02 勇者資料館と少女の初恋



 数時間前。

 黎明国メルヒェン、勇者資料館にて。


「遠い昔、私達と魔族は元々一緒の存在だったの!」


 施設内には案内人の女性の声と少年少女たちの声が響いていた。


「神様に逆らおうとした人達がいてね。そんな悪いことを考える訳がない! これは何かおかしいって神様が思って、その時の悪い感情と人達を分けたの。その悪い感情が今の魔族になったんだけど」


 案内人は話を聞いている子どもたちの顔をチラと見て、ふふんと胸を張った。


「魔族はとっても強いの! 勇者様でも倒すのが難しかったのよ! だから、良い子の皆にも倒すのを協力してほしいんだ」


「おれ達が協力……?」「わたしが……?」

 

 不安そうな子どもの顔を見る。想定通りの反応だ。

 1部の子どもは「やってやる」と意気込んでいるが、大半は不安そうにしている。


「な、なにしたらいいんですか?」


 勇気を振り絞った質問に案内人は指を1本立てた。


「悪い感情は魔族の力になる。だから、みんな良い子でいること! 良い子でいたら、魔族もへっちゃら。騎士のみんなが倒してくれるよ」


「はーい!!」


 ド定番の決まり文句が決まったと女性係員は密かに笑った。


 この資料館には勇者にまつわるものが全て保管されている。

 勇者がどのようにこの大陸を歩いたのか。

 どんな都市に赴いて協力を募ったのか。

 文献。子孫の名前。武器。装備。今まで倒した魔族の数、死者数。

 そして、勇者が魔王領への出立に際して当時の国王と結んだ約束状まで。

 勇者が遺した功績を称え、後世に伝えるために作られたこの資料館は学童教育の「歴史教育」の一環として使用される箱物だ。

 

「こんなの倒したの……すごい……」


 とある少女はガラスの向こうに展示された羽の生えた魔族の彫像に恐怖した。

 残された伝記を元に再現されたそれらは当時の壮絶さを物語る。

 こんな奴らに勇者は勝ったんだ。そして、平和を作り出したんだ。

 目を横に動かしていくと、勇者の精緻な彫像。

 

 面持ちに青年らしさが残る彼の姿に、初恋を奪われた少女は多い。


「ふぁあ……すごい……」


 そして、この子の初恋もこの勇者像に奪われたようだ。


「すごいでしょ、かっこいいよねぇ~」


 少女の横にスッと現れたのは、鍔帽子を目深に被っている女性係員。

 急に現れて少女は目をパチクリとさせたが、若い女性の微笑みに緊張感も解けた。


「は、はい! 係員さんも勇者さまのこと好きなんですか?」


「うん! 大好き! だからここで働いてるんだ。封印から目覚めないかな~って」


「封印から……そうなったら、わたし……どうしよ……えっと」


 色々な妄想を頭の中でする少女に係員はあたたかい視線を向ける。


「この彫像もかっこいいけど。本物はもっとカッコイイんだよ~?」


「そ、そうなんですか! ほんものは……もっと……」


 少女ができる限りの妄想力で勇者とのアレコレを妄想する。

 一緒にごはんを食べて、外で遊んで、本を読んで。稲穂のような温かみのある髪の三つ編みを手伝って、自分の髪の毛も結ってもらって──

 

「おい! これに勇者ロイが封印されてるってホントかよ!」


 真横から聞こえてきた少年の声にそちらに顔を向けた。


「どうみてもただの黒い塊じゃん!」


「魔王のえいち……? で封印されたんだって」


「これに封印されてるの?」


「へー……」


 それは見るからに『縦長の黒い鉱石』にしか見えなかった。

 これの中に勇者ロイが封印されているだなんて。

 子どもたちからしてみれば、がっかりスポットのようなものだ。

 だが、しっかりと案内板には──【魔王の叡智により封印されし勇者の魂、ここへ眠る】──という詩的な文章が刻まれている。

 

「裏山を探せばありそうじゃね?」


「行こ行こ。あっちの方に剣があるってさ!」


 バタバタと足音が遠のいていく。

 少女はそちらに向けていた視線を戻すと、女性の係員はどこかに行っていた。


「あれっ……あ、うーん……これに勇者さまが……」


 初恋を奪われた少女も黒石にはあまり興味を示さない。

 魔王の叡智という割には面白みがなく、

 勇者が封印されているという割にしょぼい。

 

「うん。これは、まぁ、いいや」


 そうして少女の興味が他のところに移っていく。

 ──ピシッ。

 

「……?」


 亀裂が入るような音が聞こえ、少女は振り返った。

 だが、何も起きてはいない。硝子が軋んだような音にも聞こえた。

 気の所為か。そう片付けて再び他の子ども達と合流しようとして――今度は、何かが砕ける音が聞こえた。


「なにが──」


 振り返った時に見えたのは黒石が割れ、人の形をした何かが現れたところだった。

 それは、深い眠りから覚めたような虚ろな目をした少年で。

 そして、鏡に映る自分を見つめて──


「なんか、ちっちゃくなっとる……」


 そのような言葉を言って──ガシャン、と。

 勢いよく閉まったシャッターによって閉じ込められていた。


『展示物に異常あり! 至急係員は点検に──』


『資料館にお越しの方は係員の誘導に──』


 そんな館内アナウンスが響く中、少女は黒石の前のシャッターまで歩み寄る。

 

「あ、あのっ!」


 係員がバタバタと走る音を背中に、少女はギュッと唇を結んだ。

 もしかしたら、さっきチラッと見えた人は勇者なのかもしれない。

 黒髪だったし、どこか小さかった気がするけど!

 それでも少女の身間違いで、きっとそうで、そうに決まってて!


「……っ!」


 あなたは勇者様なんですかと聞くために少女は勇気を振りしぼる。

 好きな人に想い人がいるのかと聞くように、

 声を上ずりながら。


「も、もしかして、あなたは勇者さ──」


「え、なに、こわい。ガシャンっていった。なにこれ、ここどこ、みんなは……? 怖いよぉ。くらいよお……みんなぁ……」


「……」


「お嬢さん! 今から点検にはいるからこっちに来てね!」


 男性係員に手を繋がれて引き剥がされていく。

 その時の少女の表情はなんとも言えぬもので。

 ただ一つ言えるとしたら……。

 初恋は終わった、ということだろうか。

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