第31話 甘味選び

「んんっ……とはいえ甘いものばかりではないみたいよ。懐かしい変わり種も置いてあるのね」


 目についたのは、真っ白な粒。大きさは親指の幅ほど。

 名前はフレッシュ・ボール。

 これがどうして、これほどまでにきれいなガラス瓶に入っているのか。ひどい違和感があるものの、それでもとりあえず試食できる一つを手に取ってみる。


「……丸薬、ですか?」

「フレッシュ・ボールね。丸薬と言っても間違いないけれど、始めはカプセル内に眠気覚ましの酸味のきついものを入れて食べられていたそうよ」

「それ、お菓子というよりは薬じゃないですか?」


 明らかに引いた顔をするフィナンの前でフレッシュ・ボールをかじる。

 途端に口いっぱいに広がるのは酸味――ではなく苦味――でもなく、とろりとしたキイチゴジャムだった。

 なるほど、中身を変えるだけでお菓子に大変身するらしい。中が分からないという少しの恐怖もまた、驚きによって美味しさを底上げしている。


 何々、ランダムフルーツ味……つまり、この瓶詰めされたフレッシュ・ボールにそれぞれ異なる果実のジャムが入っている、と。


「美味しいわよ。フィナンも一つどう?」

「薬はちょっと……」

「確かに、こっちは眠気覚まし用らしいから、わたしのイメージする薬に近いけれど」

「お菓子、ですよね?」

「このあたりのは薬用みたいね。わたしも以前使っていたわよ」


 眠気覚ましに始まり、子どもの風邪用と銘打ったフレッシュ・ボールもある。何でも中に解熱剤が紛れ込ませてあるらしい。貴族や豪商の子ども向けのお菓子、ということだろうか。

 体重や年齢に合わせて食べる個数を指定してあるし、意外と効果があるのかもしれない。


 これはお菓子か否か、フィナンは悩ましげに隣で唸っている。


「実家ではそれほどの激務をなされていたのですか?」

「違うわよ。匂い消しの丸薬としてよ。狩りの時に呼吸のにおいを消す、というよりは森の匂いにするフレッシュ・ボールのレシピがあるのよ。簡単な、どこの森の入り口でも手に入るような薬草で作られているから重宝するのよね。まあ、どこにでも生えている薬草を使うからこそ、どこでも通用する匂いをごまかす薬になるのでしょうけれど」


 もう実家での狩りは懐かしく思えて仕方がない。

 カプセルさえあれば現地調達可能で、よく忘れた際に狩りの前にその場で調合をしていた。


 時々カプセルの方も忘れて、仕方なくそのまま薬草をかじって苦みに舌がしびれてひどい思いをするのがセットだ。しかも薬草をかじりすぎて口臭が強くなってしまい、動物は警戒して近づいてこないという残念な結果だった。


 そのうち、森の魔物たちが学習したのか、人間わたしがいると察して近づいてくるようになったけれど。


「ああ、お話を聞いていて思い出しましたが、幼いころにこれで薬を飲んでいた気がします」

「その使い方が最近では一般的みたいね。わたしは知らなかったけれど。ちなみにこれ、半分はお菓子ね」

「残りの半分は……なんでしょう?」

「味はいまいちだけれど健康にいい素材をおなかに届ける、体内から美をもたらすお菓子らしいわよ」


 フレッシュ・ボールのカプセルは小麦粉とコラーゲンスライムの粉末が主な素材だから、お肌にいいのかもしれない。

 なんて、前にお母さまに話したら「スライムだと思わせないで」と悲鳴に似た言葉が返ってきたから心に秘めておく。

 営業妨害は趣味じゃない。

 フィナンは……驚くだろうか。

 意外とすんなり受け入れてしまいそうな気がする。だって最近、なんだか揶揄っても反応が悪い気がするから。


「それは素晴らしいですね。つまりこれを飲んでいれば美人になれるということですよね!?」

「これを飲んだうえで、しっかりと規則正しい生活をすれば、ね。飲んだか大丈夫なんて言って夜更かししたり仕事を詰めたりしては無意味よ」

「……それじゃあ意味がありませんね」


 もしかして、フレッシュ・ボールを手に激務と美を両立させようという魂胆だったのだろうか。

 あきらめたのはいいけれど、果たして激務と美しさ、どちらを諦めたのか。気になるけれど少し怖くて聞けない。


「あ、これなんかおいしそうね。ガリッとやってみて」


 言いながら、試供品の一つを口に放り込む。

 カプセルに柑橘系の皮を混ぜ込んでいるということで、黄色味がかったカプセルからはほのかなレモンの香りがした。

 もう一つ同じものを――と見せかけて、隣の試供品をつまみ上げ、フィナンの口の前に突き出す。


 いやいや、と駄々をこねる子どもみたいに何度も首を振るフィナンは可愛らしくて、周囲から生温かい視線が集まる。


 顔をますます赤くするフィナンは、このまま抵抗を続けるよりも諦めた方がダメージは少ないと判断したらしく、涙目ながらに覚悟を決めた顔をする。


「いただきます……ッ!?」


 がりッとやった次の瞬間、フィナンはフレーメン反応をした猫みたいな顔をした。

 すぐに表情を取り繕ったけれど、その口元はまだしぼんだままになっている。


「すっ……っぱいです」

「この酸味が疲労回復にいいそうよ……意外と癖になるわね。買おうかしら」


 正気か、という目で見てくるけれど、あいにくと正気だ。

 中身はお酢に付け込んだドライフルーツ。特性の果実酢にフルーツを干しては吊るし、それを繰り返すことで深みのある味を引き出したのだと説明に書かれている。


「つまり、酸味を凝縮されたものということよ。眠気覚ましにも最適ね」

「私はいいです……あれ、この酸味の強さをわかっていて、私に食べさせたのですよね?」

「そうね。ああ、もしかしてさっきの仕返しだと気づいた?」


 わたしは根に持つ女なのだ。からかわれたら仕返しをする。それが当然というもの。


「……まったく、奥様ももうご結婚されたのですから、少しは落ち着かれてはいかがでしょう?」

「嫁ぎ先にまで着いてきてくれた実家の使用人みたいね。そういうのは結婚する前のわたしを知っている人のセリフよ」

「奥様ともあろうお方が。もっとしっかりなさってください」

「もしかしなくても、奥様って連呼したいだけだったりする?」


 フィナンがにんまりと笑う。もしかしなくても、仕返しが足りなかっただろうか。


「はい、もしかしなくてもそうです。一度、使えている方を奥様とお呼びしてみたかったのですよね。『ハンナのメイド碌』という作品で、至高のメイドとして登場するハンナ様がお仕えする主人のことを若奥様とお呼びしているのがあこがれだったのです」


 他にもいくつもの素晴らしい作品が――と語り始めるフィナン。意外と文学少女だったらしい。

 識字率が低いこの社会において、娯楽の小説を読む者は少ない。その上、高価な書籍を購入できる財力が必要で、歴史書などを買っても余りあるお金が必要になる。

 つまりフィナンは少数派。小説を手に夢想する夢乙女。

 なるほど、フィナンが使用人たちから低く見られていた理由が一つ、わかった気がする。


 わたしに布教しようとでもいうのか、フィナンの語りはますます熱くなっていく。

 思考のメイド・ハンナの最高の見せ場は、他国に嫁ぐことになった奥様についていくことを決断するところ、そして異文化を前に心くじけそうになる主人を支える深い献身を見せるところ――らしい。


 メイドの小説……わたしにはわからない世界だ。

 そもそも本なんてほとんど読まないし。


 熱く語り始めたフィナンに「奥様呼びはやめて」と言う機会を逃して、フィナンの語りから逃げるように甘味を買いそろえることにした。

 あれ、これではわたしが一方的にやり返されているだけでは……ふむ、心のメモ帳に仕返しを記述しておこう。


 購入したのは、やっぱり持ち運び的に優れている飴とドライフルーツ。

 中でも美しさと味が完璧だったのは、金や無色の透明な飴の中に、同じく飴で作られた小さな魚や毬、鳥などが入っている飴だろうか。ものすごくかわいくて、思わず即座に購入を決めてしまった。


 傑作は、精霊シリーズ。目に見えない精霊をイメージし、彼らの姿を飴の中に再現したそれらは、思わず吹き出してしまいそうな精霊の姿もあった。

 筋肉ムキムキで頭がひまわりの精霊なんて、誰がどうして考え付くのだろう。


 そんな面白おかしい品のお陰で、フレッシュ・ボール以来警戒してわたしのおすすめを中々食べてくれないフィナンに少し悲しく思いながらも、楽しく有意義な時間を作ることができた。


 これで次に森へ向かった時の準備も完璧だ。


 ……あれ、もしかして今日購入した飴のほとんどは、わたしの口に入ることは無いのかもしれない。

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