妖狐そ『飯綱荘』へ

かなちょろ

 妖狐そ『飯綱荘』へ

 桜の花弁が舞うこの季節。

 高校に入り、初めての自己紹介。


間宮 智子まみや ともこです。 今日から宜しくお願いします」


 私はこの春から高校一年になる十六歳。

 今年から一人暮らしを始めた。

 高校から近いアパートが、元々祖父が所有し祖母が管理をしている物件だった。

 祖母が亡くり、アパートの管理人が居なくなってしまっていた所、私の学校が近いからとの理由で祖父の許可をもらった。

 親には勿論駄目と言われたけど、【飯綱荘いづなそう】の管理人をやりながら、成績も落とさない事を条件にして許しを得た。

 これで念願の一人暮らし。

 でもこの飯綱荘いづなそうには人に言えない秘密があった……。


「結構古いな……、いや贅沢は言えない。 ここから私の高校生活がスタートするんだから」


飯綱荘いづなそう】年代を感じる古い建物。

 でも私の心はウキウキだ。

 この飯綱荘いづなそうには部屋が管理人室を含めて十部屋ある。

 そして入居者は五人と聞いていた。

 荷物を管理人室へ置いて、早速管理人として挨拶しに行かなきゃ。


「こんにちは〜」

 飯綱荘いづなそうの玄関口を開け挨拶をする。

「誰もいないのかな?」

 靴を脱ぎ、スリッパに履き直す。

 パタパタと廊下を歩いて中を確認する。

 この飯綱荘いづなそうは共同トイレが一階と二階に一つずつ、共同お風呂が一階に一つ、居住者が自由に使える台所があり、食堂がある。

 その食堂を覗くと、一人の男性がいた。


「あ、あの……」

「このご飯はあげないからね」

 私は挨拶しようと声をかけようとしたが、食事をしている人はこちらを振り向かずに話してきた。


「僕が作ったんだから」

「いえ、あの……」

「ん?」

 その人はスプーンを咥えたまま振り向くと、驚いた顔をする。


「あれあれ? 【十字じゅじかと思ったよ〜」

 話してくるその子は銀に近い髪色でフワッとしたショートヘアー、笑顔が可愛い男の子だった。

「それで、君はだれ?」

 思わずその笑顔に見惚れてしまった。

「わ、私は……」

 自己紹介をしようとすると、後ろから声がする。


「お〜いぎん、俺の分もあるか?」


 上半身裸で腰にはバスタオルを巻いて、頭を拭きながら食堂に入って来た男性。

「あ、十字じゅじ、もう無いよ。 僕が全部食べちゃったもん」

「なんだよ。 少しくらいは残して置いてくれよ……。 ん? このお嬢さんは?」

「え〜とね……」

「き、き……、きゃあーーーー!!」

 私はその辺にあった物を投げるとその背中に十字のタトゥーが入っている人は「いて、いて」と言いながら食堂を後にした。


「はあ、はあ……」

 なんなの……。

「ごめんねお姉さん。 十字じゅじはいつもあんな格好でふらふらするから」

「い、いえ、こちらこそ驚いちゃってごめんなさい」

「大丈夫だよ。 それで、お姉さんはだれ?」

「あ、そうだった。 初めまして、今日からこの飯綱荘いづなそうで管理人としてお世話になる間宮 智子まみや ともこです」

「ここの管理人さん? ふ〜ん……、僕はぎんって言うんだ。 宜しくねトモちゃん」

「と、ともちゃん……」

 いきなり名前で呼ばれた……。


「……まったく……、さっきのはなんなんだ……」

 さっきの裸の男が服を着て戻って来た。

十字じゅじ、このトモちゃんが新しい管理人なんだって!」

「ん? トモちゃん?」

 十字じゅじと言われているその男性は茶髪の少し長い髪をポニーテールのように縛っている。

「は、初めまして、今日からこの飯綱荘いづなそうで管理人としてお世話になる間宮 智子まみや ともこです。 それとさっきはすいません……」

「いや良いって、さっきは俺も悪かったし。 新しい管理人さんか。 俺の名前は十字じゅじ、宜しく」

「はい。 宜しくお願いします」

 ペコっと挨拶をすると、十字じゅじさんは銀くんの元へ行って何か話をしている。


「それじゃ私は他の方に挨拶しに行きますので」

「三号室のはくは、今出かけてるはずだから

五号室に行くと良いよ」

「ありがとうございます」

 銀くんに言われて五号室を目指す。


「すいませーん」

 ドアをノックするけど、返事が無い。

 あれ? 留守? 銀くんは五号室の人はいるって言ってたけど……。


「……なんだ……、ふぁ〜〜……」

 眠そうな顔で出て来た男性。 

 ボサボサの灰色の髪色をしたロングヘアーを掻き乱しながら、着ている服をはだけたままドアを開けて出てきた。

 背高〜い。

「は、初めまして、今日からこの飯綱荘いづなそうで管理人としてお世話になる間宮 智子まみや ともこです」

「……管理人?」

「はい。 これから宜しくお願いします」

「……、そうか……、ふぁ〜〜……、俺の名は【かい】よろしく……」

 かいと名乗るその人は名乗ると部屋に戻って行った。


 とりあえず挨拶出来るのはあと一人かな?

 七号室の入居者に挨拶をしに階段を登る途中、背広を着たサラリーマン風の男性が降りてきた。


「おや? 君は見ない方ですね」

 年は私よりは年上だけど、イケメンだ〜。

 眼鏡も似合っている。

「初めまして、今日からこの飯綱荘いづなそうで管理人としてお世話になる間宮 智子まみや ともこです」

「もしかして、あのお婆さんの継ぎ手かな?」

 継ぎ手? 後継ってことかな?

「はい、そんな感じです」

「そうでしたか、初めまして、私は【赤井あかい】と申します。 智子さん、以後宜しくお願いしますね」

 赤井さんはそのまま階段を降りて食堂の方へ歩いて行った。


 とりあえず挨拶は済んだ。

 今日から頑張ろう!

はくと言う人には帰って来てから挨拶すれば良いし、まずは部屋の片付けしないとな」

 管理人室に戻り、荷物の片付けを始めた。


 緊張と片付けのせいか、眠気が襲ってくる。

 この日は夜ご飯を食べずに、寝てしまった……。


 次の日、朝早く目覚めてしまったので、眠い目を擦りながら、とりあえずお風呂場に。

 ボーッとしながら服を脱いで中に入ると……。


「…………え?」

「ん……?」

 男性がシャワーを浴びていた。


「き、キャアーー!!」

 私は急いでドアを閉め、自分の服を持って管理人室へ走って戻った。

 あー! びっくりした、びっくりした……。

 姿を思い出すとちょっとドキドキしてしまう。

 黒髪で、ちょっと切れ目、そしていい身体をしてた……。

 いやいやいや、早く忘れよう。


 管理人室からちょっとお風呂場を覗くと、入ってた人は上がったようだ。

 私はそそくさと、シャワーを浴びて、パンを食べ、学校の準備をして、向かった。

 

 そして私の自己紹介も終わると、窓際の席に座っている人に目をやる。

 見た事あるその人は黒髪で少しの切れ目、イケメンなので、クラスの女子からキャー! っと声が上がる。

 もしかしてあの人……。


 自己紹介も終わると、淡々と授業が進む。

 そして放課後、帰宅途中に晩御飯のおかず買って帰らないとな。

 でもあんまりこの辺詳しく無いんだよね。

 スマホでお店をチェックし、スマホを見ながら歩く。


「あぶねぇ!!」

 咄嗟に肩を抱きしめられ、引き寄せられる。

 どうやら私は道を確認する為にスマホに集中していて、歩道からずれて車道に出てしまったようだ。

 そこにオートバイが向かって来ていた事に気が付かなかった。


「ボーッとしてんじゃねえ!」

「ご、ごめんなさい」

 肩を抱きしめて助けてくれたのは同じクラスの男子だった。

「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」

「気をつけろよ。 怪我は無いか?」

 私はコクコクと頷くと、体を起こされた。

「……何処かに行く予定だったのか?」

 私のスマホには地図が表示されているのを見たようだ。

「そうか、…………、この場所なら俺も行くから案内してやるよ」

「え!? で、でも……」

「お前、同じクラスの間宮だろ?」

 私の名前覚えてくれてたの!?

「は、はい。 確か、【はく】君だったよね?」

「ああ」

 淡白な答えだけど、はく君はスーパーまで案内をしてくれた。


 買い物は別々に済ませ、外に出ると、はく君がジュースを飲みながら待っていてくれた。

「やっと来たか……、……荷物持ってやるよ」

 私の両手が塞がる程の荷物を見たはく君は手を差し出して来る。

「大丈夫だよ」

 私は断るが、差し出した手を引っ込めない。

「あ、ありがとう……」

 荷物を一つ差し出すと、持って歩き出す。


 あ、そう言えば挨拶まだだった。

「あの、私……」

 挨拶しようとするとはく君は先に話してくる。

「新しい管理人だろ? 聞いてる。 宜しく」

「こ、こちらこそ宜しく……」

 このまま何も話題が無く、【飯綱荘いづなそう】に着いてしまった。


「た、ただいまー」

 玄関のドアを開けると、ぎん君が半裸の十字じゅじさんに追いかけ回されていた。


「それをよこせーー!!」

「嫌だよーー!!」

 バタバタと廊下を走り回っている。

「あ! トモちゃん! 助けてーー!! 十字じゅじが僕のプリンをよこせって追いかけてくるんだよーー!!」

 ぎん君は私の後ろに隠れる。

「違うだろ! ぎんが俺のプリンを食べたからだろーがー!!」

 私の周りをぐるぐる回ると、また走って行ってしまった。


「まったく……」

 はく君はため息混じりで食堂に向かった。

 私も食堂に買い物の食材を置きに向かう。


「ありがとうございます」

「ああ」

 それだけ言ってはく君は部屋に戻って行った。


 この大荷物になる食材は今日の晩御飯は私が皆んなの分を作ろうと思ったからなんだ。

 引っ越し蕎麦みたいなものだ。

 今日のメニューはオムライス。

 私が得意としている料理の一つだ。


 料理をしていると、ちょくちょくぎん君が覗きに来て、たまに十字じゅじさんが来る。

 そしてぎん君とかち合うと十字じゅじさんはちょっかいを出していく。

 仲良いなあ。


 料理も完成。

 そこそこ良く出来た。 皆んなを呼びに行こう。

 ぎんくんはちょいちょい料理していた台所に来ていたので、既に座ってスタンバっている。

 十字じゅじさんははくくんを呼びに行ってくれ、「僕も呼びに行くよ」 と、ぎん君はかいさんを呼びに行ってくれた。

 赤井さんはまだ仕事で帰って来ていないので、ラップをかけておく。


 とりあえず揃った所で、改めて管理人として挨拶をする。

「改めまして、この飯綱荘いづなそうの管理人をさせて頂きます【間宮 智子まみや ともこ】と申します。 不束者ですが、宜しくお願いします」

 ぃん君と十字じゅじさんから拍手が鳴り、はく君は横を向き、かいさんは眠そうにしている。 てか、半分寝ているよね?


 挨拶を終えると食事が始まる。

「ねえねえ、トモちゃん、ケチャップで何か書いてよ」

「こらぎん、間宮さんだろ」

「えー! 良いじゃん!」

「私はかまいませんよ」

「間宮さん、こいつを甘やかしちゃ駄目ですよ」

 ぎん君はぶーぶーと文句を言っている。

「まあ、まあ、何か書こうか?」

 私は冷蔵庫からケチャップを取り出そうと立ち上がると……。


「僕が取ってあげるよ」

 ぎんくんは指を冷蔵庫に向けると、冷蔵庫の扉が勝手に開き、ケチャップがふよふよと飛んでくる。

「え!? え!?」

 なに? マジック?

「「ぎん!!」」

 十字じゅじさんとはく君はぎん君に強く声をかけた。


「あ……」

 しまったと言う顔をして、ケチャップを渡してくるぎん君。

「えと、今のは……?」

「なんでもないよ……、あはは……」

 ぎん君は吹けない口笛をフューフューと吹いている。

 そして、ぎん君の姿は、頭に獣の耳が生えており、もっふもふの尻尾が一本生えてゆさゆさと揺れている。

 十字じゅじさんとはく君はあちゃーっとした顔をしている。


「だって、だって……、ついお婆ちゃんの時の癖が出ちゃったんだもん!」

「はあーー……、バレちゃったら仕方ないな」

 十字じゅじさんも獣耳が生え、もふもふした尻尾が生えてくる。

 はく君もかいさんも同じ様な姿に変わっていく。


「え? え?」

 私は驚きでどう言う反応をして良いかわからないでいた。


 すると、十字じゅじさんが牙の生えた口を開く。

「仕方ない……、正体をあかすか。 俺達は妖狐って言う妖怪さ。 昔暴れていた所を君のお婆さんにボコボコにされて九つに分けられたのさ。 そしてこの飯綱荘いづなそうに封印されてるってわけだ」

「え?」

 なにそれ? 話しに着いていけない。


「そう言う事だ。 あの忌々しい婆さんのせいでな」

 はく君も紅瞳で私を睨みながら話す。


 こ、怖い……。 昼間はあんなに親切だったのに……。


「ん〜……、それなら……、この嬢ちゃんを食らっちまえば良いんじゃねぇか?」

 かいさんも私を見てヨダレをじゅるりと垂らす。

「ひっ!」

 私は怖くなって声がでた。

 泣きそう……。


「皆さん、そこまでですよ」

 食堂に入ってきたのは赤井あかいさん。

「赤井さーん!!」

 私は泣きついて赤井さんに抱きついたけど……。

 抱きついた赤井さんも同じく獣耳が生えて、尻尾が生えていた。


「あ、あ……」

 私は気絶した……。


「う〜ん……」

 私は自分の部屋の布団で目が覚めた。

 あれ? 夢だった?

 恐る恐る部屋を出て、食堂に向かうと、ぎんくん、はく君、かいさんが正座させられ、赤井あかいさんに怒られていた。

「まったく、あなた達は……」

 ぎん君は尻尾が垂れて、はく君はそっぽを向き、かいさんは寝てる!


「あ! トモちゃん!」

 私が覗いている事に気がついたぎん君は手を振ってくる。

「あっ!」

 しまった! 見つかった!

 そして、食卓に皆んな座り、赤井あかいさんに事情の説明をされた。


「私達がこの飯綱荘いづなそうに封印された事までは聞いたようですね。 そこからの事を話しましょう」


 話された内容はこうだ。

 封印されてから祖母に使役される事になったと言う。

 なんで祖母はそんな事が出来たのかを聞くと、祖母は強い霊能力を持っていたらしい。

 そして悪戯をしていた妖狐を九つに分けて封印したと言う。

 九つに分けられた力は人へと姿を変え、祖父の許可をへて一緒に暮らし始めたそうだ。

 九つに分けられた時に一人づつ個性が生まれ、今に至るらしい。

 私を驚かしたのは、口外しないためと、管理人に相応しいかどうかを確認するためだったそうだ。


「それで、私は……?」

「不合格だな」

 はく君にキッパリ言われてしまった。

「まあまあ、はく、我々の姿を見てもここに座っているんですから……」

「相応しい管理人ってなんですか?」

 やっぱり正体を知っても驚いたりしない人なんだろうか?

「そうですね、我々が現存する為に必要な力を持っているか……、ですね」

 赤井あかいさんに理由を説明されるが、意味がわからない。


「私にその力が無かったらどうなりますか?」

「そうですね、我々は消えてしまうでしょうね」

「そんな.…」

「あ、でも、直ぐでは無いですよ。 しばらくは大丈夫ですから」

「そ、そうですか」

 ほっと少し安心したよ。


「九つに分けられたって言ってましたけど、他の四人はどうしているんですか?」

「ん〜、そうですね。 まだ顕現していませんね」

「顕現して無い?」

「はい、これは管理人の力によりますね」

「管理人の力?」

「管理人の力とは、この飯綱荘いづなそうその物に働きます。 だから我々もここから出て行く事は出来ないのです」

「そうだったんだ……」

「そう言う事です。 さ、今日はこのへんにしましょう。 しばらくは様子を見ますので、よろしくお願いしますね」

「わかりました」

 私にそんな力があるんだろうか? わからないまま、この飯綱荘いづなそうで妖怪の妖狐達と暮らす事になった。


 学校でははく君は相変わらず女子からキャーキャー言われ、ファンクラブもあるらしい。

 これは絶対に同じ住まいってバレたら駄目だな。


 そして飯綱荘いづなそうに戻ればいつものように二人はバタバタとしている。

 ぎん君は私のご飯が気に入ったのか、直ぐ作って欲しいと言いにくるので、夜ご飯は私が作る事が多い。


 しばらくそんな感じで過ごす。

 そして、赤井あかいさんから私がここに存続出来るかの話しがあると、また皆んなで食堂に集まった時に発表された。

 それは「合格です」 の一言だった。


「智子さんの霊力は祖母であるお婆さんより強い事がわかりました」

「へ?」

「ここにいても良いって事だ」

 はく君はそっぽを向いたまま、伝えてくれた。

「トモちゃんやったね!」

 ぎん君も喜んでくれる。

 かいさんは寝ているけど。


「それじゃ……」

「これからも宜しくお願いしますね」

 その言葉が嬉しく、涙ぐんでしまった。

 そして私はこの妖狐達と暮らして行く事になる。

 この先、どんな事になるかわからないけど、皆んなと楽しく暮らして行けるといいな。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 あれから一年、私はこの飯綱荘いづなそうで管理人をしている。

 ぎんくんと十字じゅじさんは相変わらず、かいさんはいつも何をしているのかわからない。

 赤井あかいさんは仕事に忙しいらしい。

 そして新しく、くろ君が仲間入り。 まだ幼くて可愛い。

 はく君とは……。

 ちょっと近づいたかも知れない。


 でも私が彼等を使役して、お化け退治や妖怪退治をする事になるとはこの時は思っても見なかったよ。

 この話しはまたの機会に……。

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