調査結果
『え、開かなかった?』
「ああ」
『鍵が掛かってたのか?』
「いや、多分鍵が掛かっていたとかじゃなくて、扉のすぐ向こうに何かが
『……痞える、か。なるほどなぁ。そもそも開けること自体が不可能だったのかもしれないな。やっぱりカップルで行くかどうかで開閉される部屋なんてガセなのか。他の噂はどうだった?』
「ひとつ目の女性のすすり泣く声は聞こえなかった。ただ、ふたつ目のフロントの電話の噂だが、実際電話は鳴った」
『まじか!』
「けど、訳あってそれ以上は調査できなかった」
『そうか……、けど実際に電話が鳴ったってことは噂自体の信
「ああ、男の足が歩いていたよ、天井にな。一応カメラは回していたけど映っているかどうかは分からない。とりあえず映像を送るから一度見てみてくれ。俺はもう寝るわ。
『分かった! ありがとうな! 助かったよほんとに。彼女さんにもお礼言っといてくれ』
「はいよ。んじゃあな」
『おう! また大学でな』
403号室の扉が開かないことを確認してから、俺と
帰りのことを全く考えていなかった俺は、冬海に歩いて帰らないといけないことを告げ、怒号のひとつでも覚悟していたが冬海は疲れきっていてコクンと頷くだけだった。俺も思い出したかのように身体がどっと重くなって、そのままKホテルを後にした。あの人影たちがまだホテルを囲っていたのかどうかすらも確認する余裕はなかった。
偶然なのか、山奥を歩いて下りていく途中で幸いにもタクシーが通ってくれた。驚いたことに行きで乗ったあのタクシーだった。
「よかったよ。君のことが気になってここを通ってみて正解だった」
40代前半くらいの男性タクシー運転手はそう言って笑っていた。
そうして俺たちは無事家に辿り着いた。
早速
けたたましく鳴り響く着信音で俺は目が覚めた。
「んだよ〜」
スマホの画面を開く。眩しい光で目が
春夏からの着信だった。それも6件も。
ポコン
そして今し方メールが1通届いた。
メールの文章はたったひとことだけだった。
「ん? これ、どういうことだ」
思わず冬海を見る。
冬海は俺のベッドを占領してぐっすりと眠っていた。
「冬海」
呼んでみるがやはりそんなものでは到底起きるわけもなく……。
俺は春夏に送ったKホテルで撮影した録画を確認してみた。
……。
…………は? なんで? どういうことだ。
Kホテルの周りを囲っていたあの人影、202号室の天井を歩いていた男の足、3階と4階の踊り場でうずくまっていた顔のない少女、その全てが映像には映っていなかった。
これは確かによくあることだ。むしろ霊が映像に映る方が珍しいから、その点に関しては特に何も思わなかった。
だが、映っていなかったのはそれだけじゃなかった。
「冬海……」
冬海はベッドで眠っている。だから聞こえていない。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「冬海、お前って、生きてるよな?」
メール文を再度確認して、そしてもう一度ベッドを見る。
「っ!?」
冬海は座っていた。今の今まで寝息を立てて眠っていたのに、ベッドの上に座ってこちらを見つめていた。
朝日が冬海の顔を照らし出す。
冬海は俺をじっと見つめて微笑んでいた。瞬きひとつせずに、瞳孔の開いた目でじっと俺を見つめていた。
春夏から来たメールにはこう書かれていた。
『お前、彼女さんは来なかったのか?』
来ていた。ずっと一緒にいた。
それなのに、俺はずっとひとりだった。冬海は一度も映像に映らなかった。
「あは」
冬海は歯を剥き出した。
「冬海?」
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
頭が真っ白になって何も考えられなかった。
冬海は笑っていた。けど、今まで見た冬海のそれとは明らかに違った。
やがて冬海はピタッと笑うのをやめ、俺を見つめた。
「やっと気づいた」
瞬間、冬海の表情が変貌した。
まるで日本人形のように青白い顔が俺を睨む。
「生きてるよなって? 何言ってんの? あんたが私を殺したんじゃん」
冬海はハイネックの首襟をめくり、自身の首を
そこには、くっきりと俺の手形がついていた。
……ああ、思い出した。
そうだった。俺が……、俺が、冬海を、こ──。
『おかけになった電話番号は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為……』
「ああくそ! 秋都なんで出ないんだよ」
秋都からKホテルで録画した動画が送られてきて、早速俺はその動画を観た。
『え〜時刻は午前0時45分、これからKホテルの中に入ろうと思うんだが、ひとつ問題がある』
しばらくしてから、
『あそこ、視えるか?』
と、ホテルの中が映る。
最初俺に対して言っているのかと思ったけど、後々そうではない別の人物に話しかけているのだと分かった。その人物との会話を聞く限り、それは秋都の彼女なのだと察しがついた。浮気がどうのとかなりの口論になっていた。
俺の中でひとつの仮説が浮かんだ。
もちろん普通に考えればそんなこと馬鹿げているだろう。だが、相手は霊が見える秋都なのだ。むしろこう考えた方が自然だ。
つまりは、秋都の彼女は既に亡くなっていて、秋都はそのことに気づいていない、ということだ。
403号室は開かなかったと言っていたが、秋都が彼女と一緒だったとしても、その彼女が死んでいては開かずの間が開かないのも当然だ。
何度か電話をかけてみたが、秋都は出なかった。
きっと寝ているのだろうと思うけど、もしも俺の仮説が正しければ……そう考えると少し心配になった。メールで彼女のことを聞いてみたけど、その返信も来ず。
翌日の夕方になっても秋都からの返事は来なかった。それどころか、電源を切っている可能性すらある。
一体何があったんだ、秋都……。
冷蔵庫からビールとイカの塩辛を取り出して一人用の小さなソファに腰掛ける。目の前に置かれたこれまた小さな机にそれらを置いて、テレビのリモコンのスイッチを押した。
少ししてパッとテレビが点いた。夕方のニュースが流れていた。
ビールをグイッと喉に流し込む。すぐさまイカの塩辛を食べる。
この組み合わせがたまらない。
『警察が駆けつけたところ、20代の女性がベッドの上で倒れ、20代の男性がそのすぐ側の床で倒れていて死亡が確認されました。そして浴室内の浴槽の中にはバラバラに切断された男性の遺体が発見されました。調べによりますと、20代の女性とバラバラに切断された男性は少なくとも死後2ヶ月は経過していると見られており、警察は2ヶ月前に捜索願いが出された
物騒なニュースを聞いてチャンネルを変えようとリモコンをテレビに向けた時、気がついた。
テレビに映った見たことのあるアパート。
それは間違いなく、秋都の住んでいるアパートだった。
「まさか、違うよな」
俺はテレビのチャンネルを変えた。
リモコンを持つ手が震えていることに、気づかないふりをして。
四つ目の噂 家達あん @iesato_anne
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