されそうになっていたのでは――
想像するだけで恐ろしくなる。まさかそんな、さすがに飴であることをゆがめるような味や香りに変えるなんて、いくら精霊でも……できない、よね?
それに、もしこの仮説が正しければ、先ほど想像したスライムの不味さは……よし、これ以上は考えない!
考えるほどに恐ろしくなって、首を振って余計な思考を追い払う。
そろそろ飴細工も完成。ここで気を抜いて失敗はしたくない。
「それにしてもスミレはすごいね。たったこれだけの時間でここまで上達するなんてねぇ」
「精霊がすごいんですよ。私の思っていることを一から十まで汲み取ってくれているような気がします」
目の前には、傑作と呼ぶにふさわしい像が出現していた。
物語に語られる人魚。
水しぶきを舞い散らしながら水面から空へと手を伸ばす彼女の姿には、どこか熱望が感じられる。
美しい肢体の流線、水流の表現、鱗、全てが緻密かつ大胆に表現され、今にも動き出しそう。
これがピンク一色で無ければ本当に時を止めた人魚が目の前にいるように思えてくる。
確かに空に何かを求めるように手を伸ばす人魚が水を散らしながら水面から飛び出した姿、なんていう風に注文をつけたけれど、明らかにわたしの言葉以上に精霊が加工をしてくれている。
だって、わたしには芸術のセンスがない。お母さんからも思わずため息をつかれるほどには、才能が無い。
刺繍などしたときには悪鬼のごときいびつなものが模様として浮かび上がり、絵を描けば捉えどころの無い何かがキャンバスに現れる。
お母さまを絵に描いて「これは何の魔物?」と問われた時には、流石のわたしも泣きそうだった。
まあ、わたしの目で見ても、それはお母さまの肖像画とは思えないほどにいびつな姿かたちをしていたけれど。
それよりも強く記憶に残っているのは、わたしが落ち込んでいることに気づいたお兄さまが、「母上を描いたんでしょ?」とぴたりと言い当てたこと。
愛されている自覚はあったけれど、わたし以上にわたしを理解しているお兄さまは、少し気持ちが悪かった。
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