第43話 試練の先
*アヴァロン王子殿下視点です*
「ちょ、ちょっと、何で剣を抜いているのよ?」
「……試練だといっただろう? お前に勝てばいい、という話だったよな?」
「違うわよ。どうして試練という言葉だけで戦おうという発想になるのよ」
そうか。
試練で、門番。立ちはだかる正体不明の存在となれば戦闘は必至だと思ったのだが。
誤解したまま突っ走ろうとした居心地の悪さに肩をすくめ、剣を鞘に戻す。
再び響いた金属がこすれる音は、けれど今度は、どこか調子の外れた音に聞こえた。
出鼻をくじかれた私のように。
「……貴方、見かけによらず武闘派なのね」
「いや、これでも文官肌だな。剣は必要があったから覚えただけだ」
まあ、文官肌に見られる方が少ない。
何しろ私が騎士であることなど王国のおよそすべての者が知っているはずなのだ。
ならば、目の前のこの女は、私を知らぬ、他国の人間だということだろうか。あるいは、世捨て人?
探るように全身を俯瞰しても、答えなどどこにもない。私を知りながら演じているだけなのか、あるいはただ私を知らず、そして曲がりなりにも騎士である私を前にして「見かけによらず」などと告げる目が節穴な女なのか。
……そもそも私は、文官に見えるような容姿をしているのか?
「もし文官気質だったら真っ先に戦闘を考えないわよ」
「……剣を振るうことも多い」
「でしょうね。判断が明らかに戦士のソレじゃないの」
女の「ミステリアス」という仮面がぽろぽろと剥がれ落ちていく。
そこには仕事に疲れて酒場でテーブルに突っ伏すような、どこかくたびれた様子のありふれた女が立っている。
「改めて、私はフォトス。今から貴方に試練を課すものよ」
「私は……そうだな、ローだ。で、試練はなんだ?」
市井を歩くときに使っている偽名の一つを名乗る。
少し考えるように間を置いたが、この些細な演技も見破られているのだろうか。
この女を前にすると、自分の能力への自信が揺らいで仕方がない。
すぐにでも試練を突破したい。スミレの乙女のもとに駆け付けたい。
そんな私の心を見透かしたように、焦るなと、どこか呆れを含んだ視線が突き刺さる。
だが、焦らずにはいられない。
こうしている間にもスミレの乙女が森の奥で、この招待不明の女の仲間たちとともにいるかもしれないと思うと心がざわめいて仕方がない。
彼女は、無事だろうか。
安全なところにいるのだろうか。
緊張感が体に満ちる。
絶対に失敗は許されない。
試練を乗り越えるために、私は全力を尽くすと前のめりになって――
「試練は――パーティーに添えられそうなお菓子を用意することよ」
「…………は?」
空耳がした。
「……何だと?」
「だから、パーティー用のお菓子よ」
菓子?
パーティー?
私の耳がおかしくなった、ということはないはず。
一言一句聞き逃すまいと集中していたし、木々のざわめきは落ち着いていた。
「ふざけて、いるのか?」
「まさか。もともと、気が乗った子たちによって迷い込んでしまう者がいるくらいだもの」
これは、あれか。
今から私を王都へと戻らせて、辿らせないようにするための行為か。煙に巻いて、何の手がかりも得られないようにするための策略。
だから、この意味ありげな言葉にだって、大事な事実が紛れているということもない、のか?
菓子……自然と手は外套のポケットに触れる。
そこでがさりと揺れるものの存在を全身が感じ取った。
……ある。
菓子が、ここにある。
取り出したそれは、美しい紙の包装がなされた掌サイズの箱。
王都の有名だという店から取り寄せた菓子。
まるで私の執念――少なくとも妄執に限りなく近い――がもたらした品。
使用人に毒を盛られたなどという彼女が少しでも安心して食べられるものを送りたいと思って用意していたこれを、今、スミレの乙女ではない人に渡すのか?
葛藤は、けれどすぐに消える。
スミレの乙女のもとにすぐに向かうべきだという心の声に軍配が上がる。
私は何を迷っているのか。
スミレの乙女への贈り物など、またいくらでも用意すればいい。
今は彼女のもとへ会いに行く。
ただそれだけを考えていればいいのだ。
「これでいいか?」
「マドレーヌ・グレシャね。……もしかして、知っていたの?」
「この試練のことを指しているなら、知っているわけがない」
「そうね。先ほどはずいぶんと間抜けな顔をしていたわね」
近づいてきた女がひょいと私の手から菓子箱をひったくる。
ビリ、とおもむろに包装を破る。
私がスミレの乙女のために用意した甘味が、粗雑に扱われるなど見ていられなかった。
「おい、何を――」
「試練は、門を通るための対価の用意という意味もあるのよ」
スミレの乙女のための包装は一瞬にして無残な姿へと変化し、ためらいもなく箱が開かれる。
白く、金粉があしらわれた涙型のチョコレートが四つ、姿を現す。
それを、けれど食べるわけでもなく。
女は箱ごと、天に捧げるように持ち上げる。
その動きに答えるように木々がざわめき、枝葉の隙間から一筋の月光が箱に落ちたのは、きっと偶然のことだろう。
「……それじゃあ、行くわよ」
「どこへ?」
「すぐにわかるわ」
女の手が、私の腕に触れる。
その動きに追いつけなかった驚愕に私が目を見開く中。
一瞬にして、視界が切り替わった。
森の入り口から、幻想的な村へ。
それは本当に、瞬きするほどの刹那の時間に起きたことだった。
村と、そう呼んでいいのかもわからないような空間。
木々の葉が光っているように錯覚させる、緑のランプと、橙色のかぼちゃのランタン。
ねじれた木々と、切り株のローテーブルとイス。そのテーブルを囲むのは、目の前の女と同じようにローブと仮面を身に着けた者たち。
老若男女、およそ二十かそこら。
自分の身に何が起きたのか、何が起きようとしているのか、ここはどこなのか、私をどうしようというのか、スミレの乙女は本当にこんなおかしなところにいるのか。
「…………ここは?」
尋ねる私の声は、自分でもわかるほどに震えていて。
どこか満足げにうなずいた女が、ゆるりと片手を広げて私を誘う。
「ようこそ、魔女の円卓へ」
気づけば手に持っていた仮面を私の目元に押し付けて、女はおかしそうに告げる。
「氷の中で燃える炎なんて、おかしいわね」
目元に触れれば、ひやりと冷たい硬質な感触が指の腹に伝わってくる。
一瞬にして、私もこの怪しげな集団に仲間入りをしたらしい。
フォトスと名乗る女は、私を先導するように歩き出す。
そんな女の手もと。
私が手渡した菓子箱の中からは、菓子は忽然と姿を消していた。
そうして私は、魔女と名乗る異様な集団の中に放り出された。
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