Kホテル

「こんな夜に何しに行くんだい?」

「あーちょっとサークル活動の一環でして」


 スマホを見ると時間はちょうど0時を回ったところだ。春夏はるかの言う山奥のホテルは、名前は伏せるが『Kホテル』というらしい。町外れというのもありタクシーを使うしかなかった。バスも通っているらしいが、16時が最終便だった為に選択肢はひとつに絞られた。当然ながら車を持っているはずもない。


「Kホテルまで」と言うと、タクシー運転手はいぶかしげな表情を浮かべた。それもそうだろう、もう既に廃墟となったラブホテルに行くカップルなんて奇妙でしかない。

 サークル活動の一環なんて咄嗟に言ってしまったが、果たして納得してくれるだろうか。まぁ間違ってはいないのだが。


「へぇ〜そうなんだ」


 おそらく40代前半くらいの男性タクシー運転手は軽く聞き流すだけで深くまでは訊いてはこなかった。

 俺は胸を撫で下ろした。


 俺の隣には、白のハイネックTシャツにジーンズの冬海ふゆみが姿勢良く座っていた。さすがに10月のこの時期に半袖は寒すぎないか?

 黒髪ショートの髪はつやがあり、大人びた美しさを感じる。横から見る冬海は鼻がスッと高くてモデルのようだ。だが、大人びたその容姿は彼女の表情を読み取りづらくしているようにも思えた。



 大学から帰って早速冬海に春夏とのことを説明した。

 いつもは俺ひとりで行くのだが、今回はどうも恋人である冬海と一緒に行くことが重要らしい。Kホテルの開かずの間、403号室は噂によればカップルで行くと開いているという。今回はそれを調べるのが最も優先すべきことのようだ。

 冬海は「はぁ〜? こんな真夜中に外出るの〜?」と文句を垂れていたが、渋々しぶしぶ了承してくれた。



 怒ってはいないだろうが、なんとなく冬海の眉間にしわが寄っているように見える。

 俺は視線を外す為にスマホを取り出し、夕方に届いた春夏からのメールを読み直した。



『Kホテルに着いたらいつもみたいにカメラを回してくれ。特に403号室は鍵が掛かっているかどうかも分かるように確認を頼む。一応4つの噂も書いておく。


その1、女性のすすり泣く声が聞こえる。

その2、フロントにある電話が鳴り、受話器を取った時に声を聞くと死ぬ。

その3、202号室に男の人の足が歩いている。

その4、カップルで行くと開かずの間の403号室の鍵が開いている。


30年ほど前に潰れたホテルで、1階はガラス張りになっていて割れているだろうから足元には気をつけろよ。もし何かあったり誰かいたりした場合はすぐに引き返せ。今回は彼女さんにも協力してもらっているから特に気をつけて調査してくれ。俺もなるべく寝ずにいるからいつでも連絡してくれ。あ、それとちゃんと許可も取ってあるから不法侵入じゃないからな。交通費もちゃんと返すからタクシーでもなんでも使ってくれ。まあこれは今更のことだな(笑)じゃあ頼んだ!』



 何度もこういうことを頼まれていた為、調査の仕方は大体把握済みだ。想像以上に春夏もちゃんとサークル活動しているのだなぁと感心する。とはいえ結局人頼みだからそうとも言えないところでもある。

 春夏からビデオカメラも借りていて、いつもカメラを回しながら調査をしていく。春夏の私物かサークルのものなのかは分からないが、かなり性能は良さそうなものだ。暗闇でもナイトモードに設定すれば鮮明に見える為、何かが写っている場合もある。本当は定点カメラなどを各部屋に置いて観察する方がいいのだろうが、俺自身が視えるからどこを撮影すべきなのか把握できる為そこまでする必要はない。


 ただ、今回は今までにはないような噂がどうも気になる。

 霊は自分をアピールする為に音を出す。壁を叩いたり、物を落としたり、実際に人に触れたり。だが今回は恋人の有無で扉の鍵を開閉するという奇妙な噂が立っている。これは霊の仕業なのか? 俺にはただ単に人が不法侵入して勝手に住み着いているだけな気がする。だがそうなるとなぜカップルがいる時だけ鍵を開けるんだ?

 謎だ。春夏の言う通り、何かあればすぐさま冬海を連れて離れるべきだな。



 しばらく山奥を走り、Kホテル付近の林道でタクシーは停車する。これ以上は車は通れないそうだ。


「気をつけてな」


 ひとこと気遣いの言葉を残し、タクシー運転手はUターンして山を降りていった。


 辛うじて灯された街灯の下で冬海としばらく立ち尽くす。辺りを見渡すがホテルらしい建物が見当たらない。

 と、春夏に借りているLEDの懐中電灯でそばの茂みの向こうを照らすと、さびれた建物が微かに見えた。


「あれか?」

「は? え? この雑草かき分けていくの!?」


 冬海は明らか不機嫌にため息を洩らす。


「そうだよ。あそこに見えるだろ? 建物が。多分あれだ」


 建物を睨みつける冬海を置いて先に茂みに入ると、冬海は嫌々ながらも追いかけてきて俺にしがみついた。

 俺と冬海は茂みをかき分け、懐中電灯の光に集まってきた虫に悲鳴をあげながらも、なんとか目的の建物『Kホテル』にたどり着いた。


 生い茂った雑草に囲まれた廃ホテル。懐中電灯でホテルを照らしてみる。

 春夏が言っていたように硝子がらす張りの建物だったのか、割れた硝子がそこら中に散乱している。どこが入り口部分だったのか分からないほどに、ほとんどの硝子が割れて中が丸見え状態だ。いや、正確には


 俺は早速ビデオカメラのスイッチを入れた。

 ピピッと機械音が鳴り、カメラは起動した。

 ホテルにカメラを向ける。


「え〜時刻は午前0時45分、これからKホテルの中に入ろうと思うんだが、ひとつ問題がある」

「何? 問題って」


 カメラに向かって春夏に見せる用に話していたのに冬海が割って入ってきた。


「あそこ、視えるか?」


 そう言って俺はホテルの方を指差す。

 もちろん冬海にはのを分かった上でだ。


 硝子が割れてホテルの中はどこからでも入れる状態だ。中はライトがなければ真っ暗だ。しかし、先ほど俺は懐中電灯で中を照らして見ていた。それなのに、。見えるはずなんだ。少なくともライトで照らしたところは。それなのに何も見えない。

 その理由は、がいたからだ。ホテル全体を囲うように、



 前にも似たようなものを見たことがある。小学校の修学旅行先のホテルで。

 の正体が何なのかははっきりとは分からない。だが、おそらくその場所で死んだ人たちの負の集まりのようなものだろうと思う。

 あの時は空気そのものが死に近付いてしまうような感覚をずっと感じていた。言葉にすると訳が分からないだろうが、要するにがいる場所では人が死にやすいのだ。

 現に当時泊まったあのホテルは、従業員の不審死が相次いで休館になったらしい。



 このホテルを囲うウネウネとうごめくこの人影たちが、もしも以前視たそれだったなら、少なくともここに長居はするべきではない。いや、入るべきではないかもしれない。


「ひゃああっ!」


 俺の思考を遮断する甲高い悲鳴に心臓が止まりそうになった。


「びっくりした……」


 悲鳴の正体は冬海だった。冬海は真っ直ぐにホテルの中を見つめて震えている。


「な、なに……あれ」


 俺には今所為せいでホテルの中を確認できない。一体ホテルの中に何があるのかと、そう思ったが……、彼女は言った。


「ホテルの前に何かいるんだけど! ウネウネ動いてるの何あれ!?」


 俺は目を見開いた。冬海が見ていたのはまさに今俺が視ているものと同じだったのだ。


「視える……のか?」

「見えるって何が!? そこら中にいるじゃん!」


 いつの間に視えるようになっていたんだ。今まで彼女の口から視えるなんて聞いたことがなかったのに。

 いや、もしかすると俺が原因かもしれない。

 2ヶ月前から俺の家で常に一緒にいたから俺の力が影響されたのかも。そういうのを聞いたことがある。視える人と一緒にいるとその人も視えるようになる、と。


 ジリリリリリリリリリ。


 と、突然が鳴り響いた。


「ひゃっ!」


 俺に抱きつく冬海の震えが身体中に伝わってくる。


 ジリリリリリリリリリ。


 電話の音は明らかにホテルの中から聴こえている。恐らく噂のフロントの電話だ。


「冬海……」


 顔を上げない。冬海は完全に怖がっていた。

 さてどうする? このまま冬海をここに残してホテルの中に入るべきか。いや、この人影たちがホテルの中ではなくホテルの前にいるのが気がかりだ。冬海をここに残す方がリスキーな気がする。


「冬海、裏から入ろう」


 この人影の詳しい情報が分からない以上、触れるのは避けた方がいい。

 冬海はかたくなに俺から離れようとはしなかったが、俺が歩き出すと抵抗することなく歩き出した。硝子張りのホテル入り口を後にし、俺たちはぐるっと別の入り口を探し始めた。


 このホテルの1階はほとんど硝子張りだ。そして割れた硝子の代わりにウネウネと人影たちが壁を作っている。これはもしかすると完全にホテル全体を囲っている可能性があるかもしれない……。

 そう思いかけたその時、奴らの途切れを見つけた。ちょうど入り口と真逆に位置する場所に設置された外階段、そこにだけは奴らはいなかった。


「ここから入れそうだ」

「ねえ、ほんとに入るの?」


 人影から離れられたからか冬海は少し冷静になり、俺から一歩距離を空けた。

 眉をハの字にして不安をあらわにしていた。


あいつら人影たちはこの階段を避けているみたいだ。ということは中には入っていないはず。俺もあいつらが何なのかはよく分からないが、少なくとも俺はずっとの中で生きてきたんだ。多少の勝手は分かっているから大丈夫だ。何かあったら俺が守ってやる」


 冬海は何かを言おうとしたが、口を閉ざして静かに頷いた。


 何を言おうとした?


 もう既に冬海は俺から視線を外していた。

 から冬海は明らかに変わった。俺を避けているのは確かだ。でも冬海は何も言わない。今もいつも通りの冬海を演じている。


 彼女を気にしつつも、俺は階段横の非常用扉のノブに手をかける。が、どうやら鍵がかかっているようで扉は開かなかった。


「1階は開かないか。上も確認してみるか」


 右手に懐中電灯、左手でカメラを持ち、録画しながら俺は階段を上る。それに続いて冬海も上ってくる。廃墟なだけあってこの階段も随分と寂れていた。いつ崩れてもおかしくない。慎重に、一歩ずつ上っていく。


 2階の非常扉に辿り着き、ノブを回す。すると、


「開いた」


 ギギギ、ギギギ、と物凄い音を立てて扉が開いた。


 当然だが中は真っ暗で何も見えない。

 懐中電灯で館内を照らし、何もないことを確認して俺と冬海は中へと入った。

 念の為、非常扉は全開にしておく。


 再度、中を懐中電灯で照らしていく。

 長い通路が左右に伸びて等間隔に客室の扉が設置されている。所々扉が半開きになっていたり壊れて倒れていたりしている。客室とは反対側、非常階段の扉側の壁面には、誰が描いたのか分からないような絵画が点々と飾られていて、臙脂えんじ色の絨毯じゅうたん相俟あいまって落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「30年くらい前に潰れたらしい。もしかするとバブル崩壊が原因だったのかもしれないな」

「バブルってあれか。めっちゃ化粧濃いやつ」

「どんなイメージだよ。まあ今とは全然違うんだろうけど」


 静かな所為で声がいつもより大きく聞こえる。

 客室の扉の右隣には金色のプレートがかけられていて、今俺と冬海がいるところのちょうど目の前の扉横には205と書かれたプレートがかけられていた。その右隣の客室には206のプレートがかけられている。

 と、すれば……。


「202号室はこっちか」


 左の通路に懐中電灯を向ける。

 噂その3『202号室に男の人の足が歩いている』

 この噂の場所がここから一番近い。

 俺と冬海は通路を進んだ。


 204、203、202……。ここだ。

 202号室の扉の前で立ち止まる。カメラで上から下、右から左、しっかりと扉を写す。扉は閉まっていて、所々に古い傷がついていた。


「この中に歩く足? がいるの?」


 冬海が訊く。

 外にいた時とは違って今は声に震えはなかった。


「っていう噂があるだけで実際に見た人がいるかどうかも怪しいところだ」

「何それめっちゃ適当じゃん」

「噂ってのは大抵そんなもんだ」


 春夏の言葉を借りた。

 そう、まさにその通りだ。噂なんて所詮は噂でしかない。誰が本当のことを言おうが言うまいが世間に広まればそれが噂として伝わってしまう。たとえ出鱈目でたらめだとしても。本当にタチが悪いものだ。


「さてと、開けるぞ」

「う、うん」


 俺はカメラを構え、右手に持った懐中電灯を口に咥えて扉のノブを握った。

 冬海は一歩下がる。


 ギィーーーー。


 金属のこすれる音と共に扉が開いた。

 咥えた懐中電灯を手に持ち直し、中に光を当てる。


 狭い通路の途中に扉がひとつと透明硝子に囲まれた浴室。そして通路の奥には広々とした部屋がある。臙脂色の絨毯は所々くすんだ色をしているが、比較的中は綺麗だった。

 光を先に当てながらゆっくりと中へと入っていく。

 通路途中の扉を開けて中を確認する。


「トイレ……か」


 正面に洋式トイレ、壁面には花柄の模様が描かれている。便器の中は傷や黒い塊がこびりついていたり、壁の所々には穴が空いていたりするが、やはり比較的綺麗だった。


 今まで行った廃墟よりもこの廃ホテルは全体的に綺麗だ。見る限り落書きなども見当たらない。


「な〜んか懐かしいね」


 冬海は通路を抜けた先の部屋の前で立ち尽くしていた。

 浴室を確認してから、俺は冬海の視線の先に懐中電灯を向ける。

 視線の先にはダブルベッドがあり、天井が崩れたのかベッドの上はボロボロとした木屑きくずのようなもので汚れていた。


「何が懐かしいんだ?」


 訊ねると、冬海はため息を吐いた。


「よく泊まってたじゃん、ラブホ」

「あー、そうだな」


 家に居候する前まではよくラブホテルに泊まっていた。

 あの頃は冬海とも初々しい付き合いができていた、と俺は思っている。今ではお互い何でも話せるような関係ではなくなってしまった。言いたいことがあってもどこか気をつかって口をつぐんでしまう。きっと冬海も同じ気持ちなのだろう。


「ねえ秋都あきと


 冬海が口を開く。


「なんだ?」

?」


 冬海が言っていることを俺はすぐに理解した。俺は応える。


「お前が浮気したからだろ」


 大学で俺は春夏に嘘をついた。

 本当は冬海は浮気をしていた。


「本当はあいつのことが好きなんだろ? だから浮気したんだろ?」

「私はあんたのそういうところが嫌だった」

「そういうところってどういうところだよ」

「秋都さ、私のことストーカーしてたでしょ。夏樹なつきとただただ遊んでただけなのに」

「……はあ? お前が浮気してるかもしれないと思ったから跡をつけたんだよ」

「違うでしょ! あんたいつも私をつけてたでしょ! 

「な、何言い出すんだ」


 冬海はおかしい。意味がわからない。なんで俺がこんなに責められないといけないんだ。意味がわからない。何なんだよこいつは。


「あんたと付き合う前に私は誰かにストーカーされてた。いつも後ろに視線を感じて、何度か夏樹にも相談してた。夏樹は従兄弟だけど、私からすれば頼りになる兄同然だった。私の家に手紙が入っていたり、陰毛が送られてきたりしてた。あんたが私の前に現れた途端、それはぱったりとなくなった。視線も感じなくなった。薄々気づいてたよ。あんたがストーカーだったってことは。夏樹は私を心配してくれて一緒にいてくれてただけ」


 冬海はじっと俺を見つめてくる。じっと、まばたきすらもせずに。

 俺は思わず目を逸らす。何で俺をストーカーと勘違いしたのかは分からないが、今冬海は頭に血が上っている。俺まで血が上ってしまってはいけない。俺がこの場を収めるべきなのだ。


「とにかく今はこのホテルの噂の調査が先決だろ? 帰ってから改めて話をしよう」


 冬海は再び何かを言いかけたが、諦めたようにため息を吐いて部屋を後にした。


「って言っても結局足なんか歩いてなかったけどね」


 202号室を出る前に冬海はそう吐き捨てた。

 スッと俺は部屋の天井を見やる。そして軽くため息を吐く。


「まぁ、冬海が気づかなくて良かったよ、


 202号室の天井をペタペタと歩き回る足を目で追いながら、俺は呟いた。

 足首から指先までのその足は、ゴツゴツとした成人男性のものだった。


 超自然のものに重力なんて概念はない。幽霊は死ぬ直前の姿をしているものから人の姿を維持できていないものまで様々な姿で存在する。この足のように身体の一部のみの姿で存在するものもそう珍しくはない。ただ、この足がどういう最期を迎えた人のものなのかまでは分からない。

 俺は成仏じょうぶつさせるなんてことはできない。ただ視えるだけだ。だが、成仏は誰かがさせるのではなく、自分自身でできるものなのだと俺は思っている。未練がなくなれば天井を歩くこの足も消えるだろう。


 202号室を後にし、そのまま客室通路を右に進む。

 噂その1『女性のすすり泣く声が聞こえる』

 これに関しては場所が明確に指定されていない為、保留せざるを得ない。


「てことで、このまま4階の開かずの間に行くか」

「うん。本命だもんね」


 通路を進み、突き当たりを右に曲がると左側にエレベーターがあった。が、当然作動しているわけもなく、あけ開かれたエレベーターの中は真っ暗な空洞になっていて、かご自体がなかった。


 エレベーターを通り過ぎた先には、申し訳程度に造られたような階段がある。

 階段に向かう俺が自然と足早になっていることに気がついた。早くこの場から立ち去りたいと思っているのか、俺は。

 階段を上ろうと一歩足を出したその時、再び冬海の悲鳴が響いた。


「どうした!?」

「いるじゃんめちゃくちゃいるじゃん」

「何がだ?」


 身体を縮こませながらも、冬海は階段の上りではなく下りの方を指差した。

 下りを見ると、何かうごめくものがかすかに見えていた。1階と2階の踊り場に懐中電灯を向ける。


「うわっ!」


 思わず声が漏れた。

 ウネウネと蠢くそれは、ホテルの周りを囲っていたあの人影たちだった。


「これはもしかすると1階全体が人影で埋め尽くされている可能性があるな」

「早く上行こうよ!」

「そうだな」


 1階のフロントの電話の調査は諦めた方が良さそうだ。


 階段を一歩ずつ、足早に上っていく。俺に抱きつく冬海と足が絡まり何度か転びそうになりながらも、なんとか3階に着く。

 噂はないが一応3階もカメラで撮っておこうと通路を進むが、冬海が既に4階への階段を上り始めたので仕方なく引き返して上へと向かう。

 よほど早く終わらせたいようだ。仕方ない。403号室の開かずの間を調べて早く帰ろう。


 3階と4階の踊り場を懐中電灯で照らすと、隅の方に女の子がうずくまっていた。懐中電灯を持たずに進んだ冬海はさいわい気づかなかったようだ。

 見た感じ小学生くらいだろうか。なぜこんなところに小学生がいるのだろう。いや、この子が霊なのは確かだろうが、問題なのはなぜ子供の霊がラブホテルにいるのか、ということだ。

 おそらくホテルが営業していた当時ではなく、廃墟になった後に亡くなった子なのだろう。もしかしてこの子が噂のすすり泣く声の主か……と思ったのも束の間、俺に気づいてフッと頭をあげたその子には


「この子じゃないか」

「秋都! どこ!?」

「あ〜今行くよ」


 冬海が声を荒げ始めたので先に進む。

 4階に着くと、仁王立ちする冬海に「私をひとりにするな!」と叱られた。「はいはい」と聞き流しながらもカメラは通路を写していく。


「四つ目の噂の調査に行こうか」

「……うん。早く終わらそ」

「そうだな。なんだか肌寒くもなってきたしな」


 通路を進む。

 一応エレベーターも確認する。2階と変わらずかごがなく、開いた状態だった。

 歩みは止めず、そのまま突き当たりを左へ曲がり、客室が並ぶ通路へと差し掛かる。


 401号室……、402号室……、そして……。


「ここだ」


 403号室。扉は閉まっていた。

 今俺は彼女の冬海と共にいる。つまり、開かずの間が開いている条件をクリアしているということだ。何をもってカップルだと判断されるのかは分からないが、とにかく確認するしかない。


 懐中電灯で扉を照らす。

 他の扉と何も変わらない。特別なものも感じない。中から物音も聞こえない。


「冬海、いくぞ」

「……うん。回して」


 懐中電灯を咥え、俺は403号室の扉のノブを回した。

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