いつか偽りの自信が本当の自信になるまで

八月一日茜香

いつか偽りの自信が本当に自信になるまで

「やばっ!あと15分で家出ないと!」

学生の朝は早い。体感的に。授業の十五分は長く感じるのに、朝の十五分は、やたらと早く感じる。私は、慣れた手つきで、日焼け止めを顔に塗りたくり、アイロンとドライヤーのコンセントを差す。コンシーラーで夜ふかしの跡を消し去り、パウダーを軽く乗せ、シェーディングの粉を、大きい筆にとって、顔の輪郭を削る。アイプチの糊を瞼に薄く広げ、二重を形成し、ブラウンのアイシャドウを、筆にとって素早く丁寧にと、意味のわからない小器用さで乗せていく。(我ながら、なんという速さ。まだ五分ぐらいしか経ってない!まぁ、そりゃあ一年と半年続けてればこうなるか)余裕ができたからか、脳みそが勝手に、思考を明後日に飛ばす。その間にもアイラインで目尻を延長する。今の時代、必須と言える涙袋を、専用のコンシーラーで作る。チークを頬に薄く乗せ、ピンク色のリップを、唇の内側につけて、口付けをするみたいに唇を、そっと合わせた。鏡に映る自分を見て

「よし!今日を可愛い!」

にかっと笑って、寝癖スプレーを髪全体に振りかけて、ドライヤーである程度真っ直ぐにする。案外これに時間を取られたのか、残り時間は三分を切っていた(あぁもう!!!こんなことだったら、昨日ちゃんとしとけばよかった!)乾かさなかった自分を恨みつつ(今日から毎日、ぜぇーたい乾かす!)と心の中で叫ぶが、だいたい二日目からやっていない。温めておいた、アイロンに手を伸ばし、顎下で切り揃えられた髪の毛を、さらに真っ直ぐにする。そして、最後の難関、今時の女子高校生の注目度ナンバーワンの薄い前髪を、丁寧に巻いていく。これの出来によって、今日のモチベが変わると言っても過言ではない。そんなことを思いながら、なんとか前髪も無事に終わり、時間にも間に合った。アイロンの電源を切って、コンセントを抜く。ブレザーとコートを羽織り、マフラーを巻く。シンプルなリボンがついたスクバを肩に掛けて、手袋を持ち、玄関に向かう。両親はすでに仕事に行っているため、空虚な感じのする室内に向かって

「行ってきます!」

ローファーもどきの靴を履いて、踵を鳴らす。鍵を片手に持ち、ドアを開ける

「うぅ〜。さむい」

暖房の効いた家と打って変わって、寒い外。急いで鍵を回してドアを閉める。スクバの内ポケットに鍵をしまって、そそくさと手袋をつける。だけど

「末端冷え性、辛すぎ〜!」

冷え切った手先に温度は戻らない。少し駆け足で、マンションの階段を降り、エントランスを抜けて、学校へと向かう。背筋を糸で、上から吊られているみたいに伸ばして、しっかり前を見て歩を進める。途中、スーパーの窓に反射する、自分の姿を横目で見て(今日も校則違反だらけだな)自嘲気味に肩を揺らす。そう私の高校は至って普通の公立で、化粧もダメだし、スカートはもちろん膝下。だけど私はメイクもがっつりしてるし、スカートだって膝上だ。でも先生も疲れるのか、指摘されたことは一度もない。(中学の時の真面目ちゃんだった、私からじゃ考えられないな)過去の自分と比べそう評価する。学校の手前にある信号に引っかかった。私は自分の姿を車のボディ越しに見つめる。(メイクとかするようになってから、周りの人から褒められるようになった。いつでも自信に満ち溢れてる。なんて言われる私がつい一年前まで、自分の姿が嫌いで、自信なんてないに等しいなんて、思いもよらないんだろうな)少しだけ周りを騙している罪悪感が、胸を横切る。(校則違反している事実は時たま重くなることもあるけど、それでも)俯き加減だった顔を前に上げ、昔のように猫背になりかけていた背を、しゃんと伸ばして、青になった信号を渡る。(一度きりの高校生活、楽しみたい)人工的な水色で塗られた正門が目に映る。ふぅと息を吐いて、八時ジャスト。先生はいない。が他に誰もいないことを確認してから

「外面だけでもいいから、私に自信があるようにみせて。いつか、偽りの自信が本当の自信になるまででいいから」

(それぐらいなら、神様だって見逃してくれるよね)自分を鼓舞するためなのか、宣言なのかはよくわからないが、思ったことをそのまま、言葉にする。目を一度、閉じて開く

「よし!」

今日も楽しまなきゃね。そんな思いを胸に秘めて、自信がない私は自信を装って偽って、一月の凍てついた風と共に正門をくぐり抜けた。

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いつか偽りの自信が本当の自信になるまで 八月一日茜香 @yumemorinokitune

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