秘密の宝物

中西徹

秘密


 僕には、物心ついたころからの習慣、というか、習性がある。

 それは、大切なものを、こっそりと隠すこと。

 はじまりはいつだったろう。

 三歳ごろか。

 美味しい卵ボーロの一粒を、誰にも見つからないように机の下にトンと隠した。

 すると、僕しかこの卵ボーロの行方を知らないのだ。という得も言われぬ高揚感が身を包んだ。

 それ以来、僕はこっそりお気に入りを隠し続けた。

 四歳のときは、ゼリーのふた。

 五歳のときは、あめ玉の包み紙。

 誰にも知られない、僕だけの、秘密。

 


 なのに、僕の秘密は、いつもなぜかお母さんには見つかった。

 


 卵ボーロは、汚いと言われて捨てられて、ゼリーのふたは不潔だといってゴミ箱に放り込まれた。たくさん集めたあめ玉の包み紙にいたっては、どうしてこんなにいらないものを溜め込むの。というお説教つきで、自らの手で、ゴミとして捨てさせられた。

 僕の秘密の宝物が、見つかって、取り上げられるたび、僕は泣いた。

 沢山泣いた。

 母から見たそれらが、どれだけゴミのように見えたとしても、僕にとっては宝物なのだと訴えた。

 けれど、訴えが母の心に届くことはなかった。



 だから、僕は、より一層、入念に宝物を隠すようにした。



 小学校にあがった時、一番上の引き出しに鍵の付いた机を貰った。

 はじめの頃は、「鍵」という鉄壁の存在に安堵して、宝物をほいほい放り込んでいた。

 結果として、鍵は母に突破され、「どうして勉強机をこんなに汚すの」と中身を全て捨てられた。

 そうして悟った。

 家の中には、僕の秘密の場所は作れない……と。

 


 だから、外に秘密基地を作った。

 友達たちと、山に向かい、枯れ葉と枯れ枝を使い、簡素なテントを作る。

 その中に、みんなで思い思い、漫画やゲーム、それからお菓子を持ち込んだ。

 楽しかった。

 母の目を逃れ、自由にできる時間が。



 それも、ある日、壊れてしまったけれど。



 迂闊な友人が、母に後をつけられたのだ。

 秘密基地で友人に手を振ったら、友人の後ろから笑顔で手を振り返す母を見た時の僕の気持ち、分かってくれるだろうか……。



 秘密基地は、学校に報告されて、撤去されてしまった。

 そうして、僕は、友人も失った。

 秘密基地を壊したのが僕の母だということで、仲間外れにされたのと、母が、あんな野蛮な遊びをする友人とは付き合わないように。と僕に制限をかけたからだ。

 


 そうして僕の小学校時代は暗黒に包まれた。



 中学の時も、高校でも、僕が大切な秘密を作るたび、母はそれを壊しにかかった。



 僕は……。



「正人、朝ごはんよ」

 階下から母の声が聞こえる。

 むくりと起き上がった僕の体は、夢の中の僕とは違い、鈍く、重い。

 姿見に、年老いて太った僕の姿が映る。

 母の呼び声に返事を返さず、僕は階下に降りていった。


 

 あの日以来、僕は大切な秘密を作ることをあきらめた。

 いや、実は、大学時代に人生でこれ以上無いと思えるほどの大切な秘密を作っていた。

 彼女のためなら、僕は人生の全てを賭けることが出来る。

 とさえ、思って、大切に、大切に、母から隠し続けた。



 その時がくれば、大切な僕の家族になる人だと、紹介するつもりだったんだ。



 バイトが遅くなった日の帰り。

 彼女が、夕ご飯を作って待っているね。と言ってくれていて、疲れていたが、彼女に疲れを見せまいと、笑顔を作って、ただいま。と扉を開けた。

 そこで見た光景を、僕は今だに忘れられない。



 真っ赤な部屋に、真っ赤な彼女。

 


 そして、真っ赤に染まった母の姿。



「正人はね、お母さんの宝物なの」



 母は、いつもそう言っていた。



「おはよう、お母さん」

「おはよう。正人」

 あの日以来、僕は、母の元で外出もせずに暮らしている。

 真っ赤に染まった彼女は、僕がパニックに陥っている内に、母がどこかに隠してしまった。

「これは、二人だけの秘密よ」

 頬を赤く染め、血走った目で僕に迫った母の姿を今でも夢に見る。

「正人の宝物は、母さんだけ……」

 血まみれの床の上で、情けなくも腰を抜かした僕の前でそう呟いた母に、何度も頷くことしか出来なかった。

 そうして僕は、大学を止め、ずっと……家の中にいる。

「おいしい? 正人」

「おいしいよ。母さん」

 ずっと啜った味噌汁の味も、本当は、もう分からない。

 分かっていないことを秘密にしていることも、母は、本当は分かっているのだろう。


 笑顔を向ける母に、秘密を作れない僕は、濁った笑みを返した。

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秘密の宝物 中西徹 @t-nakanishi

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