シークレットなセクレタリー

Haika(ハイカ)

シークレットなセクレタリー

「それじゃあ、皐月さつき。あとの事は頼んだぞ」

「はい。社長、お気をつけて」


 そういって、社長は今日も外回りのため、秘書室と隣接する社長室を後にした。


 私は皐月みどり。この会社の秘書をしている。

 すごく商売繫盛! とまではいかない小さな会社だけど、社長の人柄の良さは社内でも評判で、彼の周りには自然といい人たちばかりが寄り集まっている。

 正確には、今の経営不振の原因となった前・社長の尻拭いをしながらも、その不満を決して表には出さず、テキパキと仕事をこなす姿に感銘を覚えているといった方が正解かな?


 そしてその秘書をしている私はというと、普段は目立たない所で黙々と、任された業務をこなすだけ。

 スキンケアだけはしっかりしていて、後は地味で幸の薄い顔だから殆ど注目されないんだけど、かえってそれが「秘書」という職業に型ハマりしているのだろう。


 そう。

 秘書は社長関連の業務を、厳重に管理し、ノルマを消化していくのが仕事だ。

 「秘密シークレット」という語源から生まれた職業の通り、社長の秘密を保持できるくらい信用のある人間でないと、「秘書セクレタリー」は務まらないのである。


 そんな私には実はもう1つ、社長に秘密にしているものがある。


 「…うふふ」


 社長不在の部屋で1人、ノルマを消化したあとの息抜きとして、鞄から1冊のノートを取り出す私。

 最新のページを開き、そこに、自身がひらめいた限りのネタを加筆していく――。



~シャワールーム~


 ザーッ!

 『ま、まってくれ…! まだ、身体を洗い切れていないんだ…!!』


 『はぁ… はぁ… 何を言ってるんですか、社長。約束したでしょう? 今日はなんとしても、俺に主導権を握らせてもらいますよって。はぁ… はぁ…』


 『でも、まだ、心の準備が…!!』


 『心の準備? フン。そんなものなくたって、俺達、もう何回も体の関係を持っている間柄じゃないですか… はぁ… はぁ… なにを、いまさら!』


 『だめっ… だ…! まって…!! あぁぁぁぁ!!』



 ――なんて、社長とその会社の平社員との“イケナイ場面”を、誰も見ていない部屋で1人にやけ顔に執筆していく私。


 そう。私は中学時代からの小説書きであり、「腐女子」なのだ。


 しかも、書いているキャラクターの主役はもちろん、先程外出をされた社長本人。

 もちろん、この事は社長には内緒である。死んでもこの秘密は守り抜くつもりだ。


 なぜそんなものを書いているのかって?

 単純に、ボーイズラブが好きだから。

 というのもあるけど、それ以上に社長が完璧なほどに人格者だから、ちょっとは私の知らないところで受け身になっている「人間らしさ」があってもいいのではないか、という願望があるためだ。

 こんな趣味を職場に持ち運んでいるなんてバレたら、次の人事異動で総務に飛ばされそうだけど、かえってこの背徳感とスリルがたまらないのである。


 攻めの相手は、同じくこの会社に勤める平社員の男性。

 噂では間抜けでおっちょこちょいな性格らしく、つい先日だと、その人の上司宛てに「暴言」とも見て取れるメールを誤って送り、すぐに削除したとかなんとか。

 もっとも、その上司は「きっと予測変換で間違って送信しただろうから、見て見ぬフリをしておいたのだが」なんて言っていたらしいが。


 なんて裏話は置いておいて、私としてはよくもまぁ、そんな社外秘をすぐ漏洩しそうな男を雇い続けているものである。

 まさか、そいつから何か弱みでも握らされているのか? というくらい、クビにしないなんて社長はなんて優しい御方なのだろう。


 ということで思いついたのが、そのカップリングというわけだ。

 我ながら、筋の通ったシナリオが作れているのではないだろうか?


 ピロン♪

 「ん?」


 スマートフォンから、NINEの通知がきた。

 ひとまずノートを閉じ、メッセージを確認する。大学時代の友人からだ。


 ――へぇ、遂に今の勤め先を辞める決心がついた、と。前からアルハラの噂があったからなぁそこ。30手前にして転職か。今よりホワイトな所が見つかるといいね。


 と、私は激励の言葉を一部、フリック入力で返信した。


 余談だがその友人は、さきほど私のボーイズラブ小説の攻めモデルに起用されている平社員と、自宅が同じマンションの丁度真上の部屋で暮らしている。

 もちろん、そんな事は友人には教えていない。

 彼女の職場と一切関係のない情報を教えたところで、何のメリットもないからだ。秘書たるもの、変にかんられたって困る。


 それに、多分この様子だと、転職先によっては引っ越す可能性もあるだろうしね。


 ガチャリ…


 おっと、そろそろ社長がこっちへ戻ってくる頃合いか。

 私は急いでノートを鞄にしまい、いつもの秘書の顔に戻る。


 そして、ドアが開いた。社長の顔が現れるや否や、凛々しい笑顔でこうきた。


「来週、中途採用の面接が1件入った。火曜の午後2時だ、ブックマークよろしく」

「はい」


 この様に、突然の指示を送られても、一切戸惑う事なくキビキビとデータ入力をしていく。

 まるでロボットかというほど、臨機応変に対応できるのが、私の強みだ。

 これなら先程のシークレットノートの存在を、誰にもバレる事はあるまい。


「その様子だと、特に問題はなさそうだな。ご苦労さん」


 社長は自分の席につき、私にそんな激励を送る。

 そして社窓へと目を向けると、きっと近日社内で発表されるロードマップの件だろうか、顎をしゃくりながら、何か考え事をしているようであった。


 私はもちろん、その時の社長の考えている事は知らない。

 自分がノートの件を知られたくない様に、こちらもまた、相手を詮索しない様に気を遣っているのだ。陰で、こう思われているなんて知らず。




 ――あの肩が強張った様子だと、またやっていた・・・・・・・な。これじゃあ、あの男をクビにしたくてもできそうにないや。

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